まがりもん

あかいかかぽ

文字の大きさ
上 下
31 / 46

31 試験の後始末

しおりを挟む
 試験は滞りなく終了した。
 清水からは『くたばれ』以降にメッセージは来ていない。

「……おう、どうだった、高村」
 神田が悲壮な顔で声をかけてきた。嘘のつけない性格の神田である。

「人事を尽くして天命を待つ。そっちは?」

 美羽は余裕の笑みだ。

「赤点だけは避けたい。願わくば高村が補習になって、俺が梓ちゃんとデートできますように」
「今日は金曜だろ。試験結果が出るのは……」

 神田より先に美羽に教える。

「採点用紙が返ってくるのは月曜から。総合順位は火曜の午後に貼りだされる」
「よし、結果が出るまで休戦だな」

 美羽と神田は互いに拳をつきあわせて、別れた。
 教室にはまだ森崎が残っている。クラスメートの女子とだべりながら合間に美羽のほうをちらちらと見ている。意識しているのは一目瞭然だ。
 かたや美羽の方はというと、熱心にスマホに文字を打ち込んでいる。
 どうやら『試験終了のお知らせ』を清水に送りたいらしい。

「あっちは明日まで試験なんだろ。あれ? 明日は土曜日だよな?」
「特待生の特別試験があるのよ」
「一日ぐらい我慢しろよ。あと身体、替わってくれよ。森崎に声をかけたい」

 森崎の視線をことごとく無視するのはやめてほしい。

「そうね、替わってもいいけど……ああ、もう!」

 清水からの返信はモールス信号だった。
 内容は『にちよう どう』だ。なにがどうなんだ。どういう意味だ。

「なんて書いてあるの?」

 美羽は上目遣いで俺を見る。頼られるのは少しばかり心地いい。

「しばらく忙しい。連絡するまで待ってて、だって」
「ええ~」
「なあ、おい。交代してくれよ」

 森崎が帰り支度をしている。教室を出る前に声をかけたい。
 いまこのときにつれない態度をとることが、なぜかはわからないが、最悪の結果を招く気がした。
 教室の戸が開き、森崎が出て行こうとしたタイミングで、

「高村」

 クラス担任の浜田に呼ばれた。

「ちょっと来い」

 その横を森崎がすり抜けていく。

「もう身体は大丈夫なのか」

 いまさらな問いかけに首をひねる。
 美羽は無難な返しをした。

「はい、おかげさまで。ご心配お掛けしました」

 連れて行かれた校長室には、校長、学年主任、英語の担任、数学の担任がずらりと揃っていた。
 嫌な予感しかない。
 勝手にフェンスを乗り越えたことがいまになって問題になっているのだろうか。

「まあ、そこに座りなさい」

 革のソファに浅く腰掛けた美羽は全員の顔を見渡しながらそつなく頭を下げた。

「このたびはご迷惑をおかけいたしました。先生方がご心配になるようなメンタルの問題ではありません」
「きみが飛び降りでなくて本当によかったよ。スマホを取ろうとしてフェンスを越えてうっかり、だったよね。怪我もなく試験を受けられたのは喜ばしいことだ。ところで、きみが呼ばれたわけがわかるかね」

 校長はこほんと空咳をして美羽を掬い上げるように眺めた。

「……事故に関連することではなさそうですね」
「これは期末試験のきみの解答用紙だが」

 校長はふいにテーブルに用紙を並べ始めた。たしかに高村弓弦の名前が入っている。昨日までの試験の結果だった。
 ちらと覗いたとたんに、ぞわりと背中に悪寒が走った。ほぼ満点だった。
 偏差値が20以上違うとはいえ、ここまで差が出るものなのかと驚いた。しかも美羽は一学年下なのだ。さらにいえば試験範囲の勉強などは一切していなかった。

「死ぬには惜しい逸材だったんだなあ」

 俺は素直な感想を漏らしていた。美羽が「頭がいい」と評する清水の賢さは、きっと俺には理解できないレベルだろう。素直に羨ましく感じた。
 だが美羽はにこりともせず、抑揚を欠いた声をだした。

「カンニングを疑っていらっしゃるのですか」

 どきりとした。その発想に至らなかった自分が恥ずかしい。
 校長は笑顔を保ったままだ。

「今日の試験の分も、きみのだけはさきに採点させてもらったよ。驚いたね、正答率は95%を超えている。これまではぎりぎり赤点を免れていたきみがどうしたんだね。まるで別人のようじゃないか。まずはきみの話を聞きたいと思ってね」

 美羽が一瞬だけ俺の方を見た。その目は「あんたバカすぎ」と語っているようだ。

「カンニングをしたという証拠はあるのでしょうか」
「いや、それは……」
「正直に答えなさい。やりかたも含めてすべて先生に話しなさい」

 担任の浜田が肩を怒らせて問い詰める。体調を心配するふりをしながら、カンニングを確信していたような口ぶりだ。

「もしカンニングだったら、どうなりますか?」

 美羽は冷静に問う。

「最悪は退学。よくても停学は免れない。反省の弁はないのかね。いまから親御さんを呼ぶから、待っていなさい」

 学年主任が名簿を開く。連絡先番号を指で押さえながら受話器に手をかける。

「たしか高村君は片親でしたね。母親は書道教室を運営されているようですが、いったいどんな躾をしているのやら」

 失礼なことを言われているのにも気づけないほど、俺は焦りまくった。
 母さんに連絡されてはまずい。不正やズルを嫌う母さんは膨大なショックを受けるだろう。失望させてしまう。
 美羽に身代わりを頼むのは明らかな不正だという自覚はある。自覚はあるが良心の呵責はない。不正はバレなければいいのだ。
 すべては美羽にかかっている。
 俺は両手を合わせて美羽大明神に祈った。

「美羽、頼む。なんとかごまかしてくれ! 俺のために!」

 うつむいていた美羽はゆっくりと顔を上げた。

「では正直に言います」
「うん、そうしなさい」
「事故のせいです」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな

ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】 少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。 次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。 姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。 笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。 なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中

推理小説家の今日の献立

東 万里央(あずま まりお)
キャラ文芸
永夢(えむ 24)は子どもっぽいことがコンプレックスの、出版社青雲館の小説編集者二年目。ある日大学時代から三年付き合った恋人・悠人に自然消滅を狙った形で振られてしまう。 その後悠人に新たな恋人ができたと知り、傷付いてバーで慣れない酒を飲んでいたのだが、途中質の悪い男にナンパされ絡まれた。危ういところを助けてくれたのは、なんと偶然同じバーで飲んでいた、担当の小説家・湊(みなと 34)。湊は嘔吐し、足取りの覚束ない永夢を連れ帰り、世話してくれた上にベッドに寝かせてくれた。 翌朝、永夢はいい香りで目が覚める。昨夜のことを思い出し、とんでもないことをしたと青ざめるのだが、香りに誘われそろそろとキッチンに向かう。そこでは湊が手作りの豚汁を温め、炊きたてのご飯をよそっていて? 「ちょうどよかった。朝食です。一度誰かに味見してもらいたかったんです」 ある理由から「普通に美味しいご飯」を作って食べたいイケメン小説家と、私生活ポンコツ女性編集者のほのぼのおうちご飯日記&時々恋愛。 .。*゚+.*.。 献立表 ゚+..。*゚+ 第一話『豚汁』 第二話『小鮎の天ぷらと二種のかき揚げ』 第三話『みんな大好きなお弁当』 第四話『餡かけチャーハンと焼き餃子』 第五話『コンソメ仕立てのロールキャベツ』

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

処理中です...