【中華ファンタジー】天帝の代言人~わけあって屁理屈を申し上げます~

あかいかかぽ

文字の大きさ
上 下
34 / 74

第2-20話 方術士

しおりを挟む
「姉さん……!」

 権力も財力もない三娘は暴力という名の交渉をするつもりなのだ。
 丁禹は一瞬だけ口角をあげて笑むと、きざったらしく指を振った。

「勘違いしているようだな。それで妓楼と五娘の縁は切れても、官と五娘の縁はまだ切れんぞ」

「……どういうことですか」

「茶商の夫婦はいまだ告訴を取り下げようとしないのだ。胥吏を遣わして件の妓女が救命に励んだことは説明したのにな。妓女が息子を殺そうとしたのだと言い張っている。まったく面倒なことだ」

 丁禹は眉をしかめて首を振る。
 茶商夫妻は、自分たちが息子に重圧を与えてきたことを認めたくないのだ。 

「そこでだな、五娘。これから一緒に行って説得してみないか。説得が上手くいけば弓月は助かる。おまえには褒美ほうびをやろう」

「褒美とは?」

「それはあとでのお楽しみだ」

「受けて立ちましょう」

 照勇に否やはない。

「なんだかよくわからないが、わたしも行くぞ」

 三娘は身体を動かせるのが単純にうれしいのだろう。ぐるぐると腕を振り回している。

 だが官衙を出ようとしたところで、丁禹の思惑はへし折られた。

「茶商の王徳籍とその妻が、告訴の取り下げに参りました!」

 さすがの丁禹も予想していなかったようで、転げるようにして駆け寄る茶商夫妻を、唖然あぜんとした顔で迎え入れた。



「取り下げにいらっしゃるとは驚きましたよ」

 丁知事は夫妻に椅子をすすめ、まずは落ち着かせることにしたようだ。人当たりのいい笑顔を作ることができるのは職業柄だろうか。

「あの、これで取り下げはできましたでしょうか」

 茶商の主人、王徳籍は額の汗を拭きながら問う。

「ええ、処理は終わりました」

 丁禹は、一度取り下げたら同じ案件は二度と取り扱わない規則だと念押しした。夫妻は高速でうなずく。

「奇妙ですね。どうして心変わりされたのですか。息子を殺されそうになったと、あんなに憤っておられたのに」

「はい、それが実は……とても不思議なことが……」

 とくに咎めだてされなかったので、照勇たちは執務室の隅で傍聴させてもらった。
 いったいなにがあったのか。胥吏たちまで興味津々の顔をのぞかせる。
 茶商の夫婦は互いに顔を見合わせてこくんと頷いた。今度はほつれ毛を乱した妻のほうが口を開いた。

「旅の方術士が店を訪ねてきたんです。身形が立派で容姿もなかなかの色男で……いえ、たいそうな神通力をお持ちのかたのようでしたのでね、これも巡り合わせと思って息子の命運をみてもらったんです」

「ふむ、方術士か」

「わしはにわかには信じられませんでした」今度は主人がしゃべり出した。口から泡を飛ばすほど興奮している。「適当なことを言って金を請求する気だなと疑いながらも、藁にもすがる思いもありましたから、寝台でぐったりしていた息子を見せてたんです。そしたらっ……」

「息子に何があったかをすべて当てたんです……!」

 息が切れた夫のあとを妻がすかさず引き継ぐ。呼吸はぴったりだった。

「その方術士は妓楼でのことの顛末を見事に当ててみせたというのだな。なるほど、神通力がありそうだ」

 丁禹の声音には感情がこもっていない。

「どう思う? 方術士の類はおまえの仲間だろう」

 三娘が照勇の肩をつつく。なんと答えたらいいかわからない。

 その後になにがあったのか、夫婦が語ったのは以下の詳細だった。
 おそれいった両親が拝み伏すと、方術士はいかにも心苦しいといった表情で重苦しいため息をついた。

『おお、……なんてことじゃ』

 方術士はなにやら聞き取れない言葉で呪文のようなものを唱えた。

『どうぞ、ずばりとおっしゃってくださいまし』

『ふむ。ご子息は近いうちに怪我をして血を流す運命がある』

『運命……運命だから諦めろと……?』

『落ち着かれよ。これから起こる予定なのだ。人生が終了するかもしれない運命がな』

『これ以上不幸が重なってたまるものですか。やっと助かったというのに。お願いいたします。なにとぞ運命を変えてくださいまし』

『運命は変えることはできない。だが運勢は変えられるのじゃ』

『お願いいたします!』

 夫婦はひざまずいて方術士の衣をつかんだ。

『天の神のお導きであろう。わしは泰山にのぼり黄老君から直接秘術を伝授された法術士である。いまから祭祀を執り行い、運勢を手直ししてあげようぞ』

『まことでございますか。ありがとうございます』
『手直しとはどういうことでしょうか』

『未然の運命をこたびの出来事で済んだことにしてしまうのだ。つまりすり替えだ。怪我と流血の運命は変えられないが、重いものを軽いものにすり替えることはできる。妓女と蛇に感謝しなさい』

 方術士は懐から黄色い紙を取り出し、指先でなにやら文字を書くと、蝋燭にかざして燃やすや、その灰を息子の顔に塗りたくった。

『太上老君へ改厄の祈願を奏上した。安心なさい。今後は悪鬼を寄せつけぬよう、大騒ぎはせぬように』

『あのう、政庁に告訴状を出しておりますが……』

『なんと。大騒ぎはいかん。妓女は恩人となったのじゃ。すぐに取り下げなさい。さもないと厄が反転してしまう』

『はい、いますぐに!』

 ──といったいきさつを夫婦は語った。身振り手振りで臨場感に富んでいた。

 丁禹は興味を引かれたようすで、

「ほう、その霊験あらたかな方術士をこの場に連れてこれないか」

「それが、もう旅立たれました」

「……残念だ」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

処理中です...