公爵夫人(55歳)はタダでは死なない

あかいかかぽ

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 紳士たちはざわめいた。いっせいに自分たちの魚の腹部をつつきだしたが、結局、ほかの魚からはみつからなかった。余った魚がないことをロンに確認したトールは、こう結論付けた。

「運が良いですな、サラ夫人。ですが、公爵の魚から発見されたわけですから……」

 トールの必死さは一周回ってむしろ可愛げさえ感じられるから不思議だ。

「なにか刻まれているわ」

 指輪の裏側にはアルファベットの刻印がある。

「SからNへ。愛をこめて。おもてには百合の紋様」

「百合の紋章はリリベリー伯爵家では」

 レインの言葉に、サラは伯爵の名前を思い出した。

「シドからノエルに。まあ、そうに違いないわ。ではなぜノエル夫人の指輪が魚のお腹から出てきたのかしら」

 公爵はなんでもないことのように笑った。

「川遊びでもされたのではないか。それで、うっかり指輪を落としてしまったんだろう」

「あの川で、たまたま? まあ、経緯はどうでもよろしいわね。お返ししないと」

 サラの意見にはさすがに異を唱える者はいなかった。ここで「我々の懐に入れましょう」と言い出すほど恥知らずがいなくてよかったと、サラはほっとした。だがトールだけは一言言いたすことを忘れなかった。

「もしノエル夫人が否定されたら、所有権は一時保留でよろしい──」

「きゃあああ!」

 トールが言い終わらないうちに、遠くから女性の悲鳴が聞こえてきた。
 アシュリーの声に違いない。一同は席を立ち、アシュリーがいるとおぼしき公爵の部屋に向かった。
 部屋の中からアシュリーがよろよろとまろび出た。

「アシュリー、どうしたのだ」

 公爵が抱き寄せる。

 アシュリーは窓をさして「外に誰か、誰かがいたのよ」と声を震わせた。「見知らぬ男が中を覗き込んでいたの!」

 窓辺に走ったトールが「今は誰もいません。泥棒でしょうか」と眉を寄せると、

「もしかして、黒うさぎでは」とレインが呟いた。

「泥棒ならまだいいが、凶悪な強盗かもしれない。公爵邸は手薄だから……」とトール。

「農奴の恨みを買ったせいかもしれないぞ」とガイが脅すと、

「古いお屋敷には幽霊話もありそうですよね」とニコニコしながらレインが言う。

(荘園を買いたいと言っていた金髪巻き毛男かも)

 と、サラは思ったが、現実的すぎて面白くないと思い直し、口には出さなかった。

「番犬代わりにピーちゃんをお庭に放しておいたのに、どこにいったのかしら」

 サラは窓から外に向かって呼びかけた。そのときになって、ようやく外が暗くなっていることに気がついた。空一面に雨雲が忍び寄り、ごろごろと不穏な音を響かせている。

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