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「容疑者扱いには慣れている」
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「それは困ったな。目立つのは探偵としては不利だ」
「今まで気づいてなかったの?」
「野田が羨ましい」
「は?」
「野田程度に平凡な容姿が羨ましいんだ。印象に残らないし、化けやすいからな。小さいから女装もできる」
「ぶは」
ぼくはラーメンを噴き出した。
「さっきから吐いてばかりだが、野田の先祖はマーライオンか何かか」
「若そうだけど、いったい何歳だ、あんた?」
「24」
再びラーメンを噴いた。
「そうだ。スマホを充電しておかなくては。そろそろタニシから連絡が来る」
たこ足の充電タップを勝手に抜く。家主の意向はおかまいなしか。
「そういやさっき出かけたときに刑事さんたちに偶然会ってね、丹野の推理を話してしまったんだけど、問題なかったかな」
「かまわん。野田がいずれしゃべるだろうことは織り込み済みだった」
「おい、ぼくのほうが4つも年上なんだぞ。ため口じゃなく敬語にしたらどうだ」
「敬語とは相手を敬うときに使うものだ。ただ歳をくっているという理由だけで敬う気はない。勘違いするな、野田をけなしているわけではない。おれの場合は、生まれてこのかた、敬う相手が見つかっていない。だから敬語を使うのは慣れていない。つまり気にするなということだ。それより訊きたいことはなんだ」
「訊きたいこと?」
「野田の全身から好奇心が蒸気になって立ちのぼっている。それとも相談か、願いごとか。おれは友人への助力は惜しまない。遠慮しなくていい」
もう一度噴き出しそうになったが、ぎりぎりのところで耐えた。丹野といつから友人になったというのか。
丹野の表情を窺ったが冗談を言っているようには見えない。いちいち突っ込むのも面倒だ。
「どうして、ホームレスに?」
「以前借りていた賃貸物件から追い出された。ゴミ屋敷は規約違反だそうだ」
「……ゴミ、屋敷?」
「断っておくが探偵の仕事で失敗したわけでも、えり好みで干されたわけでもない。大手探偵事務所に雇われていたわけでもない、おれは個人の私立探偵だ。仕事自体は順調なんだ。現に一件」丹野は充電中のスマホを指さした。「依頼が入っている。明日、依頼主に会う予定だ」
「警察の依頼はどうするんだ。容疑が晴れたわけでもないだろう」
「あいつらか。今日、一緒に回ったが、つまらなかった。蜜は働きバチに集めさせればいい」
「疑われたままで放置か?」
「容疑者扱いには慣れている」
「ホームレスになってから、どうしてたんだ?」
「……川向こうの溜まり場で生活していた」
「ああ、ホームレスのねぐら?」
川べりに、ホームレスが集団で生活している、ブルーシートとダンボールで器用に作られた区画がある。行政が取り壊しをしてもすぐに場所を変えて復活する。
「……。そこも追い出された。ちょっと余計なことを言いすぎたようだ。だが間違ったことは言っていないんだ。真実を言い当てたのに認めないのはフェアではない。そう思わないか」
野田にはピンときた。問題は、真実だったか否か、ではなかったのだろう。
「その目は……疑っているな。おれの観察眼を」
「いや、きみは真実を言ったんだろう、きっと。ぼくは信じられる」
「……ならいい」
丹野は観察眼と洞察力が優れている。それはぼくでもわかる。工場の製品検査の機械のように正確無比に不良品を見つけ出す。だが、能力を信じられるということと、彼を信頼できるということは別だ。その気になれば完璧な不良品を作りあげることも出来るだろう。彼の言説はそれだけの説得力がある。ぼくを冤罪に陥れることなど簡単なことだろう。
敵にまわすと恐ろしい。味方になってもよいことはなさそうだ。
悪友という言葉があるが、悪友は友人の一種に入るのだろうか。だとしたら丹野は悪友の端くれにはなる可能性があるかもしれないけれど。
知らず知らずのうちに口元から笑みが洩れていたようだ。
丹野は不思議なものでも見るような目でぼくを見る。視線が合うと、ふいと目を伏せ、「ごちそうさまでした」と手を合わせた。
ふいに見え隠れするアンバランス。つぎはぎのモザイク絵のようだ。
「アルコールは飲めるか? よし、じゃ、ちょっとつきあえ」
野田は冷蔵庫から発泡酒を、丹野にはプレミアムを出して乾杯をした。一気に半分まで飲んだ後に、ふと浮かんだ疑問を訊いてみた。
「ここの部屋番号は所長から聞いたんだよなあ……?」
丹野は首を横に振った。
「じゃあ、集合ポストに名前を出してないのに、なんでわかったんだ? 郵便物の宛名かと思ったけど違ったみたいだし」
「秘密だ」
「ぼくの安全に関することなのに知る権利がないのかよ」
「……では、代わりにブーメランパンツの秘密を推理をしようか」
「なんだ、それ」
床でだらしなく横たわるパンツを見て同時に笑い出した。丹野はパンツを引き寄せると人差し指にかけてくるくると回しだした。
「今まで気づいてなかったの?」
「野田が羨ましい」
「は?」
「野田程度に平凡な容姿が羨ましいんだ。印象に残らないし、化けやすいからな。小さいから女装もできる」
「ぶは」
ぼくはラーメンを噴き出した。
「さっきから吐いてばかりだが、野田の先祖はマーライオンか何かか」
「若そうだけど、いったい何歳だ、あんた?」
「24」
再びラーメンを噴いた。
「そうだ。スマホを充電しておかなくては。そろそろタニシから連絡が来る」
たこ足の充電タップを勝手に抜く。家主の意向はおかまいなしか。
「そういやさっき出かけたときに刑事さんたちに偶然会ってね、丹野の推理を話してしまったんだけど、問題なかったかな」
「かまわん。野田がいずれしゃべるだろうことは織り込み済みだった」
「おい、ぼくのほうが4つも年上なんだぞ。ため口じゃなく敬語にしたらどうだ」
「敬語とは相手を敬うときに使うものだ。ただ歳をくっているという理由だけで敬う気はない。勘違いするな、野田をけなしているわけではない。おれの場合は、生まれてこのかた、敬う相手が見つかっていない。だから敬語を使うのは慣れていない。つまり気にするなということだ。それより訊きたいことはなんだ」
「訊きたいこと?」
「野田の全身から好奇心が蒸気になって立ちのぼっている。それとも相談か、願いごとか。おれは友人への助力は惜しまない。遠慮しなくていい」
もう一度噴き出しそうになったが、ぎりぎりのところで耐えた。丹野といつから友人になったというのか。
丹野の表情を窺ったが冗談を言っているようには見えない。いちいち突っ込むのも面倒だ。
「どうして、ホームレスに?」
「以前借りていた賃貸物件から追い出された。ゴミ屋敷は規約違反だそうだ」
「……ゴミ、屋敷?」
「断っておくが探偵の仕事で失敗したわけでも、えり好みで干されたわけでもない。大手探偵事務所に雇われていたわけでもない、おれは個人の私立探偵だ。仕事自体は順調なんだ。現に一件」丹野は充電中のスマホを指さした。「依頼が入っている。明日、依頼主に会う予定だ」
「警察の依頼はどうするんだ。容疑が晴れたわけでもないだろう」
「あいつらか。今日、一緒に回ったが、つまらなかった。蜜は働きバチに集めさせればいい」
「疑われたままで放置か?」
「容疑者扱いには慣れている」
「ホームレスになってから、どうしてたんだ?」
「……川向こうの溜まり場で生活していた」
「ああ、ホームレスのねぐら?」
川べりに、ホームレスが集団で生活している、ブルーシートとダンボールで器用に作られた区画がある。行政が取り壊しをしてもすぐに場所を変えて復活する。
「……。そこも追い出された。ちょっと余計なことを言いすぎたようだ。だが間違ったことは言っていないんだ。真実を言い当てたのに認めないのはフェアではない。そう思わないか」
野田にはピンときた。問題は、真実だったか否か、ではなかったのだろう。
「その目は……疑っているな。おれの観察眼を」
「いや、きみは真実を言ったんだろう、きっと。ぼくは信じられる」
「……ならいい」
丹野は観察眼と洞察力が優れている。それはぼくでもわかる。工場の製品検査の機械のように正確無比に不良品を見つけ出す。だが、能力を信じられるということと、彼を信頼できるということは別だ。その気になれば完璧な不良品を作りあげることも出来るだろう。彼の言説はそれだけの説得力がある。ぼくを冤罪に陥れることなど簡単なことだろう。
敵にまわすと恐ろしい。味方になってもよいことはなさそうだ。
悪友という言葉があるが、悪友は友人の一種に入るのだろうか。だとしたら丹野は悪友の端くれにはなる可能性があるかもしれないけれど。
知らず知らずのうちに口元から笑みが洩れていたようだ。
丹野は不思議なものでも見るような目でぼくを見る。視線が合うと、ふいと目を伏せ、「ごちそうさまでした」と手を合わせた。
ふいに見え隠れするアンバランス。つぎはぎのモザイク絵のようだ。
「アルコールは飲めるか? よし、じゃ、ちょっとつきあえ」
野田は冷蔵庫から発泡酒を、丹野にはプレミアムを出して乾杯をした。一気に半分まで飲んだ後に、ふと浮かんだ疑問を訊いてみた。
「ここの部屋番号は所長から聞いたんだよなあ……?」
丹野は首を横に振った。
「じゃあ、集合ポストに名前を出してないのに、なんでわかったんだ? 郵便物の宛名かと思ったけど違ったみたいだし」
「秘密だ」
「ぼくの安全に関することなのに知る権利がないのかよ」
「……では、代わりにブーメランパンツの秘密を推理をしようか」
「なんだ、それ」
床でだらしなく横たわるパンツを見て同時に笑い出した。丹野はパンツを引き寄せると人差し指にかけてくるくると回しだした。
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