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第三章 方向指示器
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「オカチン、勘違いすんなって。おれのこと信じてくれよ!」
手のひらをバンバンとドアに打ちつけてオカチンに何度も呼びかけた。
「おれがそんなことするような人間に見えるか」
「わっかんないだろ。犯人はいまもどこかに潜んでいるんだ。ともかく花音がきたら正直に話せよ。一緒に警察までついていってやるから」
「犯人は川縁で見かけた女の子なんだよ。歳は15、6くらい。小柄で目立たない地味な感じ。内臓をミンチにして下水に流したって言ってたんだ!」
「うえええ。おまえ、最悪だ!」
オカチンは信じてくれそうにない。作り話ではないのに。
自分が犯人に間違われるのはショックだが、本物の犯人をみすみす見逃すことになるのが悔しい。あの子を捕まえることができれば、同時に身の潔白を証明することもできる。
部屋の奥に向かう。半間の窓から外に出ようと窓下を見ると隣家との境界であるブロック塀が鉄筋をむき出しにした無残に崩れ落ちていた。下手に飛び降りたら大けがを負ってしまいそうだ。
ためらっているとドアが開いて女性が飛び込んで来た。
「早まらないでください! 窓から離れて!」
「花音、危ないよ」
「太郎さん、逃げたらだめよ。死ぬのもだめよ。償う機会をみずから捨てないで!」
この人がオカチンのカノジョか。可愛いと言っていたのは本当だった。
おれを説得して自首に導こうとやってきた交通課の女性警察官はオカチンにはもったいない優しい人でもあった。
「おれじゃないです! でも犯人は見ました!」
六畳一間の狭い部屋で大人三人が膝つき合わせて話をすること半時間。おれを後ろ手にしてベルトで縛めることで、ようやく一緒に外に出ることを許された。
シンプルに、人権侵害だろ。
定職に就いていない人間がアリバイを提示するのは困難だ。
無実の主張を繰り返すおれを、オカチンと花音は白い目で見ている。
「では靴履いてください。ゆっくりですよ。逃げようとしたら関節はずしますからね」
花音の言葉は冗談ではなさそうだ。肩に置かれた手にぐっと力がこもっている。
「花音は交通課から刑事課への異動を狙っているから、容赦しないぞ」
「え、そうなんだ。でもそれだと……いてて」
オカチンは後ろ手に縛ったベルトを引っ張った。
「そんなに痛がるなよ、感じわりーな」
「今日バイト先で腕を使いすぎたんだよ。肩がつらい」
「バイト先は、ブラック企業なんですか?」
花音が表情をくもらせた。体を心配してくれているのか、ブラック企業を毛嫌いしているのか、バイト生活にあけくれている三十後半の男の将来が真っ暗に見えるのか。ああ、よくないな、と思う。勝手に推し量ってしまうのは。
オカチンはというと、あわてて否定した。
「違う違う。備品をパクっても見逃してくれる優しい職場だろ、なあ!」
おれがオカチンのカラオケ屋でバイトしていることは花音は知らないようだ。
「ブラックではない、かな、うん」
アパートを出たところで、視界の端になにか動くものをとらえた。あっちへうろうろ、こっちへうろうろ、公道をうろついている人影。挙動不審である。
「あら、道に迷ったのかしら。それともなにか探しているのかしら」
花音も気がついた。困った人がいると助けたくなる性格なのか、職業病なのか。だがその人影がこちらに顔を向けたとき、おれの肌は粟立った。
「あの子だ、あの子が犯人だ……!」
そこにいたのは川縁で見た女の子だった。
オカチンと花音は顔を見合わせた。
「適当なこと言ってんじゃねーぞ、太郎」
「まさか、あんな小柄で華奢な子が?」
おれと目が合った女の子は「あ」の形に口をあけると小走りに駆け寄ってきた。
「こんなところにいたのね」
女の子はおれの肩に手を伸ばして、ひょいとなにかを掴みあげた。
白いスカーフのようだった。
いや、おれはスカーフなんて洒落たものは持ってない。
同時に肩がすっと軽くなった。
「なんだ……?」
「重かったでしょ」
女の子は掴んだものを掲げておれの顔の前でぶらぶらさせた。
それは青白い人間の腕だった。
手のひらをバンバンとドアに打ちつけてオカチンに何度も呼びかけた。
「おれがそんなことするような人間に見えるか」
「わっかんないだろ。犯人はいまもどこかに潜んでいるんだ。ともかく花音がきたら正直に話せよ。一緒に警察までついていってやるから」
「犯人は川縁で見かけた女の子なんだよ。歳は15、6くらい。小柄で目立たない地味な感じ。内臓をミンチにして下水に流したって言ってたんだ!」
「うえええ。おまえ、最悪だ!」
オカチンは信じてくれそうにない。作り話ではないのに。
自分が犯人に間違われるのはショックだが、本物の犯人をみすみす見逃すことになるのが悔しい。あの子を捕まえることができれば、同時に身の潔白を証明することもできる。
部屋の奥に向かう。半間の窓から外に出ようと窓下を見ると隣家との境界であるブロック塀が鉄筋をむき出しにした無残に崩れ落ちていた。下手に飛び降りたら大けがを負ってしまいそうだ。
ためらっているとドアが開いて女性が飛び込んで来た。
「早まらないでください! 窓から離れて!」
「花音、危ないよ」
「太郎さん、逃げたらだめよ。死ぬのもだめよ。償う機会をみずから捨てないで!」
この人がオカチンのカノジョか。可愛いと言っていたのは本当だった。
おれを説得して自首に導こうとやってきた交通課の女性警察官はオカチンにはもったいない優しい人でもあった。
「おれじゃないです! でも犯人は見ました!」
六畳一間の狭い部屋で大人三人が膝つき合わせて話をすること半時間。おれを後ろ手にしてベルトで縛めることで、ようやく一緒に外に出ることを許された。
シンプルに、人権侵害だろ。
定職に就いていない人間がアリバイを提示するのは困難だ。
無実の主張を繰り返すおれを、オカチンと花音は白い目で見ている。
「では靴履いてください。ゆっくりですよ。逃げようとしたら関節はずしますからね」
花音の言葉は冗談ではなさそうだ。肩に置かれた手にぐっと力がこもっている。
「花音は交通課から刑事課への異動を狙っているから、容赦しないぞ」
「え、そうなんだ。でもそれだと……いてて」
オカチンは後ろ手に縛ったベルトを引っ張った。
「そんなに痛がるなよ、感じわりーな」
「今日バイト先で腕を使いすぎたんだよ。肩がつらい」
「バイト先は、ブラック企業なんですか?」
花音が表情をくもらせた。体を心配してくれているのか、ブラック企業を毛嫌いしているのか、バイト生活にあけくれている三十後半の男の将来が真っ暗に見えるのか。ああ、よくないな、と思う。勝手に推し量ってしまうのは。
オカチンはというと、あわてて否定した。
「違う違う。備品をパクっても見逃してくれる優しい職場だろ、なあ!」
おれがオカチンのカラオケ屋でバイトしていることは花音は知らないようだ。
「ブラックではない、かな、うん」
アパートを出たところで、視界の端になにか動くものをとらえた。あっちへうろうろ、こっちへうろうろ、公道をうろついている人影。挙動不審である。
「あら、道に迷ったのかしら。それともなにか探しているのかしら」
花音も気がついた。困った人がいると助けたくなる性格なのか、職業病なのか。だがその人影がこちらに顔を向けたとき、おれの肌は粟立った。
「あの子だ、あの子が犯人だ……!」
そこにいたのは川縁で見た女の子だった。
オカチンと花音は顔を見合わせた。
「適当なこと言ってんじゃねーぞ、太郎」
「まさか、あんな小柄で華奢な子が?」
おれと目が合った女の子は「あ」の形に口をあけると小走りに駆け寄ってきた。
「こんなところにいたのね」
女の子はおれの肩に手を伸ばして、ひょいとなにかを掴みあげた。
白いスカーフのようだった。
いや、おれはスカーフなんて洒落たものは持ってない。
同時に肩がすっと軽くなった。
「なんだ……?」
「重かったでしょ」
女の子は掴んだものを掲げておれの顔の前でぶらぶらさせた。
それは青白い人間の腕だった。
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