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「しかたないわね。わたくしのフラットに行きましょう。屋根裏部屋を一晩借りてちょうだい」

「だったらわしの邸に戻ったらどうだ。おまえも一緒にくればいい」

「公爵邸までの辻馬車代がもったいないわ。明日も町に来ないと行けないでしょ」

 辻馬車代に比べたらフラットの宿泊代のほうがはるかに安い。倒壊の危険さえ目をつぶれば、あのフラットは異常に安いのだ。

「あら、あれは……」

 フラットに続く通りで、サラは既視感に襲われた。なんのことはない、釣り具とバケツを持ったリカルドが前を歩いていたのだ。
 今日もまたどこかで釣りをしてきたようだ。

「どうかしたのか?」

「同じフラットの住人があそこに」

「ふむ」

 公爵が顔をあげた。モアも同じ方向を向いた。モアは突然もがきだして公爵の手からするりと抜け出した。そのまままっすぐにリカルドの背を追いかける。

「あらあらあら」

 サラは懸命に追いかけたが、モアのスピードの比ではない。モアはリカルドのバケツにジャンプした。

「それはあなたのバスケットじゃないわよ、モアりん!」

「うわ!」

 持っていたバケツが急に重くなったせいだろう、驚いたリカルドはバケツを落とした。水しぶきが飛ぶ。

「あら、たいへん。お魚が……え?」

 活きのいい魚が飛び出すかと思ったら、バケツからこぼれたのは別の物だった。
 キラキラと輝く色とりどりの──

「宝石!」

 リカルドは慌てて宝石を拾い上げてバケツに入れた。
 
 サラにはわかる。イミテーションではない、本物の輝きだ。
 はっと顔をあげたリカルドは、サラたちの顔を見つけるや、脱兎のごとく走り出した。

「なぜ逃げるの」

「宝石を隠し持っていて、見つかって逃げたのなら、泥棒なんじゃないか」

 公爵の言うことはもっともだ。

「もしや、黒うさぎ!?」

 サラはピーちゃんの背にまたがった。

「あの男を追いかけなさい!」

 リカルドは何度も角を曲がって逃げた。ダチョウは勢い余って素通りして、Uターンした。ロスが多いが、その分スピードで勝負だ。
 だが曲がる回数が多くなってくると間に合わず、勘に頼って見失った。

「どうやら巻かれたようね。ねえ、ピーちゃん。あなたの驚異的な視力でも無理かしら。無理よね。さすがに建物の中を透かし見ることはできないもの」

 サラは周囲を見渡した。この区域にはアンが住んでいたはずだ。家を出て、自活している令嬢のアンは、サラのロールモデルのひとりである。

「泥棒が近くにいるかもしれないって教えてあげなくちゃ」

 サラはアンの住まいを訪ねることにした。
 階下から窓を見上げると、花のない鉢植えが窓辺に飾ってあるのが見えた。

「殺風景だわ。お花くらい持ってくればよかったかしら」

 ダチョウを外に待たせて、アンの部屋をノックした。
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