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第四章 メッセージ

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『あなたは醜く老いるまで生きなさい。あなたにはたくさんの時間がある。わたしを罵倒するだけの時間が。さよなら。ごめんね。ありがとう』

 そこには姉がいた。実に姉らしい。だが詫びや感謝の言葉は姉にふさわしくないと思った。姉のコーラも最後に少しだけ噴き出したのだろう。
 仙師が顔を寄せて姉のメッセージを目で追った。言葉をなくしたわたしの顔を見て、フンと鼻を鳴らす。

「失礼ですね。老いたら醜くなるというのは偏見の刷り込みですよ」

 老人は憤る。わたしも頷いた。

「姉は幽霊になってもきれいでしたか」
「ええ。おきれいでしたね。それは認めます」

 仙師は苦笑した。
 それならよかった。姉の生き方や死に方をとやかく言いたくはない。姉には曲げられぬこだわりがあったというだけだ。そして姉とわたしは別人なのだ。

「ああ、思い出した。中学の成績表を比べたときの姉ったらね……」

 わたしのおしゃべりは徐々に速く、声が大きく、遠慮がなくなっていった。
 仙師はしまいにはいたたまれなくなったのか、両手を揉みあわせては自身の親指の爪ばかり見ていた。

「ああ、すっきりした!」

 わたしは姉の悪口を言ったことがなかった。両親にも友人にも本人にも誰にも。
 わたしが我慢すればいいことだ、言っても姉が変わるわけじゃない。わたしが悪いのかもしれないし。なにも考えないことが賢明だ──
 姉に対する悪感情を封印するうちに、いつしか姉を賞賛する言葉もなくしていた。

「でもね、聡明で美人でセンスもよくて、自慢の姉だったんだよ! ばかな姉さん。妹からの罵倒と賞賛を聞いてから行きやがれっての!」

 仙師のスマホが震えた。アルコールでとろけていた老人の目がしゃきっと見開かれた。

「すみません。鬼……いえ、上司から速く帰ってこいとのことです。本来は死者の魂を送り出したら仕事完了なので。ビールごちそうさまでした」

 仙師はふらつきながら腰をあげた。わたしの愚痴を聞いてくれたのはサービス残業のようなものだったのだろうか。

「隣の部屋に帰るの? ……あのキーキー音、気になりません?」

 また聞こえ始めた下水管の歯ぎしり。仙師は頭を掻いた。

「隣室からも引き上げます。そっちも終わったんで……。では」

 なにが終わったのかはわからないが、たぶんわたしとは関わりのないこと。仙師と会うことがもう二度とない……かどうかはわからないが、愚痴の聞き役になってくれることは絶対にないだろう。

 わたしはかばんの中からイヤホンを取り出して装着した。わたしが大ファンで、姉は大嫌いだったアーティストの曲を聴きながら、ゴミと想いを仕分けるために。


 ( 第四章 了 )
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