【中華ファンタジー】天帝の代言人~わけあって屁理屈を申し上げます~

あかいかかぽ

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第2-20話 方術士

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「姉さん……!」

 権力も財力もない三娘は暴力という名の交渉をするつもりなのだ。
 丁禹は一瞬だけ口角をあげて笑むと、きざったらしく指を振った。

「勘違いしているようだな。それで妓楼と五娘の縁は切れても、官と五娘の縁はまだ切れんぞ」

「……どういうことですか」

「茶商の夫婦はいまだ告訴を取り下げようとしないのだ。胥吏を遣わして件の妓女が救命に励んだことは説明したのにな。妓女が息子を殺そうとしたのだと言い張っている。まったく面倒なことだ」

 丁禹は眉をしかめて首を振る。
 茶商夫妻は、自分たちが息子に重圧を与えてきたことを認めたくないのだ。 

「そこでだな、五娘。これから一緒に行って説得してみないか。説得が上手くいけば弓月は助かる。おまえには褒美ほうびをやろう」

「褒美とは?」

「それはあとでのお楽しみだ」

「受けて立ちましょう」

 照勇に否やはない。

「なんだかよくわからないが、わたしも行くぞ」

 三娘は身体を動かせるのが単純にうれしいのだろう。ぐるぐると腕を振り回している。

 だが官衙を出ようとしたところで、丁禹の思惑はへし折られた。

「茶商の王徳籍とその妻が、告訴の取り下げに参りました!」

 さすがの丁禹も予想していなかったようで、転げるようにして駆け寄る茶商夫妻を、唖然あぜんとした顔で迎え入れた。



「取り下げにいらっしゃるとは驚きましたよ」

 丁知事は夫妻に椅子をすすめ、まずは落ち着かせることにしたようだ。人当たりのいい笑顔を作ることができるのは職業柄だろうか。

「あの、これで取り下げはできましたでしょうか」

 茶商の主人、王徳籍は額の汗を拭きながら問う。

「ええ、処理は終わりました」

 丁禹は、一度取り下げたら同じ案件は二度と取り扱わない規則だと念押しした。夫妻は高速でうなずく。

「奇妙ですね。どうして心変わりされたのですか。息子を殺されそうになったと、あんなに憤っておられたのに」

「はい、それが実は……とても不思議なことが……」

 とくに咎めだてされなかったので、照勇たちは執務室の隅で傍聴させてもらった。
 いったいなにがあったのか。胥吏たちまで興味津々の顔をのぞかせる。
 茶商の夫婦は互いに顔を見合わせてこくんと頷いた。今度はほつれ毛を乱した妻のほうが口を開いた。

「旅の方術士が店を訪ねてきたんです。身形が立派で容姿もなかなかの色男で……いえ、たいそうな神通力をお持ちのかたのようでしたのでね、これも巡り合わせと思って息子の命運をみてもらったんです」

「ふむ、方術士か」

「わしはにわかには信じられませんでした」今度は主人がしゃべり出した。口から泡を飛ばすほど興奮している。「適当なことを言って金を請求する気だなと疑いながらも、藁にもすがる思いもありましたから、寝台でぐったりしていた息子を見せてたんです。そしたらっ……」

「息子に何があったかをすべて当てたんです……!」

 息が切れた夫のあとを妻がすかさず引き継ぐ。呼吸はぴったりだった。

「その方術士は妓楼でのことの顛末を見事に当ててみせたというのだな。なるほど、神通力がありそうだ」

 丁禹の声音には感情がこもっていない。

「どう思う? 方術士の類はおまえの仲間だろう」

 三娘が照勇の肩をつつく。なんと答えたらいいかわからない。

 その後になにがあったのか、夫婦が語ったのは以下の詳細だった。
 おそれいった両親が拝み伏すと、方術士はいかにも心苦しいといった表情で重苦しいため息をついた。

『おお、……なんてことじゃ』

 方術士はなにやら聞き取れない言葉で呪文のようなものを唱えた。

『どうぞ、ずばりとおっしゃってくださいまし』

『ふむ。ご子息は近いうちに怪我をして血を流す運命がある』

『運命……運命だから諦めろと……?』

『落ち着かれよ。これから起こる予定なのだ。人生が終了するかもしれない運命がな』

『これ以上不幸が重なってたまるものですか。やっと助かったというのに。お願いいたします。なにとぞ運命を変えてくださいまし』

『運命は変えることはできない。だが運勢は変えられるのじゃ』

『お願いいたします!』

 夫婦はひざまずいて方術士の衣をつかんだ。

『天の神のお導きであろう。わしは泰山にのぼり黄老君から直接秘術を伝授された法術士である。いまから祭祀を執り行い、運勢を手直ししてあげようぞ』

『まことでございますか。ありがとうございます』
『手直しとはどういうことでしょうか』

『未然の運命をこたびの出来事で済んだことにしてしまうのだ。つまりすり替えだ。怪我と流血の運命は変えられないが、重いものを軽いものにすり替えることはできる。妓女と蛇に感謝しなさい』

 方術士は懐から黄色い紙を取り出し、指先でなにやら文字を書くと、蝋燭にかざして燃やすや、その灰を息子の顔に塗りたくった。

『太上老君へ改厄の祈願を奏上した。安心なさい。今後は悪鬼を寄せつけぬよう、大騒ぎはせぬように』

『あのう、政庁に告訴状を出しておりますが……』

『なんと。大騒ぎはいかん。妓女は恩人となったのじゃ。すぐに取り下げなさい。さもないと厄が反転してしまう』

『はい、いますぐに!』

 ──といったいきさつを夫婦は語った。身振り手振りで臨場感に富んでいた。

 丁禹は興味を引かれたようすで、

「ほう、その霊験あらたかな方術士をこの場に連れてこれないか」

「それが、もう旅立たれました」

「……残念だ」
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