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第3-10話 雷公より美味しい肉
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「もちろん、知りたい。そのために与五娘、おまえを喚んだのだからな。おまえの話が正しければ褒賞金ははずんでやるぞ」
「褒賞金はけっこうです。その代わりに熊猫を無事に姉に返してください。それからわたしたち姉妹を罪に問わないと約束してください」
河知事はしばし黙考した。
「情報と引き替えか……。それではいますぐに調理できないではないか。情報だけではなく、その肉を目の前に用意できるなら約束してもよい」
「目の前にご用意できればよいのですね。わかりました」
三娘が不安げに照勇を見た。「大丈夫か」と目が訊ねている。大丈夫かどうかは、やってみないとわからない。だが詭弁を弄してでも、切り抜けてやる。
「いつ、用意できる。できなければ厨師に熊猫を解体させるぞ」
河知事は厨師をその場に呼んだ。熊猫の檻の隣に、無骨な丸太のまな板と肉切り包丁を置く。脅しのつもりなのだろう。
「まもなくご用意できます。それまではわたしとお話をしていただけますか」
「待っておれば誰かがここに持ってきてくれるのだな。いいだろう」
河知事は「茶と菓子を与姉妹に振る舞うように」と胥吏に命じた。
「美味しい」
河知事の好物なのだという菓子と茶はこのうえなく美味だった。さすがは食い道楽なだけはある。照勇は余裕があるように演じて、ゆったりと味わった。
三娘は丸呑みした。味わっている余裕はないのだろう。
「ところで、与五娘よ。おまえはその肉を味わったことはあるのか」
「いいえ、ございません。わたしのような下々の者には容易に手に入る肉ではございません」
「ほう、ではどうしてこの世でもっとも美味い肉だとわかるのだ」
河知事は首を傾げた。
「論理的帰結なのです」
「論理的……帰結?」
「はい。この熊猫、一日中竹をかじっています。というか、主食が竹みたいです」
「……それがどうした?」
河知事は胡乱な視線を投げる。照勇はにこりと笑っていなした。
「蟲毒というものをご存じでいらっしゃいますか」
「わしを莫迦にする気か。当然、知っておる」
河知事は眉間に皺を寄せて声を荒げた。
「知事であるわしを煙に巻こうとしているのだろう。話をそらそうとしておるな」
「論理でございます。では細かい説明は省かせていただき──」
三娘に脇腹をつつかれた。
「コドクってなんだ?」
「えーと、すみません、河知事。姉さんが説明を求めておりますので、少しだけ時間をください。姉さん、蟲毒っていうのはね」河知事が口を開く前に早口で説明する。「呪術の一種で、蛇や毒虫やカエルなどを一つの器に入れて戦わせて、互いを食い合わせるんだよ。最後に残ったのが」
「え、虫は分が悪いだろう。蛇やカエルに食われるだけじゃないのか」
三娘が素朴な疑問を持ち出して、話の腰を折った。
「毒虫の毒にあたれば蛇だって死ぬでしょ。つまり──」
照勇は河知事のほうを向いた。
「つまり毒虫は毒虫を喰らい、徐々に毒をおのが体内に濃縮させていくわけです。最後に残った毒虫は……蛇かカエルかもしれませんが、触れるだけで死ぬほどの猛毒を有しているとか。同じように朝廷では鴆毒も有名ですね」
「鴆毒?」
三娘を無視して、照勇は話を続けた。
「毒蛇を食べる鳥。羽毛に触れるだけでも、強い毒で死んでしまう。朝廷では皇帝陛下から死を賜るときには鴆毒の酒をあおることになっているとか。本当なんでしょうか、河知事さま」
河知事は答えずに口をかたく結んだ。
蟲毒は呪術の類なので、道観で育った照勇には親密ささえ感じる。もちろん蟲毒を試したことはない。石栄たちが呪術に長けていたわけでもない。呪法のひとつとして知っている程度にすぎない。
一方鴆毒は悲劇の王朝物語には必ずと言っていいほど登場する毒だ。朝廷ゆかりの由緒正しい毒。製造方法は秘匿され、皇帝以外は所持を許されない禁忌の毒。
照勇にとっては物語の中でよく見かける憧れの毒である。
「皇帝陛下から死を賜る」と口にしたとき隣からひゅっと短く息を吸う音が聞こえた気がしたが、思い違いだろう。三娘が緊張する話題とも思えない。
「まさか、熊猫は毒虫を食べていて肉に毒があると……」
「いえ、竹や笹ばかり食べてます」
「まさか、鴆に触れた熊猫だとでも言うのか」
「いいえ、そのようなことはありません。もっとも鴆がどういった鳥かは知りませんが」
河知事は安堵の息をついた。
この知事は本心では鴆の存在を信じていないのだと照勇は悟った。ならば雷公の存在も心から信じてるのかはあやしいものだ。
「おまえの話は前置きが長すぎる。で、この熊猫よりも美味しい肉は、まだ用意できないのか」
「はい、準備はできております。厨師に調理してもらいましょう」
照勇は辞儀をして厨師に向き直った。厨師は包丁を握って、いまかいまかと周囲を見回した。
「厨師どの、肉はあちらにございます」
照勇は河知事を指さした。
「褒賞金はけっこうです。その代わりに熊猫を無事に姉に返してください。それからわたしたち姉妹を罪に問わないと約束してください」
河知事はしばし黙考した。
「情報と引き替えか……。それではいますぐに調理できないではないか。情報だけではなく、その肉を目の前に用意できるなら約束してもよい」
「目の前にご用意できればよいのですね。わかりました」
三娘が不安げに照勇を見た。「大丈夫か」と目が訊ねている。大丈夫かどうかは、やってみないとわからない。だが詭弁を弄してでも、切り抜けてやる。
「いつ、用意できる。できなければ厨師に熊猫を解体させるぞ」
河知事は厨師をその場に呼んだ。熊猫の檻の隣に、無骨な丸太のまな板と肉切り包丁を置く。脅しのつもりなのだろう。
「まもなくご用意できます。それまではわたしとお話をしていただけますか」
「待っておれば誰かがここに持ってきてくれるのだな。いいだろう」
河知事は「茶と菓子を与姉妹に振る舞うように」と胥吏に命じた。
「美味しい」
河知事の好物なのだという菓子と茶はこのうえなく美味だった。さすがは食い道楽なだけはある。照勇は余裕があるように演じて、ゆったりと味わった。
三娘は丸呑みした。味わっている余裕はないのだろう。
「ところで、与五娘よ。おまえはその肉を味わったことはあるのか」
「いいえ、ございません。わたしのような下々の者には容易に手に入る肉ではございません」
「ほう、ではどうしてこの世でもっとも美味い肉だとわかるのだ」
河知事は首を傾げた。
「論理的帰結なのです」
「論理的……帰結?」
「はい。この熊猫、一日中竹をかじっています。というか、主食が竹みたいです」
「……それがどうした?」
河知事は胡乱な視線を投げる。照勇はにこりと笑っていなした。
「蟲毒というものをご存じでいらっしゃいますか」
「わしを莫迦にする気か。当然、知っておる」
河知事は眉間に皺を寄せて声を荒げた。
「知事であるわしを煙に巻こうとしているのだろう。話をそらそうとしておるな」
「論理でございます。では細かい説明は省かせていただき──」
三娘に脇腹をつつかれた。
「コドクってなんだ?」
「えーと、すみません、河知事。姉さんが説明を求めておりますので、少しだけ時間をください。姉さん、蟲毒っていうのはね」河知事が口を開く前に早口で説明する。「呪術の一種で、蛇や毒虫やカエルなどを一つの器に入れて戦わせて、互いを食い合わせるんだよ。最後に残ったのが」
「え、虫は分が悪いだろう。蛇やカエルに食われるだけじゃないのか」
三娘が素朴な疑問を持ち出して、話の腰を折った。
「毒虫の毒にあたれば蛇だって死ぬでしょ。つまり──」
照勇は河知事のほうを向いた。
「つまり毒虫は毒虫を喰らい、徐々に毒をおのが体内に濃縮させていくわけです。最後に残った毒虫は……蛇かカエルかもしれませんが、触れるだけで死ぬほどの猛毒を有しているとか。同じように朝廷では鴆毒も有名ですね」
「鴆毒?」
三娘を無視して、照勇は話を続けた。
「毒蛇を食べる鳥。羽毛に触れるだけでも、強い毒で死んでしまう。朝廷では皇帝陛下から死を賜るときには鴆毒の酒をあおることになっているとか。本当なんでしょうか、河知事さま」
河知事は答えずに口をかたく結んだ。
蟲毒は呪術の類なので、道観で育った照勇には親密ささえ感じる。もちろん蟲毒を試したことはない。石栄たちが呪術に長けていたわけでもない。呪法のひとつとして知っている程度にすぎない。
一方鴆毒は悲劇の王朝物語には必ずと言っていいほど登場する毒だ。朝廷ゆかりの由緒正しい毒。製造方法は秘匿され、皇帝以外は所持を許されない禁忌の毒。
照勇にとっては物語の中でよく見かける憧れの毒である。
「皇帝陛下から死を賜る」と口にしたとき隣からひゅっと短く息を吸う音が聞こえた気がしたが、思い違いだろう。三娘が緊張する話題とも思えない。
「まさか、熊猫は毒虫を食べていて肉に毒があると……」
「いえ、竹や笹ばかり食べてます」
「まさか、鴆に触れた熊猫だとでも言うのか」
「いいえ、そのようなことはありません。もっとも鴆がどういった鳥かは知りませんが」
河知事は安堵の息をついた。
この知事は本心では鴆の存在を信じていないのだと照勇は悟った。ならば雷公の存在も心から信じてるのかはあやしいものだ。
「おまえの話は前置きが長すぎる。で、この熊猫よりも美味しい肉は、まだ用意できないのか」
「はい、準備はできております。厨師に調理してもらいましょう」
照勇は辞儀をして厨師に向き直った。厨師は包丁を握って、いまかいまかと周囲を見回した。
「厨師どの、肉はあちらにございます」
照勇は河知事を指さした。
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