十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結

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狂いだした歯車

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 *

 そうしてやって来たお茶会当日。

 少し早く私の家に来てもらって使用人達に更に可愛く化粧を施させ、まるでお人形のように愛らしくなったサラを連れて私は王宮へと向かった。

 会場となる庭園には綺麗な薔薇が咲き誇り、心を和ませる良い香りが自ずと胸いっぱいに広がって行く。



「いよいよね」



 今回のお茶会はサラとの親睦会も兼ねているもので気の張った空気感はないが、社交界デビューを果たしていないサラにとってはまだ緊張が隠せないようだ。

 サラをエスコートしながら、話しの花を咲かせる令嬢達の中へと連れて行った。

 最初は少し硬い表情を浮かべていたサラだったけど、話していくうちに打ち解けていくのが目に見えて分かった。
 
 公爵家の娘である私を前に、何か気を遣っている様子の他の令嬢達にサラを託してこっそりと会場から離れた。

 ごめんなさいね、サラ。

 一緒に今日の思い出を作りたいと言ってくれたけど、私なしの方が貴方は幅広い友人が出来るはず。

 その関係がいつかは殿下の隣に立った時に役に立つものだから、今は一人で頑張って。

 何ら迷う事もなく、庭園から抜け出した私は久々に入った王宮内の辺りを見渡した。



「迷ったふりをして進みつつ、何か聖女の噂話でも聞けたらいいんだけど……」
 


 幼い頃から殿下との婚約が決まっていた私は、何度も王宮に訪れているお陰で道を迷うことはない。

 だからと言って聖女に関する噂を簡単には聞くことは出来ない。

 散策して歩きながら進んで行くと、庭園を囲む回廊の先で殿下とサラの姿が見えた。

 私が二人の時間を作ろうと動いてもないのに、二人が自ら共に時間を過ごしているのを見て頭を殴られたような衝撃が走った。
 


「……っ」


 
 そうなることを望んでいたというのに、どうして今になって胸がこんなにも苦しいのか分からない。

 何を話しているの?やっぱり、二人は愛し合っているの?

 間を割って問い詰めることも出来ず、私は見ているのが辛くなって後ずさる。

 誰も居ないはずの回廊から僅かな私の足音が響いて、殿下が何かに気付いたように周囲を見渡した。

 見つかる訳にはいかないと、慌てて私は近くの部屋に飛び込んだ。

 滲む視界に気がついて、そのまま涙を流すと心配と驚きを含んだ声が掛かる。



「大丈夫ですか?」



 こちらを覗き込む瞳は、殿下と同じ蒼い瞳。

 だけど、殿下とは違う蒼さに私は安堵の息を零した。



「フォルス……」


「エリーザ姉様?!」


 
 私を姉様と呼んでくれるのは、たった一人しか居ない。

 殿下の弟で、この国の第二王子のフォルス。

 昔から殿下と一緒に遊ぶ時には後ろからついて来て、妹か弟が欲しかった私にはそんなフォルスが可愛くて何かと面倒を見ていた。

 二歳下のフォルスとは通う学校が同じとは言っても学年ごとに校舎が違う為、中々会わなくなった。

 それでもいきなり飛び込んできた私に心配して声を掛けてくれるフォルスは……やっぱり優しい。



「今日は兄上主催のお茶会だったよね?どうかしたの?泣いてるけど……」


「え、あ、少し喘息がでちゃって……皆に心配されたくなくて抜け出してきたの」


「それで僕の読書部屋に入ってくるなんて、すごい偶然だね」



 咄嗟に誤魔化したけど、何かを隠している私に何かを追求してくることはなく、座るように促してくれた。



「読書の邪魔をしてごめんなさい」


「いや、少し行き詰まっていた所だったから気にしないで」



 そう言って、閉じた本の背表紙には『古の聖女』と書かれていて、目を見開いた。

 もしかしたら、フォルスなら何か知っていてもおかしくない。



「聖女について調べているなんて、何かあったの?」


「兄上から、何か聞いてない?」


「ええ……」



 私自ら殿下を避けているとは口が裂けても言えない。

 聖女についてを探ろうとしていたけど、まさか王宮内で何かが起こっているなんて。

 王家を支える身分である公爵家の人間が、事情を知らないというのは流石に情けない。



「実は、ここ最近母上の容態が悪くて……聖女様の力があれば解決するんじゃないかなと思って色々と調べているんだ」


「ダニエラ様が……」


「この事は誰にも言わないでくれる?」


「もちろんよ。何か協力出来ることがあったら言ってね」


「ありがとう。エリーザ姉様もあまり無理はしちゃいけなからね?ミルズ男爵が開発した薬で今は良くなったけど、母上も最初は喘息のような症状も出ていたし……」


「安心して。私はこうしてフォルスに優しく声を掛けて貰ったらもう良くなったから」



 殿下とサラに対しての感情は消えた訳じゃない。

 でも、これで良かったと言い聞かせて、あとはサラの聖女としての力を引き出す方法を一刻も早く見つけ出さなきゃ。

 私を本当の娘のように可愛がってくれる大切な人が苦しんでいるんだから。

 今回の人生を自分の手で変えているつもりでも、本来の道に引き寄せようと運命が動き出しているのかもしれない。

 例え自分の心が傷付いたとしても、大切な人の悲しむ顔はもう見たくないから私は立ち上がる。

 これまでの人生で、二人が強く想いあうことで聖女の力が強まっていくのを見た。

 何回目の人生かはもう忘れたけど、確かにそんなこともあったのは事実だ。



「私、お茶会に戻るわね」


「少し心配だから、途中まで送るよ」


「ありがとう」



 ファルスと共にこうして歩くのもいつぶりかしら。

 あれだけ小さかったのに、今ではもうこんなに私の背も超して凛々しくなったわね。



「いつも兄上からエリーザ姉様のことを聞いているよ」


「へ?!」


「まあ、普通婚約者のことを気にしない男はいないよね」


「一体どっどんなことを?!」



 悪口なのか、何なのか。

 悪役令嬢を演じているとは言っても、フォルスから印象を落とされるのは結構嫌なんだけれど!

 婚約破棄されればフォルスとの関係もなくなっちゃうけど、でもやっぱり可愛い弟にはいい姉でいたかったのに。



「兄上は――」


「一体こんな所で何をしている」



 今一番聞きたい内容を切り捨てるように声を掛けられ、はっと前を向く。



「あ!兄上!」



 懐いた子犬のように尻尾を振って駆け寄っていくフォルスとは違って、私は声を掛けてきた……殿下を前に唇を噛み締めた。



「エリーザ姉様と丁度会って、色々と話していたんだ」


「余計な事喋っていないだろうな?」


「あ、うん。多分?」


「はあ……」



 重たい溜め息を吐いた殿下は私の元へと近づいてきたかと思えば、強引に手を取ってきた。



「行くぞ」



 低く唸るような声に、身が縮こまりそうになる。

 私の顔も見ないまま、どんどん先へ進んでいく殿下の後ろを追いかけるように足を動してしまう。

 でもここで流されてはダメ。踏ん張るのよ、エリーザ。



「一人で行けますので、殿下手を離してくださります?」


「断る」


「気安く私に触れないでくださいと言ったことをお忘れで?」



 しっかりと計画通りに動かないと皆が不幸になってしまう。

 心を鬼にして、絶対にめげないであろう殿下に太刀打ちしようと構えるけれどあっさりその手は離された。



「……もう我慢の限界だ」



 突き放すような態度で、こちらを見向きもしないまま殿下はそう言った。

 そして少し先で心配そうに待っていたサラと目が合った。

 殿下はサラに何かを耳打ちすると、サラは目を僅かに見開き静かに目を閉じた。

 そして再び持ち上がった瞼の奥で光る瞳には、いつもの優しさは見受けられない。



「サラ……」


「エリーザさん。あの方の事を考えているというのなら諦めて下さい。私が射止める相手です。邪魔はしないでください」



 サラが発した言葉は直ぐに理解出来なかった。

 諦める……つまりは殿下をってこと?

 最初から、私は殿下を想う気持ちを何度も殺してきた。

 溢れそうになるのを必死に抑えて、今日まで貴方達の恋路を邪魔しないよう努力してきた。

 なのに、初めて出来た友達に、幸せを願う相手に……捨てられた。

 死にたくないと思っていたのに、今の私の心はズタズタに斬り裂かれて死んでいる。

 最初から悪役令嬢の私には、この結末がお似合いだと女神様は嘲笑っているのだろうか。

 涙さえ出てこないまま、私は放心状態のまま私は家に帰って部屋に閉じこもった。

 気がつけば泥沼に浸かったかのように、深い深い眠りに落ちていた。
 
 

『可哀想なエリーザ。こんなにもボロボロになって……』



 夢の中に出てきたダニエラ様は酷く青白い顔していて、慰めるために抱き締めてくれたのにひどく冷たい。

 今までの人生は私だけが犠牲になっていたのに、大切な人が苦しんでいるなんて……どこで選択を間違えたのだろう。



『自分を責めては駄目よ』



 ダニエラ様の囁く声に交じって、自分の中に何かが流れてくるようにこれまでの記憶が暴れ出ず。

 愛情をどれだけ注いでも見向きもしない殿下、私から愛しい人を奪ったサラ。

 憎しみの感情が渦を巻き、闇の中に落ちていくようだった。

 処刑台に立ったあの日のように、重たく冷たい鎖が私に巻き付いて離れない。

 そのまま私は何かに引きずられるように、暗闇に落ちていった。



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