まがりもん

あかいかかぽ

文字の大きさ
上 下
42 / 46

42 父の真実

しおりを挟む
「どうしてわかったの?」

 真由美の声はどっしりとした男の声に変化している。
 森崎家の三人はリビングに通された。

「お兄ちゃんに似てる。とくに母さんに怯えてる目がそっくり。隣に並んだらわかるよ。あと名前。マユミでしょ」
「弓弦くんがいないのは残念ね。でも梓ちゃんに会えて嬉しいわ」

 興奮気味の梓と和やかな真由美の会話をかたわらで聞かされている母さんの顔は蒼白だ。
 父さんの本名は『松元真弓』といい、森崎真由美は通称なのだそうだ。
 梓は中学の修学旅行で韓国に行った。パスポート取得時、戸籍謄本の父欄を見たのだそうだ。初めて聞く話だった。
 物心ついた頃から性別違和を抱えていた父さんは、それでも人並みに結婚を望み、子どもをもうけた。後悔や不満があったわけではない。その後森崎亜郎と出会い、惹かれ、恋をしたくだりを語る真由美を、興味津々の梓とどこか誇らしげな哉哉と気恥ずかしそうな亜郎が見守っている。
 なんとも尻がもぞもぞする光景だった。

「お茶くらい出してあげるわ」

 いたたまれなくなったのか、母さんは台所に逃げた。真由美が気遣わしげな視線を送る。
 俺は母さんのそばに寄った。
 母さんの気持ちがよくわかるよ。
 そう、声をかけてあげたいけれど、母さんの耳には俺の声は素通りしてしまう。ここに母さんの味方は誰もいない。
 母さんが守ってきた世界を壊す人間しかいない。
 母さんの気持ちを思いやると、心が痛む。
 俺と梓に目隠しをして父さんの姿を消したのは母さんだ。その好意は理解できる。説明するにはこどもすぎたし、知る必要さえないと判断したのだろう。二度と姿を見せないようにと父さんに念押しをしたようだ。
 母さんの視野は狭い。価値観は堅固になり、世界の中心には母さんが君臨した。
 だがそれは俺と梓を守るためにはしかたがないことだったと思う。
 せめて俺の肉体があれば、俺だけでも母さんを労ってあげられたのに。

「弓弦君、出かけちゃったんですか。ショックだな……」

 約束をすっぽかされた森崎は小さくため息。
 美羽のせいで俺はすっかり気まぐれでちゃらんぽらんなやつに仕立てられた。リビングの会話は母抜きで続いていた。

「なんとなくママに似てたから弓弦くんのこと、転入以来、ずっと気になってたの。ママに話したのは弓弦くんが飛び降りたって聞いたとき。名前を言ったらママが真っ青な顔になって、あ、そうなのかって」

 哉哉は梓の相槌に気をよくしたようすだ。

「絶縁状態のまま弓弦君が死んじゃったらママは後悔するだろうって。会ってほしいなと思って。絶縁されたって聞いたけど、余計なお世話だとわかってたけど、弓弦君が会いたいと思うなら誰にもとめる権利はないかなと思って」

 余計なお世話だ。とめる権利は母さんにある。
 森崎が見舞いに来たのは俺への好意からではなく、継母のためだったのだ。

「とんだソロダンサーだな、俺は……」

 そろそろ美羽のところへ行かないと。焦ってきたころに無遠慮な台詞が耳朶を打った。

「父さんはもう女の人になったの?」

 梓の質問は興味本位で品がない。
 母さんは埃を払うように手をひらひらさせた。声にならない感情を仕草が語っている。

「戸籍の性別変更のこと? まだなの。身体も中途半端だし」

 真由美が照れたように答えると、哉哉が補足した。

「手術は要件ではなくなったけど、子どもがいる場合はその子が成人するまで無理なんですって」

 梓が成人するまでは性別変更出来ないということか。
 同性婚ができない現状では待機するしかないのだろう。

「早く結婚できるといいねえ」

 無邪気な梓の声に促されたのか、真由美の声も弾んだ。

「これまでちゃんと父親業できなかったから、これを機にサポートしたいと思ってるのよ」
「いい加減にして!」

 母さんの声は尖っていた。声に色があれば深紅だろう。来客用の飲み物を置き去りにしてリビングに戻ろうとする。

「母さん……!」

 どんなに叫んでも俺の声は誰にも届かない。
 次の瞬間、リビングに緊張が走った。

 母さんの右手には包丁が握られていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな

ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】 少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。 次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。 姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。 笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。 なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中

推理小説家の今日の献立

東 万里央(あずま まりお)
キャラ文芸
永夢(えむ 24)は子どもっぽいことがコンプレックスの、出版社青雲館の小説編集者二年目。ある日大学時代から三年付き合った恋人・悠人に自然消滅を狙った形で振られてしまう。 その後悠人に新たな恋人ができたと知り、傷付いてバーで慣れない酒を飲んでいたのだが、途中質の悪い男にナンパされ絡まれた。危ういところを助けてくれたのは、なんと偶然同じバーで飲んでいた、担当の小説家・湊(みなと 34)。湊は嘔吐し、足取りの覚束ない永夢を連れ帰り、世話してくれた上にベッドに寝かせてくれた。 翌朝、永夢はいい香りで目が覚める。昨夜のことを思い出し、とんでもないことをしたと青ざめるのだが、香りに誘われそろそろとキッチンに向かう。そこでは湊が手作りの豚汁を温め、炊きたてのご飯をよそっていて? 「ちょうどよかった。朝食です。一度誰かに味見してもらいたかったんです」 ある理由から「普通に美味しいご飯」を作って食べたいイケメン小説家と、私生活ポンコツ女性編集者のほのぼのおうちご飯日記&時々恋愛。 .。*゚+.*.。 献立表 ゚+..。*゚+ 第一話『豚汁』 第二話『小鮎の天ぷらと二種のかき揚げ』 第三話『みんな大好きなお弁当』 第四話『餡かけチャーハンと焼き餃子』 第五話『コンソメ仕立てのロールキャベツ』

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

処理中です...