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君と花とで会いにきて

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彼女が死んだ
僕は何も知らず呑気に、夏の時間を無駄に過ごしている時

彼女は死んだ、夏のある日、カラカラとした太陽がさしていたらしい

俺が呑気にクーラーに冷やされていた時に

川に流された少年が少女か…いまさら関係ないが、子供を救うため

そんなところで遊んでいる子が悪いと思ってしまう

しかし、君は迷うことなく川に飛び込んだらしい

彼女が終業式の日

帰り道に言っていた言葉を思い出す

「将来の夢ある?」

何回聞いたことが、僕は呆れたように答える

「とりあえず大学に行こうかな…」

「違う違う、もっと先!ずっと先の夢だよ!」

僕は日陰を探しながら歩き、ただでさえ暑いのに彼女の暑さに参っていた

「私はね…」

彼女の言葉に僕が遮る

「人の命を救う人だろ!知ってるよ…何回も聞いてるし…」

苦笑いで彼女を見ると

彼女は首にかけてたタオル両手に持ち

長くなって縛っている馬の尻尾のような髪を僕に勢いよく向けると

「もちろん!わかってるじゃん!」

君は身を細めて笑いながら僕を見る

君の夢は?

と問いかけるような眼差しが

「僕は…

結局彼女に一度も何の職業に就きたいか、具体的に聞かなかった

医師、看護師、薬剤師…医療関係じゃなくたって命を救う職業は色々ある

職業じゃなくて人自体なのかもしれない

漫画やドラマでよく見る、もうその人に聞けない後悔

あんなものは嘘だ、

後悔なんてこれっぽっちもない

あるのは自分への嫌悪感だ

自分が憎いくせに僕は窓を閉めて、今日もクーラをかけている







彼と帰るのももう何回目だろ

初めて会った彼は自信がなさそうに、私が話しかけると一度も目を合わさず会釈して離れていった

でも、私は知っている

彼が誰よりも周りを、見ていることを

誰かが落とした廊下のゴミを拾って教室まで戻りゴミ箱にわざわざ捨ててることを

休んだ生徒の机の上、乱雑に積み重なったプリントをそっと揃えていることを

隣の席の生徒と立って喋っている子がいれば、すっと立ち上がり、用事もないのに教室のベランダに出てさりげなく椅子を貸してあげることを

言われれば簡単な、誰でもできること

でも、そんなことを当たり前にしていた彼を好きだった

好き

なんて言葉にしたら軽くなって、その言葉は飛んでってしまいそうだから

なんて理由にして伝えては来なかったけど

何より彼が、

自信がないのかいつも猫背な彼が

急に喋りかけるといまだに驚く彼が

“愛おしかった”







母親が部屋をノックする

どうやら今日らしい

彼女とのお別れの日は

出席するか確認に来たドア越しの母親に

行かない

一言伝えると僕はまた布団に潜る

大きな夢を持っていた彼女に会いに行くのが嫌だった

何も持たない、呑気な自分が会いに行くのが

言い訳を伝えても、笑顔でツッコミを入れてくれない彼女に会いに行くことが

嫌だった







あっという間だった

夏は終わって、秋、すぐに雪が降る季節が来ていた

あの暑い夏からあっという間だった

今年の雪はどのくらい積もっているかよくわからない、どのくらい寒いかも

僕はずっとクーラーの中にいた

夏が終われば暖房がかかった部屋に

あれから学校には行っていない

夏休みが終わった日、玄関の扉を開けられなかった

明日になれば、今日がどうせサボりたいんだろう僕は…

自分に問いかけてその日は休んだ

それから玄関の扉を開けない

どこかで現実を見ないようにしている、彼女を理由にしている自分が気持ち悪かった

彼女を失った現実を見たくないなんて、漫画でもないのに言えなくて

ただ言い訳を繰り返している自分への嫌悪感は言葉にできなかった

部屋をノックされる

母親が仕事に行くタイミングで毎日何も言わずにノックしてくるのだ

でも、

今日は違った

「今日はいい天気だよ、窓を開けてみなさい」

階段を降りて行く音が聞こえる

春の匂いがした

開くことができなかった玄関のドアではなく、部屋の窓を開けると

決して外へ出かけるものではない

立ち向かうために開く扉ではない

いやそうでないからこそ開けた窓からは

なんの匂いと具体的には言えない、でも春とわかる

匂いがした

僕は簡単に開けていた

ずっと開けなかった玄関のドアを

迷惑だろうか、きっと家族は知らないだろうに

お別れにも参加してないのに

気付いたら彼女の家の前にいた

窓を開けた時

彼女の声が聞こえてきた、風に乗せて

会いにきて欲しい、空が晴れたら

あの日から空なんて数えられないほど晴れていたけれど

そんなことを僕が都合よく思っているだけと分かっているけど

僕は君ほど素直に言葉を伝えられないから






彼がまた来てくれた

最近は持ってくる花のセンスが良くなっている

さては女かぁ…?

意地悪な顔をして彼の顔を覗く

彼女でもないのに…なることは叶わないのに

彼は私が横にいるのにひたすら前に話しかける

無理に睨んでいた顔が疲れ、笑顔になる

本当にいいの?ちゃんと自分の夢?

焦った私は彼に話しかける

彼は言う

「別に、君のためじゃないよ…僕がなりたいの」

「その為に、大学に行く…まぁ、すごぉぉぉくちょっとは君の為でもあるかな」

苦笑いする彼を見るとあの日を思い出す

彼はまた手を合わせるとすぐに立ち上がり、

「じゃあね、また」

「また持ってくるよ君が好きそうな花…」

言葉足らずな彼はまた花にのせて伝えに来てくれるらしい
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