上 下
1 / 74

第1-1 襲撃

しおりを挟む
 普丹国、第十三代皇帝の時代、十歳の少年が仲間と旅をする物語。


 ++++++++


 ぽっかりとあいた黒い穴から氷混じりの風が吹きあがる。
 目に見えない千本の針が、英照勇えいしょうゆうの肌を刺した。

「ううう、寒い」

 おまるにしておけばよかったと後悔し、だがすぐに恥ずかしくなって頭を振った。十歳にもなって甘えぐせが抜けない。両の手のひらで腿を殴った。
 いまの自分は英雄豪傑とはほど遠いが、その距離を近づけるためには行動あるのみ。
 寒風を押し戻す勢いで漆黒の穴に放尿した。
 早く寝室に戻って、語の続きが読みたい。江湖こうこの英雄が悪党を成敗して、公主を助ける話に没頭したい。
 寝る前の読書は欠かせない日課だった。夢の中で続きを見れたら幸せだ。自分が主人公になって縦横無尽に活躍できる。
 照勇は目に見えない剣を天井に振り上げ、目に見えない悪漢を斬る真似をした。


 脇廊を小走りで寝殿に向かう。左には経巻や書物を収蔵する経堂がある。経堂には火事を防ぐため常夜灯がないので脇廊は薄暗い。

「ん?」

 布靴の下でぺちゃっと嫌な感触がした。水にしては粘り気のあるそれは、目を凝らしてよく見ると赤い色をしていた。
 鉄の匂い。赤い水を辿った先におまるが転がっていた。
 転がっていたのはおまるだけではない。男が床に伏していた。
 従者の石栄せきえいだ。背中が斜めに斬り裂かれている。

「石栄!」

 身体を揺さぶると、口がだらりと開いて喉の奥が見えた。
 死んでいる。
 転んだときに運悪く刃物で傷つけたのか、と思ったが、肝心の刃物が見当たらない。
 誰かが殺意を抱いて石英を殺したのだ。

蓮至れんし、助けて」

 照勇はおもわず、もう一人の従者の名を呼んだ。
 だが沢蓮至たくれんしは食料の買い出しに行って今夜は帰ってこないことを思い出した。
 いま道観にいて息をしているのは自分と、石栄を殺した人間しかいない。
 その事実は、照勇の心臓を凍らせた。

「ど、どうしよう」

「おい、そっちにいたか」

 複数の足音と胴間声がした。いそいで物陰に隠れる。

「思っていたより立派な道観だな。部屋数が多い」
「手間をかけさせやがる」
「崖上の廟も見てこい。見つけ次第、ガキを殺せ」

 遠ざかる物音。叫びそうになる口を押さえて、おそるおそる通廊を覗く。人影がないことを確認すると這うようにして厠に逃げ戻った。


「あいつら、何者だろう」

 男、だった。大人の男が数人。
 照勇はこれまで従者以外の人間を見たことがなかった。どころか山を降りたことさえない。
 下山は禁止されていた。いずれ道観の観主になる身と決まっているので、高望みはせず、 俗世とは距離をとることが肝要だと教え込まれ、素直に従ってきた。
 静かで平穏な道観でぬくぬくするのは性に合っていた。

「なのに……」

 暴虐な力がぼくの世界を壊そうとしているのか。
 ごろつきが暴れるのは創作の中だけで充分だ。ぼくにとって石英は家族のような存在だった。なのに彼の死体に触れたとたん、吐き気さえおぼえた。石英は異質な何かに変わってしまったような気がした。
 死を生まれて初めて意識したのだ。恐怖に喉を絞められたのだ。
 連中は『ガキ』を殺そうと探している。そのガキはぼく以外にありえないではないか。

「ううう」

 大勢の大人が捜し回ればいずれ見つかる。厠に隠れても無意味だ、逃げ場はない。
 さっき排泄したばかりなのに、胴がぶると震えた。

「おや?」

「うひゃあ」

 見つかった。
 排泄用の穴から白い仮面をつけた頭部が現れた。

「英照勇だな」

 疑問ではなく確信をこめた声音だった。不気味な仮面がこちらを見上げている。
理由もわからず殺されるのはいやだ。

「なんでぼくを殺そうとするの? せめて理由だけは教えて」

 素早く周囲に視線をめぐらせたが、武器になりそうなものはない。素手で戦うしかない。物語の中の英雄のように、内功を溜めて、全力で反撃するしかない。
 型を決めると、それを見た白仮面は軽快な笑い声をあげた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

処理中です...