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第4-1話 伝説の勇者の青竜刀
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「もし大きな熊がとつぜん襲いかかってきたら、姉さんはどうする?」
「自分の命にはかえられない。斬る」
照勇と李高はひそかに顔を見合わせて、ほっと安堵の吐息をついた。
一行は、ちょっと寄り道をして山に分け入り、竹の群生地を目指していた。
心配したとおり、『ここはまだ人里に近い』『竹に元気がない』『雰囲気が暗い』などと三娘は文句ばかり言ってなかなか熊猫を手放そうとしない。
「姉さん、もういいかげんにっ……!」
「わかってるよ。でも、ひとりぼっちは可哀想だろ。仲間がいるとこまでは──」
「あれ、熊猫じゃないか?」
李高が指さした先には、遠目でも明瞭な白と黒の生き物がいた。それも一頭ではない。しかも肥えた人間並みに丸くてでかい。
「やっぱ猫じゃないぞ……あれが成獣か」
三頭の熊猫の成獣が竹林の王者といった風格で竹を食んでいる。ただ食んでいるだけではない、バキと噛み砕く音がよく響いた。
ここは彼らの領域だ。不調法に立ちいったら襲われるのではないか。竹のように砕かれるのではないか。
李高は後ずさりを始めた。照勇の声も震えた。
「熊……って人を一撃で殺すことができるんでしょ……」
いっぽう、肉をむさぼり食う場面を見ていない三娘だけはここが楽園に見えているらしい。
「最高だな! あのでかいもふもふに顔を埋めたい……!」
「三娘、未練たらしいぞ」
「そうだよ、姉さん。でかいのに気づかれないうちに熊猫を置いて先に進もうよ」
「もう少しそばによって……」
「そんなことして熊猫が人馴れしたらかえって可哀想だよ」
「熊猫は熊猫の世界に返してやれ」
李高と照勇が必死でかき口説くと、三娘はしぶしぶ了承した。
「しょうがない。ここでお別れだ」
三娘は熊猫を笹藪の根本におろした。
そこはかとない寂寥感を三娘と共有し、体が軽くなったような安堵感を李高と共有して、照勇は熊猫の姿が見えなくなるまで歩きながら何度も振り返った。
「おやおや、訪問者はひさしぶりだ。こんな山奥によういらした。さあ、こっちにどうぞどうぞ」
村に入って最初にあった老人は、手揉みせんばかりに歓待してくれた。
「少年を捜しに、四人の男が来なかったか。いや……」三娘は途中で矛盾に気づいて苦笑した。「『久しぶりの訪問者』か。ならばここには用がない。急ぐ旅なので失礼する」
次の集落に向かうべく三娘が踵を返そうとすると老人は大慌てで引き止めた。
「あんたがたはただ者ではない。なにかとてつもない天命のもとに生まれてきたのだと、このわしにはわかる。すなわち英雄の血族だ!」
「……」
三娘は眉をひそめた。
「おい五娘」李高が照勇の背をつつく。「行方不明の兄を捜していたんじゃなかったか。少年を捜す四人の男ってなんのことだ?」
「それより天命とか言ってますよ、あのおじいさん。なんのことでしょう」
「英雄の血族とか言われたら悪い気はしないよなあ」
李高はにやと笑って老人に話しかけた。
「なあ、じいさん、ほんとにそう思うか」
「ああ、わしは予言者だからな、天に導かれた者かどうか一目でわかるんだ。おまえさんがたは凡人ではない。英雄の原石ともなれば内なる輝きを隠しきれないものだ」
「そう言われちゃうとうれしくなっちゃうなあ」
李高の双眸は三日月のような弧を描いた。
「村に伝わる予言は合っていたのだ」
「予言ってどんな?」
「冬と春の境になったら救世主が現れるという予言だ。おまえさんがたにちがいない」
「救世主って。いや、まいったなあ」
「李高。かまってる暇はない。行くぞ」
「三娘、いいじゃないか。ちょっと村に貢献するくらい。じいさん、なにか困りごとがあるんだろ。井戸に枯葉でも詰まったのかい。茅葺き屋根が飛ばされたのかい。かんたんな大工仕事くらいなら手伝ってやるぜ」
李高は腕まくりをしながら先頭を歩いた。
「実はあちらに村の宝があってな……」
老人が指さした先は広場の中心だった。そこになにやら堅牢そうなものがある。
「なんだい、あれは」
黒々とした大きな岩が半ば地面に埋まった状態で広場の中心にあった。その上部に刀が突き立っていた。岩に突き刺さっている状態だ。
「あの刀は『伝説の勇者の青竜刀』といって、本物の勇者にしか抜くことができないのです。これまで幾人かの旅の勇者が挑戦し、ことごとくが不首尾に終わりました。しかしあなたたちは格が違う。ぜひ試してみてください。そして我々をお助けください」
老人は拝み伏さんばかりに懇願した。李高は三娘を振り返った。
「面白そうじゃねえか。やってみないか、三娘」
「興味ない。やるなら勝手にやれ。……う!?」
立ち去ろうとした三娘のまわりを取り囲むように人影があらわれた。
村人とおぼしき数十人の老若男女だ。騒ぎを聞きつけてきたのだろう。広場の周囲をぐるりと囲んで、人間の壁を作っている。
みな、どんよりとした瘴気をまとっている。痩せた母親の胸で絶妙な間合いで赤子が泣きだした。
「李高さん、どうします?」
「……や、やるに決まってるだろう。期待されてるしな。ま、物は試しだ」
「自分の命にはかえられない。斬る」
照勇と李高はひそかに顔を見合わせて、ほっと安堵の吐息をついた。
一行は、ちょっと寄り道をして山に分け入り、竹の群生地を目指していた。
心配したとおり、『ここはまだ人里に近い』『竹に元気がない』『雰囲気が暗い』などと三娘は文句ばかり言ってなかなか熊猫を手放そうとしない。
「姉さん、もういいかげんにっ……!」
「わかってるよ。でも、ひとりぼっちは可哀想だろ。仲間がいるとこまでは──」
「あれ、熊猫じゃないか?」
李高が指さした先には、遠目でも明瞭な白と黒の生き物がいた。それも一頭ではない。しかも肥えた人間並みに丸くてでかい。
「やっぱ猫じゃないぞ……あれが成獣か」
三頭の熊猫の成獣が竹林の王者といった風格で竹を食んでいる。ただ食んでいるだけではない、バキと噛み砕く音がよく響いた。
ここは彼らの領域だ。不調法に立ちいったら襲われるのではないか。竹のように砕かれるのではないか。
李高は後ずさりを始めた。照勇の声も震えた。
「熊……って人を一撃で殺すことができるんでしょ……」
いっぽう、肉をむさぼり食う場面を見ていない三娘だけはここが楽園に見えているらしい。
「最高だな! あのでかいもふもふに顔を埋めたい……!」
「三娘、未練たらしいぞ」
「そうだよ、姉さん。でかいのに気づかれないうちに熊猫を置いて先に進もうよ」
「もう少しそばによって……」
「そんなことして熊猫が人馴れしたらかえって可哀想だよ」
「熊猫は熊猫の世界に返してやれ」
李高と照勇が必死でかき口説くと、三娘はしぶしぶ了承した。
「しょうがない。ここでお別れだ」
三娘は熊猫を笹藪の根本におろした。
そこはかとない寂寥感を三娘と共有し、体が軽くなったような安堵感を李高と共有して、照勇は熊猫の姿が見えなくなるまで歩きながら何度も振り返った。
「おやおや、訪問者はひさしぶりだ。こんな山奥によういらした。さあ、こっちにどうぞどうぞ」
村に入って最初にあった老人は、手揉みせんばかりに歓待してくれた。
「少年を捜しに、四人の男が来なかったか。いや……」三娘は途中で矛盾に気づいて苦笑した。「『久しぶりの訪問者』か。ならばここには用がない。急ぐ旅なので失礼する」
次の集落に向かうべく三娘が踵を返そうとすると老人は大慌てで引き止めた。
「あんたがたはただ者ではない。なにかとてつもない天命のもとに生まれてきたのだと、このわしにはわかる。すなわち英雄の血族だ!」
「……」
三娘は眉をひそめた。
「おい五娘」李高が照勇の背をつつく。「行方不明の兄を捜していたんじゃなかったか。少年を捜す四人の男ってなんのことだ?」
「それより天命とか言ってますよ、あのおじいさん。なんのことでしょう」
「英雄の血族とか言われたら悪い気はしないよなあ」
李高はにやと笑って老人に話しかけた。
「なあ、じいさん、ほんとにそう思うか」
「ああ、わしは予言者だからな、天に導かれた者かどうか一目でわかるんだ。おまえさんがたは凡人ではない。英雄の原石ともなれば内なる輝きを隠しきれないものだ」
「そう言われちゃうとうれしくなっちゃうなあ」
李高の双眸は三日月のような弧を描いた。
「村に伝わる予言は合っていたのだ」
「予言ってどんな?」
「冬と春の境になったら救世主が現れるという予言だ。おまえさんがたにちがいない」
「救世主って。いや、まいったなあ」
「李高。かまってる暇はない。行くぞ」
「三娘、いいじゃないか。ちょっと村に貢献するくらい。じいさん、なにか困りごとがあるんだろ。井戸に枯葉でも詰まったのかい。茅葺き屋根が飛ばされたのかい。かんたんな大工仕事くらいなら手伝ってやるぜ」
李高は腕まくりをしながら先頭を歩いた。
「実はあちらに村の宝があってな……」
老人が指さした先は広場の中心だった。そこになにやら堅牢そうなものがある。
「なんだい、あれは」
黒々とした大きな岩が半ば地面に埋まった状態で広場の中心にあった。その上部に刀が突き立っていた。岩に突き刺さっている状態だ。
「あの刀は『伝説の勇者の青竜刀』といって、本物の勇者にしか抜くことができないのです。これまで幾人かの旅の勇者が挑戦し、ことごとくが不首尾に終わりました。しかしあなたたちは格が違う。ぜひ試してみてください。そして我々をお助けください」
老人は拝み伏さんばかりに懇願した。李高は三娘を振り返った。
「面白そうじゃねえか。やってみないか、三娘」
「興味ない。やるなら勝手にやれ。……う!?」
立ち去ろうとした三娘のまわりを取り囲むように人影があらわれた。
村人とおぼしき数十人の老若男女だ。騒ぎを聞きつけてきたのだろう。広場の周囲をぐるりと囲んで、人間の壁を作っている。
みな、どんよりとした瘴気をまとっている。痩せた母親の胸で絶妙な間合いで赤子が泣きだした。
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