まがりもん

あかいかかぽ

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27 あの日の出来事

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今世の俺の母は四大公爵家の一つ、リリーホワイト家の令嬢だった。リリーホワイトは魔法使いが所属し魔法具などを製造・販売する「魔塔」を所有する家の一つだった。
元々リリーホワイト家が先に魔法使いを集めて「魔塔」を立ち上げたのだが、魔法が一般的になるに従い他の貴族でも「魔塔」を立ち上げ始めたようだ。
今「魔塔」は魔法具を扱う、前世で言えば会社のような立ち位置のようだ。

だがリリーホワイトが現在も規模としては最大の「魔塔」を所有していることは間違いなく、リリーホワイトの財政は非常に潤っており、皇族への影響力も、皇帝派筆頭のレッドグレイヴ家程ではないが持っているようだった。
そして母は皇帝派側への牽制の意味で、第二皇妃として皇帝に嫁ぐことになったのだが、母はどうやら体があまり丈夫ではなかったらしく、元々子供も本来は望める体ではなかった。

そんな体の弱い母が第二皇妃として嫁ぐことになったのはそれが大きい。本来は身体も丈夫な彼女の姉が嫁ぐはずだったのだが、彼女は他国に嫁ぐことになり結果お鉢が母に回ってきたのだ。
この一連の流れは、母であれば皇位継承に肉薄出来る子は生まれないから安心だということで、現皇帝派側の勢力が裏で仕組んだことだったようだ。

だから母は、予想外に生まれてきてしまった俺に対し、自分のところに来てくれて嬉しい、と言いつつも、何処か複雑な表情をしていたのだった。
母は俺が否が応でも権力争いの渦中に巻き込まれることになるのがわかっていたからだ。

最も、生まれたばかりの俺はそんな思惑が渦巻いていたことなんて知らない。
母が俺を守ってくれていたからだ。だから俺は三歳までは比較的平和に過ごしていた。

状況が変わったのは三歳になった頃だ。

――母が亡くなった。
元々俺を産んだことで体調を崩し気味になっていた彼女は、俺を一人残すことを気にしながらも静かに息を引き取った。

たった三年だったとはいえ、彼女と過ごした三年間は俺にとっては大切な思い出になった。
前世では親の愛らしい愛はもらえなかったから、彼女からの愛はとても新鮮でありかけがえのないものになった。

そして俺は、その愛を失ったと共に――平穏だった日々も失った。


母の喪が明けた後、初めて俺は皇宮内の――第一皇妃主催のお茶会に招待された。

「私のことを母親だと思ってくれて構わないわよ」

一見優し気な表情を浮かべてそう言った第一皇妃は、その表情の裏にどす黒い感情を渦巻かせていたことに、当時の俺は気付かなかった。

――第一皇妃。皇帝派筆頭、レッドグレイヴ家の令嬢。
そして誰よりもその心に野望と欲望を渦巻かせている女。
彼女はその野望を叶えるためには手段を選ばない女だった。

奴は俺に振る舞ったお茶菓子にのみ、毒を仕込んでいた。当然毒になんの耐性もない当時の俺は、それで死にかけた。
しかし、明らかにあの女が仕組んだことなのは間違いないのに、あの女が矢面に上がることはなかった。
犯人として仕立て上げられたのは、お茶菓子を運んだ平民出身のメイドだった。

それで俺はまざまざと自覚させられた。
――この皇宮という場所においては、権力がすべてなのだということを。

明らかに白であることでも、権力によって黒にできる。
それが、俺が今いるこの皇宮という場所だった。

第一皇妃というだけでも既にそこまでの権力を持っているのにも関わらず、欲望深いあの女はまだその上を望んでいた。
――皇帝の母という座だ。
彼女の唯一の息子、セザールを皇帝にして、この国の権力の頂点を手に入れようとしていた。

俺が生まれるまでは、彼女のその野望は予定調和も同然だった。
だが俺が予想外に生まれたことにより、それは崩れた。

だから彼女は何度も俺を殺そうとしてきた。食事に毒が仕込まれるのは当たり前。暗殺者も事故に見せかけて殺しにくるのも日常茶飯事。

明らかに前世よりもハードな今世の人生に、俺は殺されかける度にこのまま死んでしまいたいという思いに駆られた。
だが、その度に美陽のことを思い出した。
美陽に会うまでは、死ぬわけにはいかないと。

俺は母の元従者――現在の俺の従者となった男に、皇帝になるべく公務をしろと言われるのをうまくかわしながら美陽を見つけ出すために皇宮内の資料を漁った。
だが美陽の情報はなかった。何故見つからなかったのかといえば、ブラックウェル側が皇宮へ届け出なかったからだった。
今世の美陽は身体が弱かったから彼の体調が安定するまで皇宮へは伝えなかったんだろう。

だが当時の俺は、美陽の情報がないということはつまり、美陽は転生できていないということだと思った。

神に願ってまで、美陽と人生をやり直すつもりだったのにその彼が居ないのでは、一体俺は何のためにこんな苦しい思いまでして皇宮なんて場所に居るんだと、自分の存在意義がわからなくなった。

生きる意味がわからなくなった俺は何もする気が起きず、ただ息をするだけの日々を送った。この頃の俺は本当に死んだも同然だったと思う。
そんな俺を生に繋ぎ止めたのは母に付いていた従者だった。

「イツキ様。生きることを諦めないでください」
「……」
「私は貴方を死なせるわけにはいかないのです。貴方が日の当たる場所で生き続けること。それが貴方の母君の望みでしたから」

たった三年だけだったが、俺に親の無償の愛をくれた母。最期まで俺の行く末を心配していた母。
その母の望みを無下には出来ない、と俺は思った。

――そしてその後すぐに、美陽の行方が判明し俺は生きる気力を完全に取り戻した。

6歳時の皇帝への謁見の為に美陽が皇宮までやってきたことを聞き、美陽の存在を認識した俺は、すぐに彼の元へ会いに行った。
しかも父が今世の美陽に無体を働いたと聞いて、ますます動かないわけにはいかなかった。
結局、ブラックウェル公爵夫君に阻まれたことによりミハルに会うことはできなかったが――ミハルがこの世界で生きていることを確認できただけでも十分だった。

しかし、それまで全く自主的に動こうとしなかった俺が急に自分からブラックウェル家へ謝罪と見舞いに向かったことを不審に思った者が居た。

――セザールだ。
奴は珍しく従者もつけずに、ブラックウェル邸から帰宮した俺の下へ現れた。

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