18 / 89
18
しおりを挟む
ありがたい申し出だ。
一階の大家の部屋で食事をいただくことになった。質素だが量は十分。食後はミルクティーではなく、ホットミルクだった。紅茶はないのかと訊ねると、茶葉はミルクより高いので買えないという。紅茶の茶葉が高いと知って、先行きが不安になった。
「ところで、あんたに言われたことを噛みしめてみたんだ。ドレスを着た貴婦人。そう思ってダチョウを見てみると、確かに貴婦人っぽいんだよ。もう怖くはないね」
「あら、それは良かったですわ」
「首の曲線はしなやかで美しい。特筆すべきは足だね。とても魅力的だ」
大家はサラの横で寛ぐダチョウを、うっとりと眺めている。
「ハイヒールを履いた足みたいだ。持ち上げたドレスの下を覗いてしまった背徳感があるね。どきどきしちゃうよ」
「……一晩の宿をありがとうございました。朝食もご馳走様でした。さあ、行きましょう、ピーちゃん」
「今夜も泊まるとこがなかったら遠慮せず来なさい。食事はサービスするよ」
大家は上機嫌でサラたちを見送ってくれた。
法律事務所の受付係はサラの顔を見ると「所長のトールですね」と言ってすぐに彼を呼んでくれた。所長だとは知らなかった。ガイの弱小事務所を併呑したやり手は彼自身なのかもしれない。
トールはサラを目にすると、鷹揚に微笑んだ。包容力のある温かい笑顔だ。綺麗に整えられた髪からは高級な整髪料の香りがする。みすぼらしい格好になったサラを目にしても、その理由を訊ねない配慮がうかがえる。トールは間違いなくやり手だ。頼りがいのある男を雇えてよかった。サラは上品さと優雅さを湛えた笑みを返した。
(トールはわたくしの指標となる人物だわ)
努力と研鑽を重ね、地位と名誉を手に入れた人間。知的で誠実で善良。おそらく経済的にもゆとりがあり、自己評価も高い。これでユーモアがあれば完璧。
(あら、わたくしとしたことが、まるで結婚相手を品定めしているよう)
(夫のことも品定めしていたかしら。あまりに昔のことすぎて覚えていないわ)
(トールはあくまでも目標よ。こうなりたいという憧れの人)
サラはひそかに呼吸を整えた。離婚をするということは自由の身になるということだ。新しい相手を求めることも自由なのだ。とはいえ、それはあくまでも一般論。
「サラ夫人、お待ちしておりました」
「午前中に公爵邸に赴いていただけるという話でしたけれど」
「ええ、さきほど行ってきました」
「迅速な対応、ありがとうございます」
一階の大家の部屋で食事をいただくことになった。質素だが量は十分。食後はミルクティーではなく、ホットミルクだった。紅茶はないのかと訊ねると、茶葉はミルクより高いので買えないという。紅茶の茶葉が高いと知って、先行きが不安になった。
「ところで、あんたに言われたことを噛みしめてみたんだ。ドレスを着た貴婦人。そう思ってダチョウを見てみると、確かに貴婦人っぽいんだよ。もう怖くはないね」
「あら、それは良かったですわ」
「首の曲線はしなやかで美しい。特筆すべきは足だね。とても魅力的だ」
大家はサラの横で寛ぐダチョウを、うっとりと眺めている。
「ハイヒールを履いた足みたいだ。持ち上げたドレスの下を覗いてしまった背徳感があるね。どきどきしちゃうよ」
「……一晩の宿をありがとうございました。朝食もご馳走様でした。さあ、行きましょう、ピーちゃん」
「今夜も泊まるとこがなかったら遠慮せず来なさい。食事はサービスするよ」
大家は上機嫌でサラたちを見送ってくれた。
法律事務所の受付係はサラの顔を見ると「所長のトールですね」と言ってすぐに彼を呼んでくれた。所長だとは知らなかった。ガイの弱小事務所を併呑したやり手は彼自身なのかもしれない。
トールはサラを目にすると、鷹揚に微笑んだ。包容力のある温かい笑顔だ。綺麗に整えられた髪からは高級な整髪料の香りがする。みすぼらしい格好になったサラを目にしても、その理由を訊ねない配慮がうかがえる。トールは間違いなくやり手だ。頼りがいのある男を雇えてよかった。サラは上品さと優雅さを湛えた笑みを返した。
(トールはわたくしの指標となる人物だわ)
努力と研鑽を重ね、地位と名誉を手に入れた人間。知的で誠実で善良。おそらく経済的にもゆとりがあり、自己評価も高い。これでユーモアがあれば完璧。
(あら、わたくしとしたことが、まるで結婚相手を品定めしているよう)
(夫のことも品定めしていたかしら。あまりに昔のことすぎて覚えていないわ)
(トールはあくまでも目標よ。こうなりたいという憧れの人)
サラはひそかに呼吸を整えた。離婚をするということは自由の身になるということだ。新しい相手を求めることも自由なのだ。とはいえ、それはあくまでも一般論。
「サラ夫人、お待ちしておりました」
「午前中に公爵邸に赴いていただけるという話でしたけれど」
「ええ、さきほど行ってきました」
「迅速な対応、ありがとうございます」
0
お気に入りに追加
60
あなたにおすすめの小説
超時空スキルを貰って、幼馴染の女の子と一緒に冒険者します。
烏帽子 博
ファンタジー
クリスは、孤児院で同い年のララと、院長のシスター メリジェーンと祝福の儀に臨んだ。
その瞬間クリスは、真っ白な空間に召喚されていた。
「クリス、あなたに超時空スキルを授けます。
あなたの思うように過ごしていいのよ」
真っ白なベールを纏って後光に包まれたその人は、それだけ言って消えていった。
その日クリスに司祭から告げられたスキルは「マジックポーチ」だった。
もしかして私ってヒロイン?ざまぁなんてごめんです
もきち
ファンタジー
私は男に肩を抱かれ、真横で婚約破棄を言い渡す瞬間に立ち会っている。
この位置って…もしかして私ってヒロインの位置じゃない?え、やだやだ。だってこの場合のヒロインって最終的にはざまぁされるんでしょうぉぉぉぉぉ
知らない間にヒロインになっていたアリアナ・カビラ
しがない男爵の末娘だったアリアナがなぜ?
【完結】婚約者は偽者でした!傷物令嬢は自分で商売始めます
やまぐちこはる
恋愛
※タイトルの漢字の誤りに気づき、訂正しています。偽物→偽者
■□■
シーズン公爵家のカーラは王家の血を引く美しい令嬢だ。金の髪と明るい海のような青い瞳。
いわくつきの婚約者ノーラン・ローリスとは、四年もの間一度も会ったことがなかったが、不信に思った国王に城で面会させられる。
そのノーランには大きな秘密があった。
設定緩め・・、長めのお話です。
モブで可哀相? いえ、幸せです!
みけの
ファンタジー
私のお姉さんは“恋愛ゲームのヒロイン”で、私はゲームの中で“モブ”だそうだ。
“あんたはモブで可哀相”。
お姉さんはそう、思ってくれているけど……私、可哀相なの?
【完結】不協和音を奏で続ける二人の関係
つくも茄子
ファンタジー
留学から戻られた王太子からの突然の婚約破棄宣言をされた公爵令嬢。王太子は婚約者の悪事を告発する始末。賄賂?不正?一体何のことなのか周囲も理解できずに途方にくれる。冤罪だと静かに諭す公爵令嬢と激昂する王太子。相反する二人の仲は実は出会った当初からのものだった。王弟を父に帝国皇女を母に持つ血統書付きの公爵令嬢と成り上がりの側妃を母に持つ王太子。貴族然とした計算高く浪費家の婚約者と嫌悪する王太子は公爵令嬢の価値を理解できなかった。それは八年前も今も同じ。二人は互いに理解できない。何故そうなってしまったのか。婚約が白紙となった時、どのような結末がまっているのかは誰にも分からない。
『忘れられた公爵家』の令嬢がその美貌を存分に発揮した3ヶ月
りょう。
ファンタジー
貴族達の中で『忘れられた公爵家』と言われるハイトランデ公爵家の娘セスティーナは、とんでもない美貌の持ち主だった。
1話だいたい1500字くらいを想定してます。
1話ごとにスポットが当たる場面が変わります。
更新は不定期。
完成後に完全修正した内容を小説家になろうに投稿予定です。
恋愛とファンタジーの中間のような話です。
主人公ががっつり恋愛をする話ではありませんのでご注意ください。
ぼっちな幼女は異世界で愛し愛され幸せになりたい
珂里
ファンタジー
ある日、仲の良かった友達が突然いなくなってしまった。
本当に、急に、目の前から消えてしまった友達には、二度と会えなかった。
…………私も消えることができるかな。
私が消えても、きっと、誰も何とも思わない。
私は、邪魔な子だから。
私は、いらない子だから。
だからきっと、誰も悲しまない。
どこかに、私を必要としてくれる人がいないかな。
そんな人がいたら、絶対に側を離れないのに……。
異世界に迷い込んだ少女と、孤独な獣人の少年が徐々に心を通わせ成長していく物語。
☆「神隠し令嬢は騎士様と幸せになりたいんです」と同じ世界です。
彩菜が神隠しに遭う時に、公園で一緒に遊んでいた「ゆうちゃん」こと優香の、もう一つの神隠し物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる