公爵夫人(55歳)はタダでは死なない

あかいかかぽ

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 ダチョウは賛成を表すかのように、羽をばさばさと揺らがせた。
 トールは一拍置いて、サラをじっと見つめた。彼女の決意を確認するような鋭い目だった。

「本気ですわ。よろしくお願いしますね、先生」

「わかりました。では夫人に有利になるように代理人を務めさせていただきます。相手の女性のことも調べてみましょう。ところで、ご夫婦に子供がいないとなると……跡継ぎはどうなっているのですか?」

「夫には甥っ子がいます。ポール・モルガン。唯一の身内ですわ。そうそう」

 サラはダチョウの首を愛しそうに撫でながら、思い出話を語った。

「このピーちゃんはポールのお土産なんです。彼がアフリカ大陸にグランドツアーに行ったときの。もっともお土産で貰ったのは大きな卵の状態でしたが。夫とは子供に恵まれませんでしたが、ピーちゃんはこんなに立派に育ってくれて、そうね、結婚生活で得た唯一の宝物かしら」

(夫はピーちゃんを苦手にしていたけれど、わからないでもないわ。こんなに大きくて美しい目を持った無垢な動物に見つめられたら、やましい気持ちになるでしょうよ)

 サラはダチョウの頭を撫でた。剛毛が疎らに生えた頭頂部。体の割には小さな頭部。この頭蓋骨の中身は、賞賛した美しい目玉よりも小さいことを、サラは知らない。

「ピーちゃんはオスですか、メスですか?」

「さあ?」

「えー、では……」

 トールはすぐに興味を失ったらしく、淡々と離婚についての法律的知識を披瀝した。妻は持参金を返して貰う権利があること、結婚中に築いた共同財産と借金は夫婦で折半すること、結婚前から個々に帰属する財産は個々の権利であること、その他の権利と慰謝料について。裁判になると何か月もかかるかもしれないこと。離婚により一方に大きな負担ができて不公平だと裁判で認められれば、慰謝料がたくさん貰えること。まあ、貴女の場合はとくに当てはまりませんが、とトールは結んだ。

「もしわたくしが余命幾ばくもない重病人であっても、夫は離婚を要求できるのですね」

「そのとおりです。貰えるお金は増えますが。しかし貴女は健康そうだ」

「風邪ひとつひいたことがありません」

 夫婦に子供がいないことは幸いだ、離婚をスムーズにできるとトールは請け負った。
 サラは少々複雑な心持ちであった。

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