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「友人で始めようか」
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書きかけのアレは見られていないだろうな。アレを見られたら言い訳が出来ないほど恥ずかしい。
「とはいえ、根拠としては薄弱だよな。彼女いない歴3年となれば飢えていてもおかしくないわけだし。二つ目はスマホも連絡先に橋本夫人が登録されていなかったことだ」
「……見るなよ!!」
丹野の口ぶりではアレは見られていないようだ。ぼくは安堵するとともに、感情のぐらつきをごまかすために、つい声を荒げてしまった。
「三つ目はモテたいがためのダーツとその飽きっぽさ。刺激は求めるが長続きしない。不倫には向いていない」
「おい、勝手に他人のこと推測するな。ぼくのプライバシーだろ」
「四つ目は人柄。無能で凡庸だが正義感にあふれている。優しいし素直だ」
余計な語彙が挿入されているのが不愉快だがとりあえず頷いてみせた。
「ホームレスに嫌な顔をしないで食べ物をわけてくれた。家に泊めてくれた。人間の善意を信じている。他人のプライバシーを尊重する。見る機会を与えたにもかかわらず、おれの身分証には手を触れなかった。スマホも開かなかった」
身分証を洗面所においていたのはわざとだったのか。元のように戻していたとしても、丹野ならきっとわずかな差異に気がつく。だがスマホはどうだろう。
「指紋認証画面はフェイクだ。指紋では解除しないし、試みたときには記録が残るようにしてある」
「!」
「探偵は用心が肝要だからな」
「ぼくを試していたのか」
「信用できる人間か確認したかった。……怒っているのか?」
丹野は探るようにこちらを見つめる。人懐っこいように見えて、なるほど、性格は慎重で疑り深い。
「覗かなかったのは、きみと関わりたくなかったからだよ」
このくらい気取ってもいいだろう。あのときはタイミングに救われただけだ。やましさがちりちりと胸で疼く。丹野のほうこそ、ぼくを善人と思いたがっているのではないか。
「ふうん、怒っているのか」
「……よくわからない。きみは正直な人間なんだとは思うけど、暴かなくていいことまで暴くのは感心しない」
「おれは真実を追求することしか能がない」
「真実が正しいとは限らない」
「真実は常に正しい」
丹野はきっぱりと言い切る。迷いがない。
「言いかえるよ。真実を明かすことが必ずしも良いこととは限らない」
「良いか悪いかなんておれにはわからない。おれにできるのはそれだけだから」
「暴力なんだよ、きみのやり方は! いつか誰かを傷つけることになる!」
ぼくを無能で凡庸な男だと、この探偵は侮っているだろう。正義感がある善人だと安心しているだろう。だが丹野はいつかぼくを完璧に暴き、ぼくのつまらなさや弱さに落胆し、ぼくを傷つけて去ってゆくだろう。
なぜそんなことを考えたのか。なぜそんなことを恐れているのか。おのれが感じている漠然とした不安を丹野にぶつけている自覚があった。
丹野は激昂するぼくを見つめてこう言った。
「だから、おれのそばにいてほしい」
「……」
「そばにいてくれ。そばにいて、おれに教えてくれ」
まるでプロポーズのような言葉に面食らう。
「でも……」
「もちろん、きみがいても、限界はあるだろう。おれは、おれらしくあることで、自分以外の誰かを傷つける可能性があることは認める。おれは、境界線が認識できないんだ。いくら教わっても、理解には至らないかもしれない。だがおれの学習能力は高い。パターンも認識できる。だからきみさえいれば……」
探偵として大成する。そんな言葉が脳内で構成された。
賭けに負けたら助手になると約束した。助手は探偵のそばにいて補助する役割だ。
ぼく自身としたは、書きかけのアレ──『丹野令士の事件簿』も完成させたいと思っているけれども、それはしばらく黙秘を貫こうと思う。
ぼくがほしいならば賭けに勝つことだ。三か月の期限まであと二か月と少し。それまでは──
「友人で始めようか」
「とはいえ、根拠としては薄弱だよな。彼女いない歴3年となれば飢えていてもおかしくないわけだし。二つ目はスマホも連絡先に橋本夫人が登録されていなかったことだ」
「……見るなよ!!」
丹野の口ぶりではアレは見られていないようだ。ぼくは安堵するとともに、感情のぐらつきをごまかすために、つい声を荒げてしまった。
「三つ目はモテたいがためのダーツとその飽きっぽさ。刺激は求めるが長続きしない。不倫には向いていない」
「おい、勝手に他人のこと推測するな。ぼくのプライバシーだろ」
「四つ目は人柄。無能で凡庸だが正義感にあふれている。優しいし素直だ」
余計な語彙が挿入されているのが不愉快だがとりあえず頷いてみせた。
「ホームレスに嫌な顔をしないで食べ物をわけてくれた。家に泊めてくれた。人間の善意を信じている。他人のプライバシーを尊重する。見る機会を与えたにもかかわらず、おれの身分証には手を触れなかった。スマホも開かなかった」
身分証を洗面所においていたのはわざとだったのか。元のように戻していたとしても、丹野ならきっとわずかな差異に気がつく。だがスマホはどうだろう。
「指紋認証画面はフェイクだ。指紋では解除しないし、試みたときには記録が残るようにしてある」
「!」
「探偵は用心が肝要だからな」
「ぼくを試していたのか」
「信用できる人間か確認したかった。……怒っているのか?」
丹野は探るようにこちらを見つめる。人懐っこいように見えて、なるほど、性格は慎重で疑り深い。
「覗かなかったのは、きみと関わりたくなかったからだよ」
このくらい気取ってもいいだろう。あのときはタイミングに救われただけだ。やましさがちりちりと胸で疼く。丹野のほうこそ、ぼくを善人と思いたがっているのではないか。
「ふうん、怒っているのか」
「……よくわからない。きみは正直な人間なんだとは思うけど、暴かなくていいことまで暴くのは感心しない」
「おれは真実を追求することしか能がない」
「真実が正しいとは限らない」
「真実は常に正しい」
丹野はきっぱりと言い切る。迷いがない。
「言いかえるよ。真実を明かすことが必ずしも良いこととは限らない」
「良いか悪いかなんておれにはわからない。おれにできるのはそれだけだから」
「暴力なんだよ、きみのやり方は! いつか誰かを傷つけることになる!」
ぼくを無能で凡庸な男だと、この探偵は侮っているだろう。正義感がある善人だと安心しているだろう。だが丹野はいつかぼくを完璧に暴き、ぼくのつまらなさや弱さに落胆し、ぼくを傷つけて去ってゆくだろう。
なぜそんなことを考えたのか。なぜそんなことを恐れているのか。おのれが感じている漠然とした不安を丹野にぶつけている自覚があった。
丹野は激昂するぼくを見つめてこう言った。
「だから、おれのそばにいてほしい」
「……」
「そばにいてくれ。そばにいて、おれに教えてくれ」
まるでプロポーズのような言葉に面食らう。
「でも……」
「もちろん、きみがいても、限界はあるだろう。おれは、おれらしくあることで、自分以外の誰かを傷つける可能性があることは認める。おれは、境界線が認識できないんだ。いくら教わっても、理解には至らないかもしれない。だがおれの学習能力は高い。パターンも認識できる。だからきみさえいれば……」
探偵として大成する。そんな言葉が脳内で構成された。
賭けに負けたら助手になると約束した。助手は探偵のそばにいて補助する役割だ。
ぼく自身としたは、書きかけのアレ──『丹野令士の事件簿』も完成させたいと思っているけれども、それはしばらく黙秘を貫こうと思う。
ぼくがほしいならば賭けに勝つことだ。三か月の期限まであと二か月と少し。それまでは──
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