【中華ファンタジー】天帝の代言人~わけあって屁理屈を申し上げます~

あかいかかぽ

文字の大きさ
上 下
13 / 74

第1-13話 三娘から逃げろ

しおりを挟む
「言っている意味が……」

「姉さん、もうあきらめて故郷に帰ろうよ。姉さんの比翼連理ひよくれんりは他にいるんだってば」

「ははあ、そういうことか。逃げた男をしつこく追いかけ回すのは感心しないなあ」

 飴売りは上手い具合に勘違いしてくれた。
 三娘の顔は真っ赤だ。極端な反応にこちらのほうがたじろぐ。

「そんなんじゃない!」

「ムキになるのが証拠だろ」

「わたしは……っ、もういい!」

 三娘はぼくの襟首をつかんで、引きずるようにしてその場を離れる。にやにやと笑う飴売りが見送っていた。
 人目のないところで、ぼくは三娘に殴られるんじゃないか。
 身をよじって三娘の手から逃れた。

「姉さん、本当にもよおしてきたよ。ちょっと草むらでやってくる」

「あ、五娘!」

「ついてこないで」

「しかたないな。あまり遠くに行くなよ……!」

 照勇の言動を三娘は信じたのだろう、ついてくるようすはなかった。

 右も左もわからない町だが、横道からさらに細い脇道を選ぶようにして大通りから離れると一転して寂れた風景になった。何度か折れたところで後ろを振り返る。三娘の姿はない。
 そばの石壁に背をあずけて、ほうっと息をつく。
 殺し屋からも、三娘からも、ぼくは逃げないといけない。

 察してしまったのだ。三娘は信用できない。彼女は隠しごとが多すぎる。薬種商の店主に沢蓮至の容姿をぼくが伝えたあとに、彼女は「声が高くて髭がない」と追加した。
 なぜ沢蓮至の特徴を彼女は知っていたのか。
 本物の石栄の顔を知っていたなら、道観の死体が誰かもわかったはずだし、ぼくを連れ回す必要もない。おそらく、どちらが石栄か知らなかったのだろうが……。

「いろんなことを隠している。それなのに、ぼくの知りたいことは教えてくれなかった」

 右手に握りしめていたさんざし飴をひとつ頬張った。
 かりと砕けた飴の甘みと果肉の酸味が口の中ではじけた。鼻腔に爽やかな香りが満ちる。飲み下してしまうのがもったいなかった。
 独りになったとたん、無性に腹が減ったと感じた。鼻水と涙が同時にあふれた。これが生きたいという欲なのか。
 生き延びるために、食べる。
 さんざし飴はぼくの血肉になる。そんなことを考えながら食べるのは初めてだった。
 生きて、生き延びて、もっとたくさん美味しいものを食べてやる。
 そのためには三娘と離れなければならない。正義感からではないにしろ、命を助けてくれた恩人ではある。だが彼女は、ぼくの命よりも石栄を捜すことを優先する。
 彼女なら殺し屋連中のねぐらを見つけ出せるかもしれない。囚われている宦官がいると知ったら間違いなく彼女はこう言って交渉するだろう。

「そっちの男とこっちの皇孫、交換しないか」

 二口目を頬張ろうとしたとき、鼻の奥がつんと痛んだ。もし沢蓮至が捕らえられているのなら、助けてあげたいと思う。だが自分が犠牲になることは悪手だとしか思えない。自分を危険にさらさずに沢蓮至を助けることはできないだろうか。
 そんな都合のよいこと、あるはずがない。逃げることしかできないとしたら、自分はなんと無力なのか。

「なにひとりでブツブツ言ってるの?」

 鈴の転がるような声がした。振り向くとほっそりとした少女が微笑んでいる。歳は二つ三つほど上だろうか、頭の上にふたつに結んだ髪が猫の耳のようで可愛らしい。

「ねえ、ひとつちょうだい」

 女の子は照勇の許しを得ずにさんざし飴にかじりついた。

「あ、うん、どうぞ」

 女の子の指は照勇の腕におかれている。そのぬくもりに胸がどきどきした。

「この辺の子ではないわね」

 女の子は照勇の顔をみつめた。大きな瞳の中に女装した照勇が映っていた。恥ずかしくなって目を伏せた。

「うん、旅の途中で……」

「まさか、ひとりじゃないんでしょ」

「姉と一緒だったけど……」

「はぐれちゃったのね。まあ、かわいそう。わたしは蘭音らんおん、一緒に捜してあげるわ」

「蘭音、すてきな名前だね。ぼく……わたしは五娘。姉はたぶん……宿に戻っているから捜してもらわなくても大丈夫だと思う」

 親切な申し出に心が痛む。

「そう? ならいいけど。五娘、あなた可愛いわね。さんざし飴がよく似合うわ」

「蘭音のほうが可愛いよ。……こんなに可愛い女の子に会ったのは初めて」

「あら、うふふ。うれしい。一緒に遊びましょう」

「うん!」

 同じ年頃の女の子がそばにいるだけで胸は弾むものなのか。

「わたしのうちに来る?」

「え、いいの?」

「すぐそこなの」

 知り合ったばかりの女の子の家に行く──
 不道徳な響きと甘酸っぱい誘惑を感じてどきどきした。足の運びにあわせて揺れる髪、ときどき振り返ってちゃんと照勇がついてきてるか確認する仕草が可憐だ。
 蘭音は馬車の荷台を指さした。荷台は板で囲ってあり、巨大な箱のように見えた。

「ここよ」

「ここ?」

 蘭音は横木を外して板戸を開けると、

「お先にどうぞ」

 と照勇に先を譲った。変わった家だなとは思いつつも、照勇は足を踏み入れた。中は予想通りに狭く、そして予想とは異なり、先客がいた。手足をしばられた少女だ。

「え?」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

髪を切った俺が芸能界デビューした結果がコチラです。

昼寝部
キャラ文芸
 妹の策略で『読者モデル』の表紙を飾った主人公が、昔諦めた夢を叶えるため、髪を切って芸能界で頑張るお話。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

宮廷の九訳士と後宮の生華

狭間夕
キャラ文芸
宮廷の通訳士である英明(インミン)は、文字を扱う仕事をしていることから「暗号の解読」を頼まれることもある。ある日、後宮入りした若い妃に充てられてた手紙が謎の文字で書かれていたことから、これは恋文ではないかと噂になった。真相は単純で、兄が妹に充てただけの悪意のない内容だったが、これをきっかけに静月(ジンユェ)という若い妃のことを知る。通訳士と、後宮の妃。立場は違えど、後宮に生きる華として、二人は陰謀の渦に巻き込まれることになって――

初恋♡リベンジャーズ

遊馬友仁
キャラ文芸
【第四部開始】  高校一年生の春休み直前、クラスメートの紅野アザミに告白し、華々しい玉砕を遂げた黒田竜司は、憂鬱な気持ちのまま、新学期を迎えていた。そんな竜司のクラスに、SNSなどでカリスマ的人気を誇る白草四葉が転入してきた。  眉目秀麗、容姿端麗、美の化身を具現化したような四葉は、性格も明るく、休み時間のたびに、竜司と親友の壮馬に気さくに話しかけてくるのだが――――――。  転入早々、竜司に絡みだす、彼女の真の目的とは!?  ◯ンスタグラム、ユ◯チューブ、◯イッターなどを駆使して繰り広げられる、SNS世代の新感覚復讐系ラブコメディ、ここに開幕!  第二部からは、さらに登場人物たちも増え、コメディ要素が多めとなります(予定)

アデンの黒狼 初霜艦隊航海録1

七日町 糸
キャラ文芸
あの忌まわしい大戦争から遥かな時が過ぎ去ったころ・・・・・・・・・ 世界中では、かつての大戦に加わった軍艦たちを「歴史遺産」として動態復元、復元建造することが盛んになりつつあった。 そして、その艦を用いた海賊の活動も活発になっていくのである。 そんな中、「世界最強」との呼び声も高い提督がいた。 「アドミラル・トーゴーの生まれ変わり」とも言われたその女性提督の名は初霜実。 彼女はいつしか大きな敵に立ち向かうことになるのだった。 アルファポリスには初めて投降する作品です。 更新頻度は遅いですが、宜しくお願い致します。 Twitter等でつぶやく際の推奨ハッシュタグは「#初霜艦隊航海録」です。

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

後宮出入りの女商人 四神国の妃と消えた護符

washusatomi
キャラ文芸
西域の女商人白蘭は、董王朝の皇太后の護符の行方を追う。皇帝に自分の有能さを認めさせ、後宮出入りの女商人として生きていくために――。 そして奮闘する白蘭は、無骨な禁軍将軍と心を通わせるようになり……。

処理中です...