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第1-12話 飴売りの記憶
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殺し屋に見つからないように、わざわざ女装までしているのに。危険じゃないか。
「あいつらはわたしと違って気を消せるほど熟達した連中ではない。近くにいればわたしが察知できないはずはない。少なくとも見える範囲にはいないようだ。さて、情報収集をするか」
「どうするの?」
三娘は踵を返して、さんざし飴売りに声をかけた。
「いつもここに屋台を出しているのか」
「……まあ、な」
飴売りは三娘に問われて、びくっと震えた。
「昨日、あるいは一昨日、ここらで」と言って薬種商をあごでしめし、「男を見なかったか。わたしたちの兄なのだが」と沢蓮至の外見の特徴を語った。
「あんたら姉妹はお兄さんを捜しているのか」
感心したのか、暇なのか、飴売りは興味をしめした。
設定上の身の上話を三娘が語ったのは薬種商での失敗を反省したからなのだろう。
「……というわけで、ようやく兄らしき人物に追いついたと思ったのに、悪い仲間に入ったといううわさを耳にしたので心配している。なあ、五娘よ」
三娘は深刻な顔をぼくに向ける。ぼくは表情を真似てうなずいた。
「そりゃあ心配だろうなあ。姉妹で旅をするなんて心細いだろうし。そう言われれば背負子姿の書生はたまに見かけた気がするなあ」
「本当か。風体の怪しい男たちと一緒にいたところを見なかっただろうか」
「風体の怪しい男たちかあ……ちょっと思い出すには時間がかかりそうだ」
飴売りは腕を組んだ。三娘は飴売りに頭を下げた。
「ささいなことでもいい、教えてほしい。このとおりだ」
「思い出すまでのあいだ、飴でも食べてたらどうかな。はい、さんざし飴、十文」
飴売りのほうが一枚上手だったようだ。
舌打ちをした三娘は帯の隙間から小さな巾着を引き出した。手垢で汚れた粗末なものだ。逆さにして中身を手のひらにのせる。わずかな銅銭がふれあって音を立てる。さびが浮いた汚い銅銭をわざと選ぶ。
世の中には銅銭以外の金銭として金貨や銀貨、証文紙幣があることは知識としては知っていたが、三娘とは縁がなさそうだ。自分は実物の金銭を見たのだって初めてである。
「まいど」
飴売りは気にしたようすもなく、さんざし飴を一本、照勇に手渡した。
「あ、ありがとう」
感謝すべきは三娘か飴売りかわからず、あいまいに呟く。
「まだ思い出さないのか!」
三娘は飴売りに苛立ちをぶつける。
「そう言われれば」飴売りはにやりと笑った。「ここんとこ、怪しい風体の男らがうろちょろしていたな。ここらでは見かけたことがないやつらだ。流れ者は珍しくないが雰囲気が違う。身なりは貧しすぎず裕福すぎず、目立つところはなかったが、そこがまた怪しいと言える。だがあんたらの兄とつるんでいたとこは見てはいない」
「その連中はこの町に滞在していたのか?」
「ああ、宿屋にな。今日は見てないから出立したんじゃないか?」
「そうか」
照勇はふと疑問を抱いた。飴売りは真実を話しているのだろうか。
確信がない。他人をどこまで信用していいのか、なにを根拠にしたらいいのか。
「おじさんはこの町の人たちの顔を全部覚えているの?」
「うん?」
「流れ者は珍しくないって言ったよね。旅人や隊商だって、たくさん訪れては去って行くでしょう。江湖の者や犯罪集団だって右から左に流れて行くよね」
「ははあ、適当なことを言ってると思ってるな。おれはこう見えて物覚えがいいんだ。このちっぽけな町はたしかに人の往来が多い。もっと南の豊かな町への通り道になるからな。そっちには官衙もある。常設の芝居小屋や妓楼もある。武芸者も旅芸人も人買いも立ち寄るがいちいち顔を覚えてはいられない。だがな、まとっていた空気が違うんだ。だから記憶に残ってる。あいつら、……なんといえばいいのかなあ、緊張していたというか意識を研ぎ澄ましていたというか。羊のふりした狼のように目つきが尖っていたな。常に周囲を見張っていながら、不要なものは目に映さないっていうか。こっちを向いたのに美味しいさんざし飴が見えてないなんてありえないだろ」
三娘と照勇はうなずく。
飴売りの話は感覚としてよくわかった。やつらは地元の山賊や泥棒などの類ではない。どこかもっと遠くで雇われたのだ。職業的に訓練された者。不要な情報を遮断できるほどに。
「兄に関しても?」
「月に一回必ず現れるやつの顔ぐらいは覚えてるさ。同じように背負子を背にした書生風の男がもうひとりいて、交互に来てるのも知っている。今月はまだ現れてはいないけどな。そしてそれがあんたたちの兄ではないこともわかっている」
「え、どうして」
「おれは十五年もここで商売してるんだ」
照勇は息を飲んだ。
沢蓮至は石栄よりも長いあいだ、薬種商に通っていたはずだ。年数が合わなくなる。本物の石栄は従者になって二年、設定上の兄と矛盾しない。だが今話題にしているのは石栄ではない。飴売りが指摘しないうちに、三娘が気づかないうちに、話を終わらせなきゃいけない。
「あいつらはわたしと違って気を消せるほど熟達した連中ではない。近くにいればわたしが察知できないはずはない。少なくとも見える範囲にはいないようだ。さて、情報収集をするか」
「どうするの?」
三娘は踵を返して、さんざし飴売りに声をかけた。
「いつもここに屋台を出しているのか」
「……まあ、な」
飴売りは三娘に問われて、びくっと震えた。
「昨日、あるいは一昨日、ここらで」と言って薬種商をあごでしめし、「男を見なかったか。わたしたちの兄なのだが」と沢蓮至の外見の特徴を語った。
「あんたら姉妹はお兄さんを捜しているのか」
感心したのか、暇なのか、飴売りは興味をしめした。
設定上の身の上話を三娘が語ったのは薬種商での失敗を反省したからなのだろう。
「……というわけで、ようやく兄らしき人物に追いついたと思ったのに、悪い仲間に入ったといううわさを耳にしたので心配している。なあ、五娘よ」
三娘は深刻な顔をぼくに向ける。ぼくは表情を真似てうなずいた。
「そりゃあ心配だろうなあ。姉妹で旅をするなんて心細いだろうし。そう言われれば背負子姿の書生はたまに見かけた気がするなあ」
「本当か。風体の怪しい男たちと一緒にいたところを見なかっただろうか」
「風体の怪しい男たちかあ……ちょっと思い出すには時間がかかりそうだ」
飴売りは腕を組んだ。三娘は飴売りに頭を下げた。
「ささいなことでもいい、教えてほしい。このとおりだ」
「思い出すまでのあいだ、飴でも食べてたらどうかな。はい、さんざし飴、十文」
飴売りのほうが一枚上手だったようだ。
舌打ちをした三娘は帯の隙間から小さな巾着を引き出した。手垢で汚れた粗末なものだ。逆さにして中身を手のひらにのせる。わずかな銅銭がふれあって音を立てる。さびが浮いた汚い銅銭をわざと選ぶ。
世の中には銅銭以外の金銭として金貨や銀貨、証文紙幣があることは知識としては知っていたが、三娘とは縁がなさそうだ。自分は実物の金銭を見たのだって初めてである。
「まいど」
飴売りは気にしたようすもなく、さんざし飴を一本、照勇に手渡した。
「あ、ありがとう」
感謝すべきは三娘か飴売りかわからず、あいまいに呟く。
「まだ思い出さないのか!」
三娘は飴売りに苛立ちをぶつける。
「そう言われれば」飴売りはにやりと笑った。「ここんとこ、怪しい風体の男らがうろちょろしていたな。ここらでは見かけたことがないやつらだ。流れ者は珍しくないが雰囲気が違う。身なりは貧しすぎず裕福すぎず、目立つところはなかったが、そこがまた怪しいと言える。だがあんたらの兄とつるんでいたとこは見てはいない」
「その連中はこの町に滞在していたのか?」
「ああ、宿屋にな。今日は見てないから出立したんじゃないか?」
「そうか」
照勇はふと疑問を抱いた。飴売りは真実を話しているのだろうか。
確信がない。他人をどこまで信用していいのか、なにを根拠にしたらいいのか。
「おじさんはこの町の人たちの顔を全部覚えているの?」
「うん?」
「流れ者は珍しくないって言ったよね。旅人や隊商だって、たくさん訪れては去って行くでしょう。江湖の者や犯罪集団だって右から左に流れて行くよね」
「ははあ、適当なことを言ってると思ってるな。おれはこう見えて物覚えがいいんだ。このちっぽけな町はたしかに人の往来が多い。もっと南の豊かな町への通り道になるからな。そっちには官衙もある。常設の芝居小屋や妓楼もある。武芸者も旅芸人も人買いも立ち寄るがいちいち顔を覚えてはいられない。だがな、まとっていた空気が違うんだ。だから記憶に残ってる。あいつら、……なんといえばいいのかなあ、緊張していたというか意識を研ぎ澄ましていたというか。羊のふりした狼のように目つきが尖っていたな。常に周囲を見張っていながら、不要なものは目に映さないっていうか。こっちを向いたのに美味しいさんざし飴が見えてないなんてありえないだろ」
三娘と照勇はうなずく。
飴売りの話は感覚としてよくわかった。やつらは地元の山賊や泥棒などの類ではない。どこかもっと遠くで雇われたのだ。職業的に訓練された者。不要な情報を遮断できるほどに。
「兄に関しても?」
「月に一回必ず現れるやつの顔ぐらいは覚えてるさ。同じように背負子を背にした書生風の男がもうひとりいて、交互に来てるのも知っている。今月はまだ現れてはいないけどな。そしてそれがあんたたちの兄ではないこともわかっている」
「え、どうして」
「おれは十五年もここで商売してるんだ」
照勇は息を飲んだ。
沢蓮至は石栄よりも長いあいだ、薬種商に通っていたはずだ。年数が合わなくなる。本物の石栄は従者になって二年、設定上の兄と矛盾しない。だが今話題にしているのは石栄ではない。飴売りが指摘しないうちに、三娘が気づかないうちに、話を終わらせなきゃいけない。
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