25 / 46
25 真相
しおりを挟む
清水がなにを言っているのかわからなかった。しばしぽかんとしてようやく、それが落下事故のことだと気づいた。
「なにをいって……」
反射的に首を左右にふった。妄想で非難されてはたまらない。
「あ、そうか」美羽がぽんと手を打つ。
「屋上から教員室に忍び込んで……教員室?」
「テスト用紙は教員室に保管はしない。校長室のキャビネットの中だ」
自分で言いながら目眩を感じた。次いで脳みそをこじ開けられるような強烈な痛みに襲われる。工具用ニッパーが脳裏にちらつく。我慢できずに頭を抱えてその場にうずくまった。
「大丈夫か、弓弦」
教員室は二階、校長室は三階。フェンスを越えて屋上から下を見下ろした記憶がよみがえる。俺の右手はスマホではなく、工業用の無骨なニッパーを握っていた。その重さを確かめて腰に手挟む。視線の先は張り出した庇の上にあるエアコンの室外機。
「私、さっき現場をもう一度見てきたのよ。外壁の出っ張りを伝えば屋上から庇に降りられる。庇から校長室に潜り込むことは可能。ただし窓に鍵がかかっていたら無理だけど。さすがに窓を割って入ったら大騒ぎになるでしょ。弓弦は校長に窓を開けさせたのね」
エアコンが壊れていたら熱気が溜まらないように窓を開けておくだろう。校長はクーラーの効いた教員室に避難して、校長室には鍵をかけておく。それを期待して──
「俺がエアコンを壊したのか」
口に出した途端、真っ暗な部屋の電灯が突然灯ったかのように、記憶が現れた。
ニッパーで配線を切ればいいとタカをくくっていた。だがフードをはずすのが困難で、フィンを止めようとして隙間にニッパーを突っ込んだ。嫌な音がして停止した。結果オーライ、と額の汗を拭った。
「弓弦は二回フェンスを越えているね。エアコンを壊すためと忍び込むため」
一回目はエアコンを壊すため。二回目は開いた窓から校長室に忍び込んで問題用紙を盗むため。
七月になって急に暑くなったせいで修理業者は忙しい。すぐには来れないと踏んだんだろう。清水はそう言って、確信を込めた目で俺を見た。
彼の言葉の隙間を埋めるように、俺は口を開いた。
「室外機を壊したのは放課後。業者が忙しいのは知ってたけど、いつ来るかは賭けだと思ってた。清水が言うみたいに綿密に計画してたわけじゃない。でも校長はいつも定時に帰ることを知ってた。業者を待って残業するタイプじゃない。夕方、人目が少なくなったららくに忍び込めるだろうと期待してた。テスト用紙は盗むのではなく撮影するつもりだった。気づかれたら差し替えになるからね」
思い出したと同時に、すらすらと告白が口から流れでた。清水に隠しても仕方がないし、隠しても無駄だと思った。
それから、告白した内容を、うんうんと頷きながら噛みしめている清水を見るのは不思議と悪い気がしない。
「でもさ、もしあの厳格なお母さんに知られたらただじゃすまないでしょ」
美羽の言うとおりだ。母さんに知られてはならない。自殺疑惑以上に苦しめることになる。
「母さんには絶対に喋るなよ、清水」
「だから忘れていた方がいいって言ったろ。僕は真相を確かめたかっただけだから、もう充分、満足だ。もう失礼するよ」
言葉通りそれ以上糾弾することなく清水は腰を上げた。
「もう帰るの」と玄関口で引き止めようとする母さんに、「また来ますね」と爽やかな笑顔を返す清水。
その背中を目で追う。なぜかやつの自宅とは逆方向に歩いていった。
「どっかに寄るのかな?」
美羽が慌てたように声をあげた。
「清水先輩、方向音痴なんだよ。ちゃんと教えてあげて」
しかたなく、清水を追いかけて肩を叩く。
「どこ行くんだよ」
「うん? とりあえず弓弦の高校まで戻ろうかと」
来た道を戻ればたとえ遠回りになっても迷子にはならないだろう、とまるでとっておきの秘訣を開陳するようにドヤ顔を輝かせる。頭の出来は良くてもこれだけ不器用だと生きていくのに不都合が多そうだとひそかに同情する。
清水の家は病院の近くだ。病院が見えるところまで連れていくことにした。
「悪いね。体調が良くないのに。……あれ、こんなところにコンビニがあるんだ。知らなかった。いつからあったんだろう」
清水は住宅街の中にまぎれたコンビニに目をやった。
「ああ、十年くらい営んでるかな。コンビニができる前は整骨院、さらに前は駄菓子屋だったな。清水って最近引っ越してきたんだな」
こじんまりとしているが俺の家からも清水の家からも一番近いコンビニだ。
「なんでそう思うの?」
「昨日今日オープンした店なら知らなくて当然だけど、清水の家から五百メートルくらいしか離れてないだろ。ガキの行動圏だ。どう、俺の推理も冴えてるだろ」
「なるほどね。寄っていっていいかな」
清水はアイスを買った。二個が上下逆さまにくっついたチョココーヒー味のアイスだ。
「弓弦がいてよかった。半分食べてくれるかな」
「ウェルカムウェルカム。……よかったってなんで?」
「実は……ね」
半分を手渡すと、清水は少し照れたように笑った。
「このアイス好きなんだけど、一個食べてるあいだにもう一個が溶けちゃうんじゃないかと心配で、外で食べることができなかったからだよ」
「心配性だな」
しばらくはふたりで同じアイスを味わいながら並んで歩く。アイスを分け合うようすを美羽が視界の端で羨ましそうに見ている。
「さっき弓弦が言ってたの、はずれ」
ぽつりと清水が呟いた。
「え、さっきって?」
「僕は生まれたときからこの町に住んでる。でも行動圏はごく限られた範囲だ。学校に行くにはこの道、駅に行くにはあの道、と信号の数を数えてもっとも効率のいい道を選択している」
なんとなく清水らしいと思ったが、それは最近の話ではないのか。
「ガキのころはもっと自由だろ?」
「なにをいって……」
反射的に首を左右にふった。妄想で非難されてはたまらない。
「あ、そうか」美羽がぽんと手を打つ。
「屋上から教員室に忍び込んで……教員室?」
「テスト用紙は教員室に保管はしない。校長室のキャビネットの中だ」
自分で言いながら目眩を感じた。次いで脳みそをこじ開けられるような強烈な痛みに襲われる。工具用ニッパーが脳裏にちらつく。我慢できずに頭を抱えてその場にうずくまった。
「大丈夫か、弓弦」
教員室は二階、校長室は三階。フェンスを越えて屋上から下を見下ろした記憶がよみがえる。俺の右手はスマホではなく、工業用の無骨なニッパーを握っていた。その重さを確かめて腰に手挟む。視線の先は張り出した庇の上にあるエアコンの室外機。
「私、さっき現場をもう一度見てきたのよ。外壁の出っ張りを伝えば屋上から庇に降りられる。庇から校長室に潜り込むことは可能。ただし窓に鍵がかかっていたら無理だけど。さすがに窓を割って入ったら大騒ぎになるでしょ。弓弦は校長に窓を開けさせたのね」
エアコンが壊れていたら熱気が溜まらないように窓を開けておくだろう。校長はクーラーの効いた教員室に避難して、校長室には鍵をかけておく。それを期待して──
「俺がエアコンを壊したのか」
口に出した途端、真っ暗な部屋の電灯が突然灯ったかのように、記憶が現れた。
ニッパーで配線を切ればいいとタカをくくっていた。だがフードをはずすのが困難で、フィンを止めようとして隙間にニッパーを突っ込んだ。嫌な音がして停止した。結果オーライ、と額の汗を拭った。
「弓弦は二回フェンスを越えているね。エアコンを壊すためと忍び込むため」
一回目はエアコンを壊すため。二回目は開いた窓から校長室に忍び込んで問題用紙を盗むため。
七月になって急に暑くなったせいで修理業者は忙しい。すぐには来れないと踏んだんだろう。清水はそう言って、確信を込めた目で俺を見た。
彼の言葉の隙間を埋めるように、俺は口を開いた。
「室外機を壊したのは放課後。業者が忙しいのは知ってたけど、いつ来るかは賭けだと思ってた。清水が言うみたいに綿密に計画してたわけじゃない。でも校長はいつも定時に帰ることを知ってた。業者を待って残業するタイプじゃない。夕方、人目が少なくなったららくに忍び込めるだろうと期待してた。テスト用紙は盗むのではなく撮影するつもりだった。気づかれたら差し替えになるからね」
思い出したと同時に、すらすらと告白が口から流れでた。清水に隠しても仕方がないし、隠しても無駄だと思った。
それから、告白した内容を、うんうんと頷きながら噛みしめている清水を見るのは不思議と悪い気がしない。
「でもさ、もしあの厳格なお母さんに知られたらただじゃすまないでしょ」
美羽の言うとおりだ。母さんに知られてはならない。自殺疑惑以上に苦しめることになる。
「母さんには絶対に喋るなよ、清水」
「だから忘れていた方がいいって言ったろ。僕は真相を確かめたかっただけだから、もう充分、満足だ。もう失礼するよ」
言葉通りそれ以上糾弾することなく清水は腰を上げた。
「もう帰るの」と玄関口で引き止めようとする母さんに、「また来ますね」と爽やかな笑顔を返す清水。
その背中を目で追う。なぜかやつの自宅とは逆方向に歩いていった。
「どっかに寄るのかな?」
美羽が慌てたように声をあげた。
「清水先輩、方向音痴なんだよ。ちゃんと教えてあげて」
しかたなく、清水を追いかけて肩を叩く。
「どこ行くんだよ」
「うん? とりあえず弓弦の高校まで戻ろうかと」
来た道を戻ればたとえ遠回りになっても迷子にはならないだろう、とまるでとっておきの秘訣を開陳するようにドヤ顔を輝かせる。頭の出来は良くてもこれだけ不器用だと生きていくのに不都合が多そうだとひそかに同情する。
清水の家は病院の近くだ。病院が見えるところまで連れていくことにした。
「悪いね。体調が良くないのに。……あれ、こんなところにコンビニがあるんだ。知らなかった。いつからあったんだろう」
清水は住宅街の中にまぎれたコンビニに目をやった。
「ああ、十年くらい営んでるかな。コンビニができる前は整骨院、さらに前は駄菓子屋だったな。清水って最近引っ越してきたんだな」
こじんまりとしているが俺の家からも清水の家からも一番近いコンビニだ。
「なんでそう思うの?」
「昨日今日オープンした店なら知らなくて当然だけど、清水の家から五百メートルくらいしか離れてないだろ。ガキの行動圏だ。どう、俺の推理も冴えてるだろ」
「なるほどね。寄っていっていいかな」
清水はアイスを買った。二個が上下逆さまにくっついたチョココーヒー味のアイスだ。
「弓弦がいてよかった。半分食べてくれるかな」
「ウェルカムウェルカム。……よかったってなんで?」
「実は……ね」
半分を手渡すと、清水は少し照れたように笑った。
「このアイス好きなんだけど、一個食べてるあいだにもう一個が溶けちゃうんじゃないかと心配で、外で食べることができなかったからだよ」
「心配性だな」
しばらくはふたりで同じアイスを味わいながら並んで歩く。アイスを分け合うようすを美羽が視界の端で羨ましそうに見ている。
「さっき弓弦が言ってたの、はずれ」
ぽつりと清水が呟いた。
「え、さっきって?」
「僕は生まれたときからこの町に住んでる。でも行動圏はごく限られた範囲だ。学校に行くにはこの道、駅に行くにはあの道、と信号の数を数えてもっとも効率のいい道を選択している」
なんとなく清水らしいと思ったが、それは最近の話ではないのか。
「ガキのころはもっと自由だろ?」
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
冬の水葬
束原ミヤコ
青春
夕霧七瀬(ユウギリナナセ)は、一つ年上の幼なじみ、凪蓮水(ナギハスミ)が好き。
凪が高校生になってから疎遠になってしまっていたけれど、ずっと好きだった。
高校一年生になった夕霧は、凪と同じ高校に通えることを楽しみにしていた。
美術部の凪を追いかけて美術部に入り、気安い幼なじみの間柄に戻ることができたと思っていた――
けれど、そのときにはすでに、凪の心には消えない傷ができてしまっていた。
ある女性に捕らわれた凪と、それを追いかける夕霧の、繰り返す冬の話。
イケメン副社長のターゲットは私!?~彼と秘密のルームシェア~
美和優希
恋愛
木下紗和は、務めていた会社を解雇されてから、再就職先が見つからずにいる。
貯蓄も底をつく中、兄の社宅に転がり込んでいたものの、頼りにしていた兄が突然転勤になり住む場所も失ってしまう。
そんな時、大手お菓子メーカーの副社長に救いの手を差しのべられた。
紗和は、副社長の秘書として働けることになったのだ。
そして不安一杯の中、提供された新しい住まいはなんと、副社長の自宅で……!?
突然始まった秘密のルームシェア。
日頃は優しくて紳士的なのに、時々意地悪にからかってくる副社長に気づいたときには惹かれていて──。
初回公開・完結*2017.12.21(他サイト)
アルファポリスでの公開日*2020.02.16
*表紙画像は写真AC(かずなり777様)のフリー素材を使わせていただいてます。
敏感リーマンは大型ワンコをうちの子にしたい
おもちDX
BL
社畜のサラリーマン柊(ひいらぎ)はある日、ヘッドマッサージの勧誘にあう。怪しいマッサージかと疑いながらもついて行くと、待っていたのは――極上の癒し体験だった。柊は担当であるイケメンセラピスト夕里(ゆり)の技術に惚れ込むが、彼はもう店を辞めるという。柊はなんとか夕里を引き止めたいが、通ううちに自分の痴態を知ってしまった。ただのマッサージなのに敏感体質で喘ぐ柊に、夕里の様子がおかしくなってきて……?
敏感すぎるリーマンが、大型犬属性のセラピストを癒し、癒され、懐かれ、蕩かされるお話。
心に傷を抱えたセラピスト(27)×疲れてボロボロのサラリーマン(30)
現代物。年下攻め。ノンケ受け。
※表紙のイラスト(攻め)はPicrewの「人間(男)メーカー(仮)」で作成しました。
皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜
菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。
まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。
なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに!
この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる