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第1-11話 裏切りの予感

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「そうそう、これだよ。珍しいものなのかい」

「この茸は滋養強壮と心臓の病に効くんだ。夜尿症に効くなんて嘘っぱちだね。その店は三流どころか詐欺のようなもんだ」

「そうだったのか。あやうく騙されるところだった。しかし安くて滋養強壮になるのなら携帯しておくのもいいかもしれないな」

「おいおい、安いわけはないだろう。雲よりも高い山頂にしか生えない幻の茸なんだぞ」

 量り売りの最低単位で五百文だと店主は主張する。さんざし飴が五十本買える。滋養強壮ならさんざし飴五十本のほうが効果がありそうだ、と思ったが口は出さない。
 実はこの茸は普段の食事にはよく出ていた。ただ焼くだけでも美味しいのでみんなでよく食べていたのだ。干してから煮出すとうまみが出るので汁物にも必ず入っていた。
 滋養強壮なんてもっともらしく聞こえるが、食べ過ぎても毒にならないならば薬としての効能などたかがしれている。
 となるとこの店で売られている秘薬は偽物かもしれない。値段だけは高そうだ。
 価値というものは、あやふやなものなのだ。
 あるいは価値というものは付加したい者が高く評価しがちなのだ。

「おかしいな。さっき話した他の町ではもっと安かった。在庫もふんだんにあったしな。ははあ、さては店主、残り少ないから高くふっかけているんだろう」

 三娘があおると、店主は悔しげに呻いた。

「そうか、予定通りに現れないと思ったら、他に売りやがったのか。今まで良くしてやってたのに、ちくしょう」

 たった今思い出したというていで三娘は手をぽんと叩く。

「そういえばあちらは初入荷だと言っていたかな。うん、そうだ、向こうの店主の話ではたしか持ち込んだのは……えーと、どんな男だっけな……」

 三娘が照勇に目で合図を送る。

「三十歳くらいの背の高い男で、馬面で癖毛で──」

 沢蓮至の外見的特徴を明かさざるをえない。してやられた。

「声が高くて髭がなかったらしい」

 照勇の言い分に三娘が付け足した。そのとおりだったので驚いた。なぜ知っているのか。

「ううむ、うちに来ていた一人だな。そうか、そういうことか」

 店主は勘定台をばんと叩いた。

「さんざん世話になっておいて取引先をかえるとは、信義にもとる奴だ。もう一人ももう来ないつもりかもしれんな」

 どうやら店主は、商取引の慣行を裏切って他店に売ったと勘違いしたようだ。
 一人は沢蓮至、もう一人は石栄で間違いない。
 ふたりを知っているというだけで、この店主が急に善い人に見えた。

 三娘が前のめりになって尋ねる。

「その男の名前、なんという?」

「名前は知らんよ。山に籠もっている修行者だとか、俗世の名は捨てたとかなんとか……人にはいろいろわけがあるもんだしな。あえて聞かなかった。……名前を聞いてどうするんだ、あんた」

 店主が訝しげに三娘を見やる。
 三娘は「それもそうね」とぎこちなく笑った。

「……あんた、なにもんだ?」

「薬を求めにきた善良な姉妹だが」

「ふん」

 ふらりと訪れた初見の客と、たとえ取引がなくなったとはいえ長年つきあいのあった仕入れ先とでは、店主の信用は比べものにはならないだろう。

「なんか怪しいねえ。もしかして情報屋かい。仕入れ先の情報を売るほど落ちぶれちゃいないよ」

 店主の目つきが鋭くなった。潮時だろう。照勇は三娘の手を握った。

「姉さん、どうしよう。お漏らししそう!」

「とっとと出てってくれ!」

 店の中で漏らされたらたまらないと思ったのか、店主が大慌てで追い出しにかかる。厠を貸してくれるほど親切ではないようだ。客ではないと判断したからだろう。
 もじもじしながら店から離れ、少し歩いたところで三娘が周囲を見渡した。

「おかしい。石栄は来なかったのか。まさか殺し屋に先を越されたのか」

「それも変だよ。遅くとも昨日か一昨日にはここに来ていないといけないのに姿を見せていない。道観を襲う前に待ち伏せされたのかな」

「となるとすでに殺された可能性もあるな。あるいは」

 殺し屋側に寝返ったのかもしれない、と三娘は唸る。

「そんなことないよ」

 沢蓮至が裏切るとは思えない。
 本当の父のように、照勇が赤子のころから世話をしてくれたのだ。二年前に照勇の元に来た石栄のほうは気さくな性格だったので父というより兄を感じていた。

「ぼくを殺したいのなら、今までにいくらでも沢……石栄の手でやれたはずだ」

「おまえを殺したいというのではなくて、殺し屋に脅されて協力したのかもしれない。おまえの居場所を明かしたとかな。だが協力したにしても拒否したにしても、石栄はすでに殺された可能性が高いな。ちくしょうめ」

 三娘は額に青筋を立てている。よほど腹立たしいのだろう。
 道観で殺されていたほうが石栄でした……なんて真実は、こわくていまさら口にできない。

「いや、まだ諦めるのは早いか。殺し屋のねぐらに囚われている可能性もないではないからな」

 三娘はまたきょろきょろとあたりを見回した。

「まさか、殺し屋を捜しているの?」

「拷問して口を割らせよう」

「殺し屋を拷問!?」
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