まがりもん

あかいかかぽ

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38 俺の正解

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 母さんはうなずいた。
 やはり森崎は継母と一緒だったのだ。血のつながりはなくとも一緒に映画を観にいくくらいには仲は良いようだ。とてもあでやかで、場が華やぐ女性だったと記憶する。

「……父さんと離婚した……それが、答え?」

 母さんは眉根を寄せて小さくうなずいた。

「あの哉哉って子が悪いわけじゃないから心苦しいけど、弓弦はもう近づかないで。母さんを悲しませないで」
「……母さん」

 母さんはかつて森崎の継母と父を取り合ったのだろうか。 

「約束して。うんと言ってちょうだい」
「わかったよ、母さん。心配しないでいいから。俺は父さんと違って母さんを悲しませることはしないよ」
「弓弦、ありがとう」

 安堵する母さんを見て、これでいいんだと思った。これが正解なのだ。
 母さんの肩を抱き寄せて背中を優しくさする。その下で梓はますます身体を縮こめている。
 法律だとか倫理だとか道義とか、そんなものはどうでもいい。そんなちっぽけなもんで、俺の家族を壊されてたまるものか。
 世界で戦争が起ころうが政治家が税金を私物化しようが、高村家が無事ならどうでもいい。学校や友人はいくらでも取り替えがきくが、母さんと梓はそうはいかないのだ。大切なのは家族だけだ。

 家族の絆なんて言葉は照れくさくて口にしたことさえなかったし、意識したこともなかった。たくさんのフィラメントが寄り集まったカーボンファイバーのような絆が俺と母さんと梓をつなぎ、包み込んで守ってくれないかと願う。
 だがカーボンファイバーは歪みに弱い。傷がつきやすい。
 怖かった。砕けてバラバラになってしまうことがたまらなく怖くて、そうならないためには、守るためなら、なんでもできると思った。
 ふと、清水の顔が浮かんだ。カーボンファイバーのヘルメットに引っ張られたせいだろう。
 森崎や美羽の顔も次々と浮かんできた。かぶりを振る。

「弓弦、引っ越しちゃえば大丈夫だと思うけど」

 母さんはくぐもった声でゆっくりと話し出した。

「さっきの、清水さん、ちょっと気になるわ。まさかとは思うけど事故の真相を探ったりしないわよね。興味を持たれたら困るわ。なんとかできないかしら。弓弦、友達なんでしょう」
「友達っていっても……うん、気持ちはわかるよ。でもなんの証拠も残ってないし、あいつができることなんてたいしてないと思うよ。せいぜい仮説を立てるだけだろう。そういうのが趣味みたいだし」
「警察に話されたらどうするの。そうなる前に絶対にとめるのよ」
「わかった。あいつを見張るよ」

 母さんは少し神経質になっているようだ。
 部屋で休ませようとしたが、動いていないと安心できないと言ってクローゼットの仕分けを始めた。引っ越し先が決まったらすぐに移動できるように不要なものを処分するという。
 梓は母さんを気遣っているのか、黙々と手伝っていた。
 俺は部屋に一人戻り、ベッドに横になった。なにげなくスマホをいじる。清水から連絡は来ていなかった。その代わりに森崎からのメッセージがあった。

『明日は忙しいかな』

 母さんから話を聞く前なら有頂天で返信していたことだろう。人生で初めてのカノジョになったかもしれない女の子だ。森崎は俺なんかに好意を持ってくれている。
 だが母さんの敵を内包しているならば、いまや俺の敵だ。母さんと約束したとおりに森崎とは距離を置こう。
 どうせ遠からず転居して、二度と会えなくなるのだ。
 ブロックしようかと逡巡した指が、断りの言葉を紡いだ。

『ごめん。用事があって』
『こっちこそ突然でごめん。うちに招待したいなと思っただけ。夏休みに会えるかな』

 返信は早かった。森崎は事情を知らないから無邪気なのだ。なんの悪気もない。
 遅かれ早かれ森崎を傷つけることになるだろうが、いまは平常をやり過ごすことにした。

『ご両親に紹介してくれるの?』

 森崎の父親が俺の父親なのだろうか。だとしたら俺は森崎と血が繋がっていることになる。母さんを捨てた男がどんなツラか、拝みに行ってやろうか。

『会いたい? わたしとしては会ってほしいけど』
『早』
『そうかな。安心するんじゃないかな』
『森崎のお父さんの名前、なんていうの』

 俺は父さんの名前を知らない。

『パパは森崎亜郎(もりさきあろう)だよ。死んだママは寧々、いまのママは真由美』

「へえ、だから弓弦なんだ」

 耳元に美羽の声が聞こえて、思わずスマホを取り落とした。

「か、帰ってきたのかよ。清水はどうしたんだ」

 声が裏返ってしまった。

「ずいぶん動揺してるね。どうかしたの?」
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