后狩り

音羽夏生

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蠢動

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『兵を使うものと、使わないもの。後者は女の戦場にもなり得ます。そこに立つ者が何も学ばず、美しく装うだけで戦略も持たず淑やかに笑いさざめくばかりであったら、どうなるか。この世の半分は女であるのに、この国を守る盾は、いかなる場合も男のみということになりますね。その点で、ミレニオはこの国と比べ、静なる兵の数は倍、その質は精強と言えるでしょう。賢さを武器とするために、私も幼き日から学び、こうして最前線に立っているのですよ』
『最前線?』
『王家に生まれたなら、結婚は女の戦場。他国と縁を結び、男とは別の──時に同じやり方で、両国の絆を確固たるものとするのが、私の使命と心得ています。私は国家に──国と王家に有用なのです』

 国と王家に有用。
 強烈な自負に我知らず身震いした少女に、ルチアはいたずらっぽい微笑みを向けた。

『それに純粋に楽しいものですよ、知らない世界を知るというのは。夫の愚痴と子供や孫への小言、社交界の噂話。明日は何を着るか、どんな髪型にするか、誰と面会しどんな会話をするのか。死ぬまで頭の中をそれだけにしていては、勿体無いでしょう。せっかく生まれてきたのだから』

 父帝は、若き異国の王女の稀有な資質を見抜き、目を掛けていた長女を研磨する砥石としたかったのだろう。
 あの日、ハルディスの世界は一転した。
 ハルディスは今、あの日のルチアのように、一人の少女の世界を変える時が来たのだと感じている。母から受け取ったものを中継ぎし、娘に渡す役目が回ってきたのだと。
 男であったならと幾度も思い描いた、あるべき治世者の姿を投影できる唯一の女──理想の皇后を育てる機会を得たのだと。
 ただ、立場が立場なだけに、やり方を間違えると、威圧的なだけの小姑になりかねない。
 エーヴェルトを通じ、お后教育として正式に時間を取ることもできるが、皇命となればそれだけで重荷になる。かつてのルチアのように、くだけた雰囲気のサロンで、萎縮させることなく皇后としての心得を教えられたら──。
 思案しながら廊下を進んでいたハルディスは、ふと名案を思いつき、行き先を変えた。
 皇宮の翼棟には、有力貴族のみに与えられる私室が並んでいる。壁に囲まれた専用庭園を持つ、翼棟の先端に位置する最も美しい部屋は、かつて宮廷に伺候したルチアの住まいであり、今はミレニオ大使が大使館の出張所として使用を許されていた。ルチアの死後もミレニオとの良好な関係を維持したい帝国による、特別な計らいである。
 亡き母と縁が深い、実質的にミレニオの治外法権が認められている場所ならば、クリスティーナも緊張することなく通うことができるだろう。彼女もその兄も幼い頃から通い、大使によるミレニオ語やその歴史、文化についての講義を受けた部屋でもある。

「ごきげんよう、大使。前触れもなく訪ねてごめんなさいね」
「殿下におかれましては、ご機嫌麗しく。お呼びいただきましたら参上しましたのに、ご足労いただきますとは。恐悦至極に存じます」
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