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「もっと詳しく話せ」
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「ええー、大丈夫かな」
優秀と評価してもらえた嬉しさで、口元がムズムズする。荒川と同列でもうれしい。
「ちょっとだけですよ。野田さんも見たいでしょ。私はすっごくわくわくしてます。ね、さっと見てすぐに帰りましょう」
日比野が頭を潜らせたとき、工場の入口が乱暴に開いた。中から見知った顔がふたつ出てきた。いかつい顔の田西刑事と爽やか系の井敬刑事だ。
「あ……」
ふたりは、勝手に立ち入ろうとする部外者が誰かを認識するや「何しに来たんだ、お前!」と一喝した。田西の表情は激おこの達磨だ。
「ちょっと……見学に……」
「見学だあ? 立入禁止だぞ!」
「あ、疑ってますね~」日比野は満面の笑顔になった。「犯人は必ず現場に戻るって言いますもんね。疑わしいですか、野田さんが。わあ、ドラマや小説みたい。なんか楽しいですね~。田西刑事は頼もしいし、イケメン刑事は爽やかだし」
日比野の声は1オクターブ跳ね上がった。ぼくはもちろん、田西と井敬までぎょっとした顔になった。
ぼくは苦笑まじりで訊ねた。「あの、捜査に進展はありましたか……?」
「なんでお前に教えてやらなきゃいけないんだよ」
ふたりの刑事は不機嫌なようすだった。進展はないようだ。
「なぜか熊男……じゃない、ホームレス探偵がうちに来てるんですけど──」
田西と井敬は二人同時に耳を塞いで、そっぽを向いた。
「ちょっと無責任すぎませんか。たとえぼくが容疑者だとしても、あんな得体のしれない男と狭い部屋で過ごすのは拷問ですよ」
「こっちだって困ってるんだよ。押し付けられて迷惑してんだよ。上はあいつと協力しろと言うが、扱いづらくてな。いや、協力どころか、オモテナシしろって勢いだ。きっと弱みでも握られてるんだろう。さっきは聞き込みの最中に『飽きた』とか言ってふらっと姿を消したんだ。お前さんの家にいるならちょうどいい、見張っとけ」田西が毒づき、井敬が頷いた。
嫌疑がかかった者同士で監視しろとはずいぶんな怠慢じゃないですか。共犯だったら一緒にしょっぴけて手間いらずですね。そんな皮肉の一つも言いたかったが野田はこらえた。本当に共犯だと思われるのは困る。
「それよりもなんだ、お前は。女をこんな辺鄙な場所に連れ出して何する気だったんだ」
「ヘンなこと言わないでください」
「二人は付き合っているのかな?」井敬刑事がイケメンスマイルで日比野に訊ねると、
「まったく、そんなことは、絶対、死んでも、ありません。ただの同僚です」と日比野は半ば怒った顔で断固として否定した。さらに田西刑事に毅然とした顔を向けて「それに私の方が野田さんを誘ったんですよ。連れ出されたバカな女みたいな言い方やめてください。女性に主体性を認めない傾向がありますよ、偏見ですよ、刑事さん」
田西はたじたじとなった。
複雑な思いを隠しつつ、ぼくは口を開いた。容疑者扱いを考え直してもらうのは今が好機だ。
「実はいいネタ持ってるんですよ。さっき熊探偵と話していて思い出したことと気づいたことがあるんです。かなり重要です!!」
力説が効いたのか、田西は目顔で促してきた。
ぼくは被害者のネイルが新しくなっていることを伝えた。被害者の服が配達時と同じものだったことも。
「なんでそんな重要な記憶を忘れていたんだ。作り話じゃないだろうな」と疑いながらも、その場で本部長に電話をしたのはイケメン井敬刑事。「忙しいところを誠に申し訳ありません。たいしたネタではないと思うんですが」から始まり「え、ほんとですか」と顔色が変わったのを間近で見れたのには溜飲が下がった。
「田西さん、ガイシャの衣服の袖口にはツレがあるそうです。傷んだ爪先がひっかかったという証言と一致します。またガイシャの携帯の通話記録から『イトーネイルサロン』が上がったそうです。伊藤博という男性のネイリストが個人で経営している店で隣の早田町に店があります。池田の奴が伊藤を訪ねたところ『確かに電話はかかってきたが予定がいっぱいだったので施術はお断りした』と言われたとか。嘘かもしれませんね。ガイシャは伊藤のサロンを訪れたのかも」
「訪れたかどうかも、疑ったほうがいいかもしれません」
続けたぼくの言葉に田西と井敬は顔を見合わせた。
「どういう意味だ」
「熊探偵がいうには、あの格好では外出しないだろうとかなんとか」
「もっと詳しく話せ」
一瞬だけ迷ったがやはり話すことにした。容疑者の汚名を返上したい。警察に協力的であることを態度で示しておきたい。
「……そういうことか。だが主観が入りすぎていないかな。仮定の話として、もし外出しないのならば……あ、出張ネイルサービスでしょうか?」井敬が田西の顔をうかがった。
「揺さぶりをかければ落ちるかもしれん。公にできない関係説が濃厚だな。池田に連絡しろ。必要なら応援にまわると。……あー、すまないが、この件はまだ内密に頼む。捜査に支障が出ては困るので」田西刑事の腰は急に低くなった。
「野田くん、すごいじゃない。容疑者同士でお互いを見張るなんて、ドラマチック」日比野の関心はどこか少しずれていた。
「しかし丹野は問題ですよ。重要な情報を秘匿しようとしたわけでしょう。もしかしたらネイルの件は彼にとって不利な証拠なのかもしれません」井敬は田西に疑問を投げた。
田西は首を振った。「考え過ぎだろう。橋本さゆりの愛人がネイリストかどうかもまだわからない。愛人は他にもいるかもしれん。よもやホームレス探偵が愛人ではあるまいが」
警察は『愛人』を探し始めたようだ。
橋本さゆりは裕福な専業主婦だった。年中通販で買物を楽しみ、ブランド品を身に着け、常に満ち足りた笑みを浮かべていたのは背徳と背中合わせだったからだろうか。
たとえ不倫でも愛情交歓ができる相手がいるのはうらやましくもあった。久しく忘れていた人恋しさが胸を埋める。
日常が壊れかけているせいかもしれない。なるべく早く元の生活を取り戻すことが必要だ。職場の過酷な肉体労働でさえ、今は恋しい。
田西と井敬がくるりと振り向いた。野田の顔をじっと見つめる。
「こいつは、なんともいえんな」「いえませんね」
どういう意味だ。
優秀と評価してもらえた嬉しさで、口元がムズムズする。荒川と同列でもうれしい。
「ちょっとだけですよ。野田さんも見たいでしょ。私はすっごくわくわくしてます。ね、さっと見てすぐに帰りましょう」
日比野が頭を潜らせたとき、工場の入口が乱暴に開いた。中から見知った顔がふたつ出てきた。いかつい顔の田西刑事と爽やか系の井敬刑事だ。
「あ……」
ふたりは、勝手に立ち入ろうとする部外者が誰かを認識するや「何しに来たんだ、お前!」と一喝した。田西の表情は激おこの達磨だ。
「ちょっと……見学に……」
「見学だあ? 立入禁止だぞ!」
「あ、疑ってますね~」日比野は満面の笑顔になった。「犯人は必ず現場に戻るって言いますもんね。疑わしいですか、野田さんが。わあ、ドラマや小説みたい。なんか楽しいですね~。田西刑事は頼もしいし、イケメン刑事は爽やかだし」
日比野の声は1オクターブ跳ね上がった。ぼくはもちろん、田西と井敬までぎょっとした顔になった。
ぼくは苦笑まじりで訊ねた。「あの、捜査に進展はありましたか……?」
「なんでお前に教えてやらなきゃいけないんだよ」
ふたりの刑事は不機嫌なようすだった。進展はないようだ。
「なぜか熊男……じゃない、ホームレス探偵がうちに来てるんですけど──」
田西と井敬は二人同時に耳を塞いで、そっぽを向いた。
「ちょっと無責任すぎませんか。たとえぼくが容疑者だとしても、あんな得体のしれない男と狭い部屋で過ごすのは拷問ですよ」
「こっちだって困ってるんだよ。押し付けられて迷惑してんだよ。上はあいつと協力しろと言うが、扱いづらくてな。いや、協力どころか、オモテナシしろって勢いだ。きっと弱みでも握られてるんだろう。さっきは聞き込みの最中に『飽きた』とか言ってふらっと姿を消したんだ。お前さんの家にいるならちょうどいい、見張っとけ」田西が毒づき、井敬が頷いた。
嫌疑がかかった者同士で監視しろとはずいぶんな怠慢じゃないですか。共犯だったら一緒にしょっぴけて手間いらずですね。そんな皮肉の一つも言いたかったが野田はこらえた。本当に共犯だと思われるのは困る。
「それよりもなんだ、お前は。女をこんな辺鄙な場所に連れ出して何する気だったんだ」
「ヘンなこと言わないでください」
「二人は付き合っているのかな?」井敬刑事がイケメンスマイルで日比野に訊ねると、
「まったく、そんなことは、絶対、死んでも、ありません。ただの同僚です」と日比野は半ば怒った顔で断固として否定した。さらに田西刑事に毅然とした顔を向けて「それに私の方が野田さんを誘ったんですよ。連れ出されたバカな女みたいな言い方やめてください。女性に主体性を認めない傾向がありますよ、偏見ですよ、刑事さん」
田西はたじたじとなった。
複雑な思いを隠しつつ、ぼくは口を開いた。容疑者扱いを考え直してもらうのは今が好機だ。
「実はいいネタ持ってるんですよ。さっき熊探偵と話していて思い出したことと気づいたことがあるんです。かなり重要です!!」
力説が効いたのか、田西は目顔で促してきた。
ぼくは被害者のネイルが新しくなっていることを伝えた。被害者の服が配達時と同じものだったことも。
「なんでそんな重要な記憶を忘れていたんだ。作り話じゃないだろうな」と疑いながらも、その場で本部長に電話をしたのはイケメン井敬刑事。「忙しいところを誠に申し訳ありません。たいしたネタではないと思うんですが」から始まり「え、ほんとですか」と顔色が変わったのを間近で見れたのには溜飲が下がった。
「田西さん、ガイシャの衣服の袖口にはツレがあるそうです。傷んだ爪先がひっかかったという証言と一致します。またガイシャの携帯の通話記録から『イトーネイルサロン』が上がったそうです。伊藤博という男性のネイリストが個人で経営している店で隣の早田町に店があります。池田の奴が伊藤を訪ねたところ『確かに電話はかかってきたが予定がいっぱいだったので施術はお断りした』と言われたとか。嘘かもしれませんね。ガイシャは伊藤のサロンを訪れたのかも」
「訪れたかどうかも、疑ったほうがいいかもしれません」
続けたぼくの言葉に田西と井敬は顔を見合わせた。
「どういう意味だ」
「熊探偵がいうには、あの格好では外出しないだろうとかなんとか」
「もっと詳しく話せ」
一瞬だけ迷ったがやはり話すことにした。容疑者の汚名を返上したい。警察に協力的であることを態度で示しておきたい。
「……そういうことか。だが主観が入りすぎていないかな。仮定の話として、もし外出しないのならば……あ、出張ネイルサービスでしょうか?」井敬が田西の顔をうかがった。
「揺さぶりをかければ落ちるかもしれん。公にできない関係説が濃厚だな。池田に連絡しろ。必要なら応援にまわると。……あー、すまないが、この件はまだ内密に頼む。捜査に支障が出ては困るので」田西刑事の腰は急に低くなった。
「野田くん、すごいじゃない。容疑者同士でお互いを見張るなんて、ドラマチック」日比野の関心はどこか少しずれていた。
「しかし丹野は問題ですよ。重要な情報を秘匿しようとしたわけでしょう。もしかしたらネイルの件は彼にとって不利な証拠なのかもしれません」井敬は田西に疑問を投げた。
田西は首を振った。「考え過ぎだろう。橋本さゆりの愛人がネイリストかどうかもまだわからない。愛人は他にもいるかもしれん。よもやホームレス探偵が愛人ではあるまいが」
警察は『愛人』を探し始めたようだ。
橋本さゆりは裕福な専業主婦だった。年中通販で買物を楽しみ、ブランド品を身に着け、常に満ち足りた笑みを浮かべていたのは背徳と背中合わせだったからだろうか。
たとえ不倫でも愛情交歓ができる相手がいるのはうらやましくもあった。久しく忘れていた人恋しさが胸を埋める。
日常が壊れかけているせいかもしれない。なるべく早く元の生活を取り戻すことが必要だ。職場の過酷な肉体労働でさえ、今は恋しい。
田西と井敬がくるりと振り向いた。野田の顔をじっと見つめる。
「こいつは、なんともいえんな」「いえませんね」
どういう意味だ。
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