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後宮
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統率の取れた騎士の剣技は、無駄がなく美しい。また男装した女騎士には禁欲的で清潔な色気があり、女性だけの劇にこれほどの魅力があるとは、とシェルは目から鱗が落ちる思いでいた。
ちなみに巷の芝居小屋では、風紀の乱れを理由に、女性が舞台に立つことは禁じられている。
「大分様になってきましたね。最初は皆ガチガチで、我が軍の精鋭が何たることかと目を覆うばかりでしたが」
「皆様には、これもよい演習と思っていただければ。──演習ついでに、例え話をしましょう。ウルリカ様が、他の部隊から配属された兵のみで、後宮防衛を想定した演習をするとします」
数回瞬きを繰り返したウルリカは、「大変興味深い例え話ですね」と椅子のすぐ隣に立った。
前を向いたまま、シェルは小声で続ける。
「忠実に役目を全うする者、演習だからと上辺だけを取り繕って手を抜く者がいることが予想され、部隊としての練度は零。将軍はウルリカ様であるにもかかわらず、古巣の上官に忠誠を誓っていることも考えられます。この場合、演習をどのように進められますか」
「使えぬ兵を選別する機会と捉えます。与えた指示に、どこまで忠実に従うか。また突発事態を装って事前の指示を変更し、臨機応変な働きを見るのも肝要でしょう。使えないと判断した者は鍛え直すか、元の部隊に送り返すかの処分も……」
淀みなく私見を述べていたウルリカが、不意に言葉を切る。勘のいい女将軍は、この例え話に察するところがあったようだ。
果たして彼女は、シェルの意図を違わず言い当てた。
「もしや、お妃様方の陛下への忠誠、後ろ盾との癒着を把握するために、この劇を……?」
値踏みする視線。格下と判断するや手のひらを返す、蔑む眼差し。
シェルが宮廷で長年晒されてきたものであり、それゆえに扱い方をよく知るものでもある。腹の内を探るには、取るに足らない者と油断させるのが手っ取り早く、また結果がわかりやすい手段である。
身分の上では、皇族を除き並ぶ者のないユングリング大公家の世子。しかし長年皇帝の侍童を務め、他家の世子が家に戻り後継者教育を受ける中、宮廷に留め置かれ皇太子専属の使用人とされた。
かつてのあだ名「最も高貴な侍従」は、客観的な事実であり、皇家のお墨付きでユングリング家を貶めることのできる、宮廷人にとって実に使い勝手のいい揶揄だった。同時にシェルとユングリングには、相手を計る物差しとなった。
そして今、長いベールと箝口布で目元以外を隠され、外部との接触も自由に声を出すことも禁じられた皇后は、「最も高貴な虜囚」に映る。扱いはこの上なく丁重でも、咎人のように閉じ込められ、妃たちの方がよほど皇帝の妻に相応しい待遇を与えられている。
その上、后狩りから三月が経つが、いつまでも正式な婚約発表がない。そのことが、ユングリングの姫君に何らかの問題があるのでは、という憶測を呼んでいた。それでも皇帝の寵愛は著しく、毎日朝まで褥から出さない熱愛ぶりは、宮廷にも届くほどである。
妃たちと、その背後にいる有力貴族を揺さぶるには十分な状況だった。
ちなみに巷の芝居小屋では、風紀の乱れを理由に、女性が舞台に立つことは禁じられている。
「大分様になってきましたね。最初は皆ガチガチで、我が軍の精鋭が何たることかと目を覆うばかりでしたが」
「皆様には、これもよい演習と思っていただければ。──演習ついでに、例え話をしましょう。ウルリカ様が、他の部隊から配属された兵のみで、後宮防衛を想定した演習をするとします」
数回瞬きを繰り返したウルリカは、「大変興味深い例え話ですね」と椅子のすぐ隣に立った。
前を向いたまま、シェルは小声で続ける。
「忠実に役目を全うする者、演習だからと上辺だけを取り繕って手を抜く者がいることが予想され、部隊としての練度は零。将軍はウルリカ様であるにもかかわらず、古巣の上官に忠誠を誓っていることも考えられます。この場合、演習をどのように進められますか」
「使えぬ兵を選別する機会と捉えます。与えた指示に、どこまで忠実に従うか。また突発事態を装って事前の指示を変更し、臨機応変な働きを見るのも肝要でしょう。使えないと判断した者は鍛え直すか、元の部隊に送り返すかの処分も……」
淀みなく私見を述べていたウルリカが、不意に言葉を切る。勘のいい女将軍は、この例え話に察するところがあったようだ。
果たして彼女は、シェルの意図を違わず言い当てた。
「もしや、お妃様方の陛下への忠誠、後ろ盾との癒着を把握するために、この劇を……?」
値踏みする視線。格下と判断するや手のひらを返す、蔑む眼差し。
シェルが宮廷で長年晒されてきたものであり、それゆえに扱い方をよく知るものでもある。腹の内を探るには、取るに足らない者と油断させるのが手っ取り早く、また結果がわかりやすい手段である。
身分の上では、皇族を除き並ぶ者のないユングリング大公家の世子。しかし長年皇帝の侍童を務め、他家の世子が家に戻り後継者教育を受ける中、宮廷に留め置かれ皇太子専属の使用人とされた。
かつてのあだ名「最も高貴な侍従」は、客観的な事実であり、皇家のお墨付きでユングリング家を貶めることのできる、宮廷人にとって実に使い勝手のいい揶揄だった。同時にシェルとユングリングには、相手を計る物差しとなった。
そして今、長いベールと箝口布で目元以外を隠され、外部との接触も自由に声を出すことも禁じられた皇后は、「最も高貴な虜囚」に映る。扱いはこの上なく丁重でも、咎人のように閉じ込められ、妃たちの方がよほど皇帝の妻に相応しい待遇を与えられている。
その上、后狩りから三月が経つが、いつまでも正式な婚約発表がない。そのことが、ユングリングの姫君に何らかの問題があるのでは、という憶測を呼んでいた。それでも皇帝の寵愛は著しく、毎日朝まで褥から出さない熱愛ぶりは、宮廷にも届くほどである。
妃たちと、その背後にいる有力貴族を揺さぶるには十分な状況だった。
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