后狩り

音羽夏生

文字の大きさ
上 下
63 / 87
後宮

8

しおりを挟む
 魔王国の田舎で生活を始めた俺たちは朝ご飯(正しくは夜ご飯)を食べながら今後の話をしていた。

「リフォームに必要な工具が欲しい」

「工具?」

「それはなんですの?」

 ぽかんとするギンコの膝の上でウルルが小さく鳴いた。

「人族が使う道具や」

 ダークエルフ族のツリーハウス作りには工具を必要としないらしい。
 九尾族には家という概念がないらしく、こちらも工具からは程遠い生活を送っていたことになる。

「ドワーフ族がいるなら話を聞いてみたいし、デスクックの爪とか牙とかも売れるなら金に換えたい」

「旦那様は人族のようなことを言うんやね」

 確かに、今の発言は迂闊うかつすぎたかもしれない。

「デスクックの爪や牙なんて価値はあるのでしょうか。食べられない箇所は全部ゴミです。トーヤが玄関に飾っている鶏冠とさかもゴミです」

 気持ちいいまでの割り切り方。さすがは闇の眷属けんぞく

「価値観はそれぞれやから。ただのゴミが金になったらお得やん?」

「どっちにしても私は人族の国には行けませんよ。憎き太陽が落ちない限りは」

「ギンコは?」

「妾は旦那様が行く場所にならどこへでもついていきます。どこぞの耳とがりとは違いますから」

「尻尾割れてるくせに偉そうに」

「あら? 嫉妬なんて醜いですわよ。いくら旦那様にモフモフされないからって」

「残念でした。トーヤは九尾族のときは必ずモフモフの自給自足をしますから。ダークエルフ族のとき以外、あなたの尻尾は用無しです」

 今日もバチバチにやり合っている二人。
 ウルルは危険を察知してか、早々に俺の膝の上に避難してきた。

「そんなことないよな、ウルル。お前の毛並みもモフモフするもんな」

「ウル~ッ」

 圧倒的癒やし!

 急成長具合にはビビるけど、この子を育てて良かったと思える至福の瞬間である。

「で、ギンコは一緒に行くってことでええんやな? じゃあ、クスィーちゃんはウルルとお留守番しててや」

「仕方ありませんね」

 いつもギンコに突っかかっているクスィーちゃんにしては珍しい。
 よっぽど太陽が嫌いらしい。

 そんなこんなで陽が昇り、クスィーちゃんとウルフが寝床に入ったタイミングで人族の町へと出発した。
 ちなみに俺とギンコはしっかり夜に寝ている。

 背中のリュックにはデスクックの素材の他にも過去に狩ったブラックウルフの素材も入れてきた。

 さすが国境付近とあって、すぐに人族側の検問所が見えてきた。

「どう見ても人間には見えへんよな」

 自分の尻尾を見てつぶやくと、「簡単です」とギンコがパチンっと指を鳴らした。

 別段、変化はない。
 ギンコ曰く、これで他者からは姿が見えなくなったらしい。

 ホンマかよ――

 と、疑っていたがすぐに謝罪することになった。

 おそるおそる息を潜めて進み、人族の兵士の前を通り過ぎる。
 彼らは何事もないように俺たちをスルーして、「異常なし!」と指さし確認を行った。

「これ何の魔法?」

 ギンコが無言で首を振る。
 喋ると効果が消滅する系だと察して黙って歩いた。

「ぷはっ。幻惑魔法の一種です。子供騙しやね」

 息を止めていたことで頬を上気させたギンコが教えてくれた。

 俺、そんな魔法使えないんやけど……。

「あと、もう一つ」

 またギンコが指を鳴らすと、俺の尻尾とギンコのキツネ耳と尻尾が消えた。

「うおぉ!」

「これも子供騙しです」

 これなら誰が見ても人族だ。
 大阪弁を喋る糸目のにぃちゃんと、はんなり京都弁を喋るキツネ目のねぇちゃんにしか絶対に見えない。

 近くを流れていた川の水面に映る自分の顔を見て感動した俺は、意気揚々と検問所を越えて一番近くの街に向かって歩き出した。

 到着すると、あまりの人の多さに驚いた。
 街を行くほぼ全員が武装していて、大剣や斧なんかをかついでいる。

 大通りの両サイドには露店が並び、活気ある街だった。

「着いたはいいけど、どこに行けばええんや」

 人間のくせに人間社会についての知識がない俺と、そもそも人間ですらないギンコの組み合わせで出向いたのは無謀だったかもしれない。

 こういう時は――

「すんませーん! 道案内してくれる店ってどこですかー?」

「あんた見ない顔だな。冒険者にしては軽装だし、商人か?」

「そんな感じです」

「それならギルドに行くといい。素材の売却もしてくれるし、街のことは何でも教えてくれる」

「ありがとうございます」

 普段はコミュ障全開やけど、二度と会わないと分かっている人には遠慮なく話しかけられる。
 ずっと町中をウロウロするのは御免やでな。

 早速、ギルドというファンタジー感満載の店に向かうと受付では綺麗な女性が笑顔を振り撒いていた。

「初めてなんですけど」

「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょう」

「素材の売却と聞きたいことがいくつかあって」

「かしこまりました。まずは素材を拝見させていただきますね」

リュックに詰めていたデスクックの爪、牙、羽根、鶏冠とさかをカウンターに取り出す。

「……………………」

 さっきまでニコニコしていたお姉さんが顔を引き攣らせて、奥へと引っ込んだ。

 すぐにカウンターの奥から厳つい男が出てきて、何度も素材と俺たちを見比べて重い口を開いた。

「待ってろ」

 続いて、華奢な男がやってきて、デスクックの素材を入念にチェックしていく。
 目の周りに魔法陣が描かれているから、何かしらのスキルか魔法を使っているらしい。

「デスクックだ」

 やがて、ため息のついでのようにつぶやいた。

 「鑑定士が言うなら信じるしかねぇ。あんたがこいつを討伐したのか? どこのギルドからの依頼だ?」

 ツレが倒した、と言いそうになる口をつぐんで頷く。

 疑われたらますます厄介だと判断して、俺の手柄にしてしまった。
 ごめん、クスィーちゃん。

「金貨千枚を出す。構わないか?」

 ギルド内にいた武装している連中がどよめいた。

 この金額が高いのか、安いのか分からないから、俺は出された金貨をすぐに仕舞ってお姉さんに向き直った。

「ものづくりに精通している人に会いたいんやけど、この街にいますか?」

「はい。メインストリートから左の路地にドワーフ族が営む店がございます」

「ドワーフ! ありがとうございます」

 あの厳ついおっさんの目と、周囲の目が怖すぎてお礼を言ってギルドを飛び出した。

「デスクックってレアモンスターなんか?」

「知りませんわ、そんなこと。今の耳とがりに狩られるくらいですから、きっと弱小に決まっています」

 相変わらず、クスィーちゃんには手厳しい。
 でも、今のってことは、それなりに彼女のことを認めているのだろう。

 見知らぬ土地でひったくりや置き引きに注意するのは海外旅行の基本。

 俺はリュックを抱きかかえながら、目的地へと向かって絶句した。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

どうやら俺は悪役令息らしい🤔

osero
BL
俺は第2王子のことが好きで、嫉妬から編入生をいじめている悪役令息らしい。 でもぶっちゃけ俺、第2王子のこと知らないんだよなー

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

処理中です...