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後宮
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シェルには、皇后として後宮に留まるつもりはない。ほんの一時期、誤って囚われた仮初めの身と心得ている。
その短い間にも、主人のためにできることはないか。そう思っていた矢先に後宮で宴が開かれ、シェルは劇の稽古を通して妃たちの人となりを探ることを思いついた。
皇后の威光を振りかざし、高圧的に妃たちの背景を探ることはできる。しかしそれは、皇后に対する敵意と警戒を煽り、後宮の空気を硬化させる。
皇帝の御子を儲けた妃を、忠誠心の無さや後ろ盾との癒着を理由に排斥するのは難しいこともわかっている。しかし「使えぬ兵」が誰なのかを把握できれば、水面下でその使い方を改めることはできる。
そして、真の忠誠を捧げる者の存在に気づけば、冷めた目で妃たちを見ていた皇帝にも、幾許かの慰めになるかもしれない。
「第二妃、第一皇子の母君。声高にヒロイン役を主張された割に、いつまでも台詞を入れていらっしゃらない。出番がない時は退出され、呼ばれないと戻られません。その一派と見られる第三、四、七妃も同様。第一妃は自然と皆様のまとめ役となり、受け持たれたヴァイオリンの演奏と独唱もお見事です。御子は三人、すべて皇女様ということで、皇位継承とはご縁がない。後ろ盾の家門も中の上、さほど勢いはありませんから、圧力も少ないのでしょう」
この一月で看て取ったことを答え合わせをするつもりで、十人の妃の行状を挙げていく。
ウルリカも、同じ期間、同じものを見てきた。将軍として、女だけの軍をまとめる彼女の意見を聞きたかったのだ。
先入観を持ってほしくなかったため、今日までこの目的は伏せていた。目線でウルリカの反応を窺うと、小さく首肯する。自分の分析と女将軍のそれが一致していると知り、シェルはほっと息をついた。
「陛下のお目がないところでこそ、見えるものがある。そうは思いませんか、ウルリカ様」
「陛下のお目がないからといって、お妃様方と兵たち、そして私に敬語を使われるのは如何なものかと存じます。そして、シェル様はまこと陛下に相応しく、怖い御方だとも」
「ご冗談を。日々地獄の獄卒とやり合っている御方が、私のような軟弱者を怖いなどと」
「魔王は、この上なく優美な顔をして人を惑わすのだとか。この分では、後宮の掌握も時間の問題でございますね」
(そんなに長く後宮にいるわけにはいかない。そのために、私は貴方を信じたいのです)
心の中──強い願いを、今は悟られてはならない。男の皇后が至高の主に相応しいわけがない、という激烈な反発も。
薄い微笑みでウルリカの視線を躱すが、一方で信じたいという気持ちは膨らみ続ける。
計画を形作る断片を集めるだけで、一月半が過ぎていた。いくつかの点を拾い集めたところで、線には繋がらない。
戴冠式まで残り三月──敬愛する主の輝かしい御世から、瑕疵を取り除く確かな道筋は、いまだ見つからないままだった。
その短い間にも、主人のためにできることはないか。そう思っていた矢先に後宮で宴が開かれ、シェルは劇の稽古を通して妃たちの人となりを探ることを思いついた。
皇后の威光を振りかざし、高圧的に妃たちの背景を探ることはできる。しかしそれは、皇后に対する敵意と警戒を煽り、後宮の空気を硬化させる。
皇帝の御子を儲けた妃を、忠誠心の無さや後ろ盾との癒着を理由に排斥するのは難しいこともわかっている。しかし「使えぬ兵」が誰なのかを把握できれば、水面下でその使い方を改めることはできる。
そして、真の忠誠を捧げる者の存在に気づけば、冷めた目で妃たちを見ていた皇帝にも、幾許かの慰めになるかもしれない。
「第二妃、第一皇子の母君。声高にヒロイン役を主張された割に、いつまでも台詞を入れていらっしゃらない。出番がない時は退出され、呼ばれないと戻られません。その一派と見られる第三、四、七妃も同様。第一妃は自然と皆様のまとめ役となり、受け持たれたヴァイオリンの演奏と独唱もお見事です。御子は三人、すべて皇女様ということで、皇位継承とはご縁がない。後ろ盾の家門も中の上、さほど勢いはありませんから、圧力も少ないのでしょう」
この一月で看て取ったことを答え合わせをするつもりで、十人の妃の行状を挙げていく。
ウルリカも、同じ期間、同じものを見てきた。将軍として、女だけの軍をまとめる彼女の意見を聞きたかったのだ。
先入観を持ってほしくなかったため、今日までこの目的は伏せていた。目線でウルリカの反応を窺うと、小さく首肯する。自分の分析と女将軍のそれが一致していると知り、シェルはほっと息をついた。
「陛下のお目がないところでこそ、見えるものがある。そうは思いませんか、ウルリカ様」
「陛下のお目がないからといって、お妃様方と兵たち、そして私に敬語を使われるのは如何なものかと存じます。そして、シェル様はまこと陛下に相応しく、怖い御方だとも」
「ご冗談を。日々地獄の獄卒とやり合っている御方が、私のような軟弱者を怖いなどと」
「魔王は、この上なく優美な顔をして人を惑わすのだとか。この分では、後宮の掌握も時間の問題でございますね」
(そんなに長く後宮にいるわけにはいかない。そのために、私は貴方を信じたいのです)
心の中──強い願いを、今は悟られてはならない。男の皇后が至高の主に相応しいわけがない、という激烈な反発も。
薄い微笑みでウルリカの視線を躱すが、一方で信じたいという気持ちは膨らみ続ける。
計画を形作る断片を集めるだけで、一月半が過ぎていた。いくつかの点を拾い集めたところで、線には繋がらない。
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