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第四章 メッセージ

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 姉は死を悟ったのか。検査結果を聞くまでもないと思うほど状態が悪かったのか。
 そして、きれいなうちに死にたかったのか。
 財布の中には診察券も病院の領収書もなかった。捨てたのだ。
 姉らしい理由に辿りつけたことで、ほっとした。

「すみません。わたしは妹です。姉は実は……」

 医師は電話の向こうで細く長い息を吐いた。

 通話を終えたあとも耳は音を拾い続けた。かすかにキーキーと鳴っているほうへ近づいてみる。洗面所の壁の中から音がするようだ。耳をつけると、ザーと水が落ちる音もする。
 下水管だ。空気か水の圧力で排水のたびにキーキーと鳴るのだ。
 おそらく上階の人がトイレか風呂を使っているのだろう。

「なあんだ」

 わかってみると急速に脱力した。
 なにかもっと深い意味があるのかと期待していたからだ。
 ストーカーが姉からの伝言として『早く引っ越しなさい、キーキーうるさいから』というのはこれだったのか。
 ストーカーに電話してみよう。残るのはメッセージだ。呼び出し音の長さにイライラしていく。

『はい』
「姉はそこにいるの?」

 いるのならメッセージを探すなんてしちめんどくさいことをさせないでと本人に伝えたい。

「姉に替わって。最後に伝えたいことが」
『お姉さんの魂はもうここにはいません。さきほど、旅立たれました』
「……冗談でしょ」
『ああ、もう大丈夫だ、なんて呟かれて、すうーと……』

 わたしは周囲を見回した。姉はどこかでわたしの動向を見ていたのだろうか。

「どうしてよ。わたしが最後のメッセージを見つけるまで成仏しちゃダメじゃない。解決シーンのないミステリなんてすっきりしないじゃないの」
『でもお姉さんはすっきりしたみたいです』
「あなた……誰?」
『お祓い屋をしている虚洞仙師といいまして、お姉さんとはたまたま遭遇しましてね。もちろん亡くなったあとのことですけど』

 仙師と名乗る老人の後ろからやはりキーキー音が聞こえてくる。もしや背中合わせの隣室にいるのではないだろうか。
 となると薄れていたストーカー説が急浮上してくる。幽霊などいるわけはないし、ましてやあの姉が幽霊になってわたしを見守っているなんてもっと信じがたい。
 音をたてないようにして玄関に向かう。

「姉の幽霊がお世話になりました。ほかになにか言い残していきましたか」

 靴箱の上の懐中電灯を手に持った。しかしこれではいざというときの武器には心もとない。台所に戻って、果物ナイフかなにかをポケットに忍ばせて行くか。
 なにげなく懐中電灯を裏返して違和感を感じた。

「あら」
『どうかしましたか』
「あ、いえ」

 親指が点灯スイッチを押すも、明るくならない。だがLEDライトは紫色に灯っている。

 ブラックライトだ。

 携帯に唯一保存されていた画像が脳裏をよぎる。洗濯用洗剤、パイン飴、リポビタンD。ブラックライトをあてると光るものばかりだ。蛍光物質を含んでいる洗剤は当然だが、パイン飴のベニバナ色素や栄養ドリンクのビタミンB2にも発光する。
 ミステリ好きならブラックライトによるメッセージは定番ではないか。思わず舌打ちした。

「あの、すみません。ごめんなさい。あとでかけなおします」

 通話を切った。
 部屋の電気を消して懐中電灯を灯した。天井も壁も、キッチンもクローゼットの中も床も光をあててみた。だがメッセージらしきものは見当たらない。
 読みが外れたのか?
 トイレと風呂場も丹念に照射してみた。カビや洗剤カスが鈍い光を放っているが思いのほか控えめだった。

「掃除のときに使っていたのかな。とするとこれはメッセージと関係ないのかしら」

 部屋に戻って漫然と照らすと、雑誌や衣服がぼんやりと光る。蛍光物質が反応してまるで鬼火のようだ。ホタルの明滅のほうがずっと明るい。
 人間の汗や血液にも反応することを思い出して、スイッチを切った。

 てっきりブラックライトを使わせるためにあのヒント画像を残したのかと思ったのだけれど、勘違いだったようだ。もうお手上げだ。

 インターフォンが鳴る。応答するとモニターに老人が映った。背景はすっかり暗くなっていた。

『お姉さんの思考をトレースしてしまうと危険ですよ』
「あなたが仙師さんですね。それは姉の伝言?」
『助言です』
「でも必要なことだから」
『なんのために』
「姉のことを忘れたいの。だから知りたいの。謎が残っていると気になってしかたないじゃない」

 わたしは玄関のカギを開けた。しょぼくれた雰囲気の老人が所在なげに佇んでいる。
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