【中華ファンタジー】天帝の代言人~わけあって屁理屈を申し上げます~

あかいかかぽ

文字の大きさ
上 下
54 / 74

第4-1話 伝説の勇者の青竜刀

しおりを挟む
「もし大きな熊がとつぜん襲いかかってきたら、姉さんはどうする?」

「自分の命にはかえられない。斬る」

 照勇と李高はひそかに顔を見合わせて、ほっと安堵の吐息をついた。
 一行は、ちょっと寄り道をして山に分け入り、竹の群生地を目指していた。
 心配したとおり、『ここはまだ人里に近い』『竹に元気がない』『雰囲気が暗い』などと三娘は文句ばかり言ってなかなか熊猫を手放そうとしない。

「姉さん、もういいかげんにっ……!」

「わかってるよ。でも、ひとりぼっちは可哀想だろ。仲間がいるとこまでは──」

「あれ、熊猫じゃないか?」

 李高が指さした先には、遠目でも明瞭な白と黒の生き物がいた。それも一頭ではない。しかも肥えた人間並みに丸くてでかい。

「やっぱ猫じゃないぞ……あれが成獣か」

 三頭の熊猫の成獣が竹林の王者といった風格で竹を食んでいる。ただ食んでいるだけではない、バキと噛み砕く音がよく響いた。
 ここは彼らの領域だ。不調法に立ちいったら襲われるのではないか。竹のように砕かれるのではないか。
 李高は後ずさりを始めた。照勇の声も震えた。

「熊……って人を一撃で殺すことができるんでしょ……」

 いっぽう、肉をむさぼり食う場面を見ていない三娘だけはここが楽園に見えているらしい。

「最高だな! あのでかいもふもふに顔を埋めたい……!」

「三娘、未練たらしいぞ」

「そうだよ、姉さん。でかいのに気づかれないうちに熊猫を置いて先に進もうよ」

「もう少しそばによって……」

「そんなことして熊猫が人馴れしたらかえって可哀想だよ」

「熊猫は熊猫の世界に返してやれ」

 李高と照勇が必死でかき口説くと、三娘はしぶしぶ了承した。

「しょうがない。ここでお別れだ」

 三娘は熊猫を笹藪の根本におろした。
 そこはかとない寂寥感せきりょうかんを三娘と共有し、体が軽くなったような安堵感を李高と共有して、照勇は熊猫の姿が見えなくなるまで歩きながら何度も振り返った。



「おやおや、訪問者はひさしぶりだ。こんな山奥によういらした。さあ、こっちにどうぞどうぞ」

 村に入って最初にあった老人は、手揉みせんばかりに歓待してくれた。

「少年を捜しに、四人の男が来なかったか。いや……」三娘は途中で矛盾に気づいて苦笑した。「『久しぶりの訪問者』か。ならばここには用がない。急ぐ旅なので失礼する」

 次の集落に向かうべく三娘が踵を返そうとすると老人は大慌てで引き止めた。

「あんたがたはただ者ではない。なにかとてつもない天命のもとに生まれてきたのだと、このわしにはわかる。すなわち英雄の血族だ!」

「……」

 三娘は眉をひそめた。

「おい五娘」李高が照勇の背をつつく。「行方不明の兄を捜していたんじゃなかったか。少年を捜す四人の男ってなんのことだ?」

「それより天命とか言ってますよ、あのおじいさん。なんのことでしょう」

「英雄の血族とか言われたら悪い気はしないよなあ」

 李高はにやと笑って老人に話しかけた。

「なあ、じいさん、ほんとにそう思うか」

「ああ、わしは予言者だからな、天に導かれた者かどうか一目でわかるんだ。おまえさんがたは凡人ではない。英雄の原石ともなれば内なる輝きを隠しきれないものだ」

「そう言われちゃうとうれしくなっちゃうなあ」

 李高の双眸そうぼうは三日月のような弧を描いた。

「村に伝わる予言は合っていたのだ」

「予言ってどんな?」

「冬と春の境になったら救世主が現れるという予言だ。おまえさんがたにちがいない」

「救世主って。いや、まいったなあ」

「李高。かまってる暇はない。行くぞ」

「三娘、いいじゃないか。ちょっと村に貢献するくらい。じいさん、なにか困りごとがあるんだろ。井戸に枯葉でも詰まったのかい。茅葺かやぶき屋根が飛ばされたのかい。かんたんな大工仕事くらいなら手伝ってやるぜ」

 李高は腕まくりをしながら先頭を歩いた。

「実はあちらに村の宝があってな……」

 老人が指さした先は広場の中心だった。そこになにやら堅牢そうなものがある。

「なんだい、あれは」

 黒々とした大きな岩が半ば地面に埋まった状態で広場の中心にあった。その上部に刀が突き立っていた。岩に突き刺さっている状態だ。

「あの刀は『伝説の勇者の青竜刀』といって、本物の勇者にしか抜くことができないのです。これまで幾人かの旅の勇者が挑戦し、ことごとくが不首尾に終わりました。しかしあなたたちは格が違う。ぜひ試してみてください。そして我々をお助けください」

 老人は拝み伏さんばかりに懇願した。李高は三娘を振り返った。

「面白そうじゃねえか。やってみないか、三娘」

「興味ない。やるなら勝手にやれ。……う!?」

 立ち去ろうとした三娘のまわりを取り囲むように人影があらわれた。
 村人とおぼしき数十人の老若男女だ。騒ぎを聞きつけてきたのだろう。広場の周囲をぐるりと囲んで、人間の壁を作っている。
 みな、どんよりとした瘴気しょうきをまとっている。痩せた母親の胸で絶妙な間合いで赤子が泣きだした。

「李高さん、どうします?」

「……や、やるに決まってるだろう。期待されてるしな。ま、物は試しだ」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)

チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。 主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。 ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。 しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。 その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。 「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」 これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。

処理中です...