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第4-8話 風呂で一息
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「はい。ところで、どうやって食べ物などをまかなっているのですか」
「食べ物は近在でも手に入るけれど、筆とか衣類とかは道夢城市まで求めに行くことがあるわ。そのときは公爵が町で絵を売ったり、元帥が講演をするの。そうだ、五娘ちゃんなら代書屋もできるじゃない。最低限の現金がないと生活できないのよね。稼いでくれると助かるわ~」
城市でばったりとイタチ顔の河知事に出会ったら嫌だなあ、と思いつつ、元帥塾のためになるなら汗を流したい。
「講演って昨夜のような話を?」
「それもあるけど終末が来るまえに悔い改めよ、とか。元帥がみずから作った陶器を売ることもある~。あと琵琶の演奏」
「うわあ、多才なんですねえ」
親戚とは口に出せないものの、内心ひそかに誇らしく感じた。
乾いた紙を講堂に運ぶのを手伝う。裁断して同じ大きさにそろえる。
昨夜は気づかなかったが壁に平たい棒のようなものがいくつか飾られている。まっすぐではなく、真ん中で曲がっているのが特徴的だ。材質は金属や木や、動物の骨らしきものもある。
「あれはなんです?」
「元帥のお気に入りの品よ。なんなのかはわたしも知らないんだけど、道具らしいわ」
「道具……」
人類創世神話の一人、伏羲が手にする指矩にどことなく形が似ている。指矩は建築などで職人が使う直角に曲がった定規だが、壁のそれは直角ではないし線刻もないから定規の類ではなさそうだ。
「ねえ見て。元帥や公爵の絵を版画にしたものがこれ。これをひもで綴じて本の形にするのよ~。これも大事な収入源なの」
「壮観ですね」
積みあがった本を見回して照勇は感嘆した。粗雑な出来なのはご愛敬だ。いままでは本が与えてくれる物語に浸るのが大好きだった。だがまさか自分で本を作るなどと考えたことがなかった。千枚通しで紙に穴をあけ紐で綴じ、書名を記した短冊状の紙を表紙に貼る。
思いのほか簡単にできる。
これなら自分が考えた物語を自分の手で本にすることもできるのではないか。理想とする英雄を、友誼に厚い武侠を、腹がよじれる滑稽話を、息がとまるような恋物語を自分で書くことができるのではないか。
妄想に胸が躍った。
「おい、五娘。お手伝いか」
濡れた髪を手で梳きながら李高が講堂に入ってきた。
「ちょうど風呂が空いてるぜ。入って来いよ」
「お風呂借りたんですか?」
さっぱりとした顔をしている。塾生でもないのに、ずいぶんとずうずうしい。
心の声が李高に届いたのか、彼は肩をすくめてみせた。
「薪割りと水汲みはやったぜ。弟子入りしたおまえと違ってただの居候だけどな。なんでも手伝いますよ、白雪聖母さん。用があったら遠慮なく声かけてくださいね」
「まあ、助かります~」
「お風呂入りたいな。いただいてもいいですか」
聖母はもちろんと微笑んだ。
「こっちだぜ。おれが外で見張りしてやるからな」
李高がなぜかついてくる。
「あの、恥ずかしいんで誰も……女の人であっても中に入れないでほしいんですけど」
「わかったよ。安心しな」
戸の向こう側から李高の承諾の声と、どすんと腰を落とす音がした。本当に見張りをしてくれる気らしい。
照勇はひさしぶりにゆっくりと湯に浸り、髪も洗った。こびりついていた泥や油が流れていくのは爽快だった。身体中の筋肉がほぐれていく感覚が心地よかった。ふうと人心地がついて気を許したとき、李高の声が届いた。
「おい、五娘。ちょっと戸を開けるがいいか」
「え、ええ!?」
「聖母さんがちょっと大きいけど、って着替えを用意してくれた。戸を開けてすぐのところに置いておくぞ」
「はい、どうぞ」
湯船に体を沈めて再び戸が閉まるのを待った。
「食べ物は近在でも手に入るけれど、筆とか衣類とかは道夢城市まで求めに行くことがあるわ。そのときは公爵が町で絵を売ったり、元帥が講演をするの。そうだ、五娘ちゃんなら代書屋もできるじゃない。最低限の現金がないと生活できないのよね。稼いでくれると助かるわ~」
城市でばったりとイタチ顔の河知事に出会ったら嫌だなあ、と思いつつ、元帥塾のためになるなら汗を流したい。
「講演って昨夜のような話を?」
「それもあるけど終末が来るまえに悔い改めよ、とか。元帥がみずから作った陶器を売ることもある~。あと琵琶の演奏」
「うわあ、多才なんですねえ」
親戚とは口に出せないものの、内心ひそかに誇らしく感じた。
乾いた紙を講堂に運ぶのを手伝う。裁断して同じ大きさにそろえる。
昨夜は気づかなかったが壁に平たい棒のようなものがいくつか飾られている。まっすぐではなく、真ん中で曲がっているのが特徴的だ。材質は金属や木や、動物の骨らしきものもある。
「あれはなんです?」
「元帥のお気に入りの品よ。なんなのかはわたしも知らないんだけど、道具らしいわ」
「道具……」
人類創世神話の一人、伏羲が手にする指矩にどことなく形が似ている。指矩は建築などで職人が使う直角に曲がった定規だが、壁のそれは直角ではないし線刻もないから定規の類ではなさそうだ。
「ねえ見て。元帥や公爵の絵を版画にしたものがこれ。これをひもで綴じて本の形にするのよ~。これも大事な収入源なの」
「壮観ですね」
積みあがった本を見回して照勇は感嘆した。粗雑な出来なのはご愛敬だ。いままでは本が与えてくれる物語に浸るのが大好きだった。だがまさか自分で本を作るなどと考えたことがなかった。千枚通しで紙に穴をあけ紐で綴じ、書名を記した短冊状の紙を表紙に貼る。
思いのほか簡単にできる。
これなら自分が考えた物語を自分の手で本にすることもできるのではないか。理想とする英雄を、友誼に厚い武侠を、腹がよじれる滑稽話を、息がとまるような恋物語を自分で書くことができるのではないか。
妄想に胸が躍った。
「おい、五娘。お手伝いか」
濡れた髪を手で梳きながら李高が講堂に入ってきた。
「ちょうど風呂が空いてるぜ。入って来いよ」
「お風呂借りたんですか?」
さっぱりとした顔をしている。塾生でもないのに、ずいぶんとずうずうしい。
心の声が李高に届いたのか、彼は肩をすくめてみせた。
「薪割りと水汲みはやったぜ。弟子入りしたおまえと違ってただの居候だけどな。なんでも手伝いますよ、白雪聖母さん。用があったら遠慮なく声かけてくださいね」
「まあ、助かります~」
「お風呂入りたいな。いただいてもいいですか」
聖母はもちろんと微笑んだ。
「こっちだぜ。おれが外で見張りしてやるからな」
李高がなぜかついてくる。
「あの、恥ずかしいんで誰も……女の人であっても中に入れないでほしいんですけど」
「わかったよ。安心しな」
戸の向こう側から李高の承諾の声と、どすんと腰を落とす音がした。本当に見張りをしてくれる気らしい。
照勇はひさしぶりにゆっくりと湯に浸り、髪も洗った。こびりついていた泥や油が流れていくのは爽快だった。身体中の筋肉がほぐれていく感覚が心地よかった。ふうと人心地がついて気を許したとき、李高の声が届いた。
「おい、五娘。ちょっと戸を開けるがいいか」
「え、ええ!?」
「聖母さんがちょっと大きいけど、って着替えを用意してくれた。戸を開けてすぐのところに置いておくぞ」
「はい、どうぞ」
湯船に体を沈めて再び戸が閉まるのを待った。
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