まがりもん

あかいかかぽ

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5 片思い

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「……恋人か。未練があるのか」
「片思いだった人。告白もできなかった。顔を見に行きたい」

 唇を尖らせて目尻を赤くして、美羽は思いを吐息にのせた。それが自分の顔なのでぞっとしたが、最後に好きな人に会いたいなんて純粋さには心打たれた。
 俺はお人好しではないが冷酷ではない。協力してやってもいいかな、という気持ちに傾いた。

「……顔を見て満足したら成仏できるのか。つまり、俺の身体から出て行くか?」
「成仏。そうね、正確な仏教用語だとちょっと語弊があるけど、この世からいなくなることを成仏と言い換えるなら、そうなるかな。成仏できなかったら悪霊になりそうなくらい、私には未練があるの」

 協力しなかったら悪霊になってやる、と脅迫しているのだろうか。

「そいつ、どんなヤツなんだ?」

 うふふ、と顔中の筋肉を弛緩させて美羽はのろけた。

「めっちゃくちゃかっこいいの。芸能人なんて勝負にならないくらい。同じ学校で一つ年上の17歳。でもね、校則で不純異性交遊禁止だから遠くから眺めてるだけだったの。死んでから後悔しても遅いよね。告白は出来るときにしといたほうがいいよ、弓弦っち」
「その呼び名、気に入らない。……ふうん。俺と同い年か」

 学校名を聞いたらよけいに心がささくれた。俺の高校より、偏差値が20も上だ。
 どちらも徒歩圏内にあるせいでよく比べられていたが、恋愛禁止ときいて少しだけ溜飲が下がる。校則を理由に感情を抑え込もうなんて無理に決まってる。

「未練を残して当然だな。美羽は16歳で死んだのか」

 幽霊が目をきらきらさせて──俺の身体ではあるが──死んで三週間も経つのに忘れられないほどのいい男とはどんなやつなのか、興味がわいた。

「わかった。今から行こうか」
「うん!」

 美羽が目を輝かせると、それが俺の身体でもあるはずなのに、まったくの別人のような表情に思えるのが不思議だった。
 廊下からリノリウムの床をパタパタと踏む足音が近づいてきた。

「やばい!」
「隠れろ!」

 てっきりベッドに隠れるのかと思ったが、美羽は廊下に出て行った。

「あら、歩いて大丈夫なの?」
「はい、身体が強張っちゃって動かしたいんです。ついでにトイレに行こうかと。あの、トイレどっちですか?」
「個室は中にあるのよ。あ、でも動いたほうがいいわね。一緒に行きましょうか。私につかまって」

 看護師は美羽の背中を支えようとした。

「あ、本当にもう全然大丈夫ですから」

 美羽はその場でくるりと一回転した。バレリーナのように軸ブレがない。

「ほら、踊れるくらい。看護師さんは忙しいでしょう。見回りなら次行ってください」
「あらまあ、ダンスが上手いのね。そのバランスなら安心かな」

 看護師はほっとした表情でトイレの場所を教えて、隣の個室に消えた。そろそろ寝ましょうねとうながす声が聞こえてくる。夜間は人手不足で大変なのだろうと察せられた。消灯した廊下を美羽は迷いもなく歩いていく。

「……本当に俺の身体、問題ないのか」
「擦り傷だけみたいだよ。少し間をおいて、いったん病室に戻ろう。トイレから戻ってきたか確認に来るかもしれないからね。……エレベーターは駄目だね。ナースステーションの真ん前だから気づかれちゃう」
「階段」
「そうね」

 トイレ帰りのふりをして病室に戻る。窓から外を眺めて、美羽はうなづいた。

「屋上から落ちたんだろ、俺の肉体。骨折ひとつなかったのかよ」

 他人事のような問いになった。

「幸運だったね」
「だいたい、なんで落ちたんだろう」

 まったく記憶がない。

「衝動的に死にたくなることはあるよ」
「美羽は──そうだったのか?」
「私は事故で死んだの。でもそのときのことは、私もあんまり覚えてない」
「事故か……」

 俺よりも年下で事故死とは気の毒に。ポジティブに成仏を目指す美羽に応援の気持ちがわいた。だからといって俺の体を勝手に使うのはよろしくないが。

「そろそろいいかも。ねえ、廊下を見てきて」
「わかった」

 俺はそっと廊下に出た。暗い廊下と対象的に、煌々と灯りのついたナーステーションを見やる。看護師が一人、ファイルが山積みの机に肘をついてスマホを覗いている。見回り中の看護師と待機の看護師の二人体制のようだ。ふとこちらを見たので、俺は慌てて頭をさげる。
 いや、なんで隠れるんだ。生きている人間には見えないじゃないか。母さんにも梓にも森崎にも俺の姿は見えていなかった。
 本当に看護師に見えていないのか確かめることにした。彼女の目の前で堂々と仁王立ちをする。看護師はちっと舌打ちして立ち上がると、こちらに近づいて手を伸ばしてきた。

「み、見えているのか?」
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