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 サラは診断書を広げてテーブルに置いた。それを見たガイとトールは眉根を寄せた。

「子供を望めない身体……?」

 公爵は昔、落馬したときに足を骨折していた。骨折しただけではなく、男性器を圧迫して損傷させていたのだ。夫婦生活には問題はないが子供を作る能力を失った可能性があると、その当時に診断を受けていた。
 サラは疑念を払うために診察の機会を利用して追加の診断を頼んだのだ。

「サラ夫人はご存じだったのですか?」

 ガイの問いにサラは頷いた。

「知ってました」

「なぜ、そのことを黙っていたのですか」

 彼の両親から、ノースとは子供を望めないだろうことを、サラは結婚時にきいていた。奇跡的に回復する可能性もまったくないわけではないとも。

「……ノースが信じているようでしたから。もしかしたらなにかの拍子に奇跡が起こったのかもしれないと考えましたの。でもアシュリーが本当にノースを愛しているのか疑問に思えてきたものですから、いざというときの切り札になるかと思って、病院に頼みました。ええ、国中で一番権威のある王立中央病院で診断していただいたのです」

「…………」

「公爵は諦めたくなかったのでしょう。男として気持ちはよくわかります」

 レインが慰めの言葉をかけたが効果はなかった。
 ソファに座り、足の間に挟んだ杖に顎をのせていた公爵は、おもむろに立ち上がって「生理的欲求につき中座する」と抑揚を欠いた声を残して居間を出て行った。

「公爵はアシュリー嬢を信用なさっていたんですね。あの落ち込みようは見ていられません。ところで彼女はどこへいってしまわれたんですか」

 レインが屋敷に残っていた男性らを見やると、三人とも首を左右に振った。四人目のダンディーな紳士は肩をすくめている。
 売買交渉をしていた彼らを避けるようにそっと出て行ったらしい。ただ去ったのではなく、公爵が愛用していた銀のペーパーナイフや金の燭台のほか家宝のいくつかがなくなっているという。持ち逃げしたのだ。

「きっと子供の父親の件がばれると思って逃げたんでしょう」と、トール。

「彼女の目的は金だった」と、断言するガイ。「妊娠したと言えば公爵から金を引き出せると思ったんでしょう。はじめから結婚する気はなかったんだ」

「まあそんなとこでしょう。だいたいおじさんは60歳なのだから、15歳と相思相愛だと信じらるなんて、分別がなさすぎるよ」と、ポール。

 公爵と同年代ほどの客は苦笑いをしている。

 サラは考える。アシュリーが公爵と愛人関係だったのは事実だろう。ある日妊娠したことに気づき、公爵に告げたのは手切れ金が目的だったのだ。
 だが公爵が結婚を迫ったので、公爵夫人になるのも悪くないと考え直した。しかし思いのほか公爵家が貧乏だと知って嫌気がさした。
 金目の物をくすねて、はいさようなら。

 サラの部屋も荒らされていた。枕の下に隠していた両親の写真となけなしのお金を入れていた巾着が、アシュリーとともに消えていたのだ。
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