【中華ファンタジー】天帝の代言人~わけあって屁理屈を申し上げます~

あかいかかぽ

文字の大きさ
上 下
49 / 74

第3-10話 雷公より美味しい肉

しおりを挟む
「もちろん、知りたい。そのために与五娘、おまえをんだのだからな。おまえの話が正しければ褒賞金ははずんでやるぞ」

「褒賞金はけっこうです。その代わりに熊猫を無事に姉に返してください。それからわたしたち姉妹を罪に問わないと約束してください」

 河知事はしばし黙考した。

「情報と引き替えか……。それではいますぐに調理できないではないか。情報だけではなく、その肉を目の前に用意できるなら約束してもよい」

「目の前にご用意できればよいのですね。わかりました」

 三娘が不安げに照勇を見た。「大丈夫か」と目が訊ねている。大丈夫かどうかは、やってみないとわからない。だが詭弁きべんろうしてでも、切り抜けてやる。

「いつ、用意できる。できなければ厨師に熊猫を解体させるぞ」

 河知事は厨師をその場に呼んだ。熊猫の檻の隣に、無骨な丸太のまな板と肉切り包丁を置く。脅しのつもりなのだろう。

「まもなくご用意できます。それまではわたしとお話をしていただけますか」

「待っておれば誰かがここに持ってきてくれるのだな。いいだろう」

 河知事は「茶と菓子を与姉妹に振る舞うように」と胥吏に命じた。

「美味しい」

 河知事の好物なのだという菓子と茶はこのうえなく美味だった。さすがは食い道楽なだけはある。照勇は余裕があるように演じて、ゆったりと味わった。
 三娘は丸呑みした。味わっている余裕はないのだろう。

「ところで、与五娘よ。おまえはその肉を味わったことはあるのか」

「いいえ、ございません。わたしのような下々の者には容易に手に入る肉ではございません」

「ほう、ではどうしてこの世でもっとも美味い肉だとわかるのだ」

 河知事は首を傾げた。

「論理的帰結なのです」

「論理的……帰結?」

「はい。この熊猫、一日中竹をかじっています。というか、主食が竹みたいです」

「……それがどうした?」

 河知事は胡乱うろんな視線を投げる。照勇はにこりと笑っていなした。

蟲毒こどくというものをご存じでいらっしゃいますか」

「わしを莫迦にする気か。当然、知っておる」

 河知事は眉間に皺を寄せて声を荒げた。

「知事であるわしを煙に巻こうとしているのだろう。話をそらそうとしておるな」

「論理でございます。では細かい説明は省かせていただき──」

 三娘に脇腹をつつかれた。

「コドクってなんだ?」

「えーと、すみません、河知事。姉さんが説明を求めておりますので、少しだけ時間をください。姉さん、蟲毒っていうのはね」河知事が口を開く前に早口で説明する。「呪術の一種で、蛇や毒虫やカエルなどを一つの器に入れて戦わせて、互いを食い合わせるんだよ。最後に残ったのが」

「え、虫は分が悪いだろう。蛇やカエルに食われるだけじゃないのか」

 三娘が素朴な疑問を持ち出して、話の腰を折った。

「毒虫の毒にあたれば蛇だって死ぬでしょ。つまり──」

 照勇は河知事のほうを向いた。

「つまり毒虫は毒虫を喰らい、徐々に毒をおのが体内に濃縮させていくわけです。最後に残った毒虫は……蛇かカエルかもしれませんが、触れるだけで死ぬほどの猛毒を有しているとか。同じように朝廷では鴆毒ちんどくも有名ですね」

「鴆毒?」

 三娘を無視して、照勇は話を続けた。

「毒蛇を食べる鳥。羽毛に触れるだけでも、強い毒で死んでしまう。朝廷では皇帝陛下から死を賜るときには鴆毒の酒をあおることになっているとか。本当なんでしょうか、河知事さま」

 河知事は答えずに口をかたく結んだ。
 蟲毒は呪術の類なので、道観で育った照勇には親密ささえ感じる。もちろん蟲毒を試したことはない。石栄たちが呪術に長けていたわけでもない。呪法のひとつとして知っている程度にすぎない。
 一方鴆毒は悲劇の王朝物語には必ずと言っていいほど登場する毒だ。朝廷ゆかりの由緒正しい毒。製造方法は秘匿ひとくされ、皇帝以外は所持を許されない禁忌の毒。
 照勇にとっては物語の中でよく見かける憧れの毒である。

「皇帝陛下から死を賜る」と口にしたとき隣からひゅっと短く息を吸う音が聞こえた気がしたが、思い違いだろう。三娘が緊張する話題とも思えない。

「まさか、熊猫は毒虫を食べていて肉に毒があると……」

「いえ、竹や笹ばかり食べてます」

「まさか、鴆に触れた熊猫だとでも言うのか」

「いいえ、そのようなことはありません。もっとも鴆がどういった鳥かは知りませんが」

 河知事は安堵の息をついた。
 この知事は本心では鴆の存在を信じていないのだと照勇は悟った。ならば雷公の存在も心から信じてるのかはあやしいものだ。

「おまえの話は前置きが長すぎる。で、この熊猫よりも美味しい肉は、まだ用意できないのか」

「はい、準備はできております。厨師に調理してもらいましょう」

 照勇は辞儀をして厨師に向き直った。厨師は包丁を握って、いまかいまかと周囲を見回した。

「厨師どの、肉はあちらにございます」

 照勇は河知事を指さした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

お荷物認定を受けてSSS級PTを追放されました。でも実は俺がいたからSSS級になれていたようです。

幌須 慶治
ファンタジー
S級冒険者PT『疾風の英雄』 電光石火の攻撃で凶悪なモンスターを次々討伐して瞬く間に最上級ランクまで上がった冒険者の夢を体現するPTである。 龍狩りの一閃ゲラートを筆頭に極炎のバーバラ、岩盤砕きガイル、地竜射抜くローラの4人の圧倒的な火力を以って凶悪モンスターを次々と打ち倒していく姿は冒険者どころか庶民の憧れを一身に集めていた。 そんな中で俺、ロイドはただの盾持ち兼荷物運びとして見られている。 盾持ちなのだからと他の4人が動く前に現地で相手の注意を引き、模擬戦の時は2対1での攻撃を受ける。 当然地味な役割なのだから居ても居なくても気にも留められずに居ないものとして扱われる。 今日もそうして地竜を討伐して、俺は1人後処理をしてからギルドに戻る。 ようやく帰り着いた頃には日も沈み酒場で祝杯を挙げる仲間たちに報酬を私に近づいた時にそれは起こる。 ニヤついた目をしたゲラートが言い放つ 「ロイド、お前役にたたなすぎるからクビな!」 全員の目と口が弧を描いたのが見えた。 一応毎日更新目指して、15話位で終わる予定です。 作品紹介に出てる人物、主人公以外重要じゃないのはご愛嬌() 15話で終わる気がしないので終わるまで延長します、脱線多くてごめんなさい 2020/7/26

処理中です...