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第五章 誇り高い漢
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確認するべく、女の視界に入らないよう注意しながら回り込む。
だが女は振り返っておれを見た。まるでおれの視線を察知したかのように。
『ひ……っ!!』
この世でもっともおぞましいものを目にしたといった顔。いたって普通の反応だ。たいていはこういったリアクションを見せる。
だが女はふうっと消えた。煙のように。珍しい現象だ。
人間は気体に変化することができるのか。
「あ、やだ、こんなところに」
なにものかに触角をつままれて持ち上げられた。簡単につかまるとはおれもヤキがまわったもんだ。
振り仰いで見ると、幼体だった。
幼体ごときに殺されるのは口惜しい。足をばたばたさせて足掻いてみたが体格差はいわずもがな。
「戻ってきたのね。覚えてるのかしら」
馬鹿にするな人間。知能指数はおまえらを凌駕しているのだぞ。
「うわあ、ばっちいですよ、双葉師匠!」
女の肩越しに年寄りが見えた。両手にコンビニ袋を提げている。買い出しか。この部屋には冷蔵庫はないぞ。
「やっとつかまえたのよ。でもねえ、これじゃしょうがない」
「不衛生ですよ、師匠!」
「わからないの、仙師。これがなにか」
「人類にもっとも毛嫌いされている虫でしょ。喉が渇いたでしょ、師匠。そんなのほっといて飲み物でも飲みましょうよ。……ちょ……そんなの持って、近づかないでください……!」
女は、いままさに緑茶を注ごうとしていた年寄りの手からプラスチックのカップを奪っておれを放り込むと逆さにして床に伏せた。
「さあて、どうしよっか」
閉じ込められた!
出せ、出せ!
おれの腕力ではコップを倒すことはできない。隙間がないか丹念に見て回る。無駄と知りつつコップの底まで這い上がってみる。
透明な壁の向こうでは人間共がなにやら膝をつき合わせて相談をしている。声をひそめ、ときどきこちらを盗み見る。年寄りが首を横に振った。どちらがおれにとどめを刺すか、決めかねているのか。
……チャンスはひとつしかない。次に人間がコップに触れたときだ。わずかな隙間さえあれば脱出してみせる。顔面アタックで反撃だ。来い!
……来た来た。女と年寄りが左右からおれを挟んで座った。
ん? なにやら気配を感じて見上げると、さっきの中年女が天井からこちらを見ている。天井から頭の半分だけを突きだして、こちらを憎々しげに見ている。
あれは……人間じゃないな。
「じゃあ、このまま逃がしちゃうんですか」
年寄りは非難がましい口調だ。
「わたしたちが殺すわけにはいかないもの、しょうがないわ。今回は成果なしね」
「成果ならありましたよ。あの方と」と年寄りは天井を見る。「出会えましたから」
「どなた?」
「秘密主義のかたです。妹さんが隣室にいて気もそぞろのようです」
女は天井に向けて話しかけた。
「除霊師をやっている双和双葉といいます。つかぬことをうかがいますが、この部屋で起こった事件のあとでなにか怪奇現象はありましたか。教えていただけたら、さっさとあの世にお連れしてあげますけど」
天井の頭はゆるゆると首を振った。
「仙師、彼女はなにか心残りでもあるの?」
「妹さんに伝言があるようで……」
「ふうん。ちゃんと説得しなさい。それも力量よ。魂の汚れを落としてあげないと」双葉とかいう除霊師はこちらを横目で睨んだ。「こういうことになるから」
「はい、まかせてください」
衝撃だ。おれは未練を残して死んだ虫の幽霊なのか?
だが女は振り返っておれを見た。まるでおれの視線を察知したかのように。
『ひ……っ!!』
この世でもっともおぞましいものを目にしたといった顔。いたって普通の反応だ。たいていはこういったリアクションを見せる。
だが女はふうっと消えた。煙のように。珍しい現象だ。
人間は気体に変化することができるのか。
「あ、やだ、こんなところに」
なにものかに触角をつままれて持ち上げられた。簡単につかまるとはおれもヤキがまわったもんだ。
振り仰いで見ると、幼体だった。
幼体ごときに殺されるのは口惜しい。足をばたばたさせて足掻いてみたが体格差はいわずもがな。
「戻ってきたのね。覚えてるのかしら」
馬鹿にするな人間。知能指数はおまえらを凌駕しているのだぞ。
「うわあ、ばっちいですよ、双葉師匠!」
女の肩越しに年寄りが見えた。両手にコンビニ袋を提げている。買い出しか。この部屋には冷蔵庫はないぞ。
「やっとつかまえたのよ。でもねえ、これじゃしょうがない」
「不衛生ですよ、師匠!」
「わからないの、仙師。これがなにか」
「人類にもっとも毛嫌いされている虫でしょ。喉が渇いたでしょ、師匠。そんなのほっといて飲み物でも飲みましょうよ。……ちょ……そんなの持って、近づかないでください……!」
女は、いままさに緑茶を注ごうとしていた年寄りの手からプラスチックのカップを奪っておれを放り込むと逆さにして床に伏せた。
「さあて、どうしよっか」
閉じ込められた!
出せ、出せ!
おれの腕力ではコップを倒すことはできない。隙間がないか丹念に見て回る。無駄と知りつつコップの底まで這い上がってみる。
透明な壁の向こうでは人間共がなにやら膝をつき合わせて相談をしている。声をひそめ、ときどきこちらを盗み見る。年寄りが首を横に振った。どちらがおれにとどめを刺すか、決めかねているのか。
……チャンスはひとつしかない。次に人間がコップに触れたときだ。わずかな隙間さえあれば脱出してみせる。顔面アタックで反撃だ。来い!
……来た来た。女と年寄りが左右からおれを挟んで座った。
ん? なにやら気配を感じて見上げると、さっきの中年女が天井からこちらを見ている。天井から頭の半分だけを突きだして、こちらを憎々しげに見ている。
あれは……人間じゃないな。
「じゃあ、このまま逃がしちゃうんですか」
年寄りは非難がましい口調だ。
「わたしたちが殺すわけにはいかないもの、しょうがないわ。今回は成果なしね」
「成果ならありましたよ。あの方と」と年寄りは天井を見る。「出会えましたから」
「どなた?」
「秘密主義のかたです。妹さんが隣室にいて気もそぞろのようです」
女は天井に向けて話しかけた。
「除霊師をやっている双和双葉といいます。つかぬことをうかがいますが、この部屋で起こった事件のあとでなにか怪奇現象はありましたか。教えていただけたら、さっさとあの世にお連れしてあげますけど」
天井の頭はゆるゆると首を振った。
「仙師、彼女はなにか心残りでもあるの?」
「妹さんに伝言があるようで……」
「ふうん。ちゃんと説得しなさい。それも力量よ。魂の汚れを落としてあげないと」双葉とかいう除霊師はこちらを横目で睨んだ。「こういうことになるから」
「はい、まかせてください」
衝撃だ。おれは未練を残して死んだ虫の幽霊なのか?
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