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後朝
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「それに皇帝の閨での睦言を盗み聴く者は、耳と舌を切り落とす決まりだ。シェルが何を言おうと、俺以外に聴く者はいない。心安く過ごせ」
「……不調法をお許しください」
顔を上げないまま告げられたのは、硬い謝罪だ。そのくせ、隠すことのできない耳は真っ赤になっており、触れればびくっと震えて身を縮める。艶々と長い尻尾が蠱惑的な黒猫というより、初めて人の手に触れられた子猫のようだ。
望み通りの初々しさの、想像を遥かに上回る威力に、エーヴェルトは内心で呻いた。
「……新枕を交わした夫に、朝の挨拶はないのか」
「あっ……重ねての無礼、どうぞご容赦を……。おはようございます、陛下。本日もご機嫌麗しくあそばされますように」
「……お前はここを執務室だと思っているのか」
皇太子の頃、毎朝聞いた侍従の挨拶だ。後宮に攫ってから何度も言い聞かせたのに、陛下と呼ぶのも腹立たしい。
ようやく結ばれた后が、頑なに臣下として一線引こうとしているように思われ、エーヴェルトは痺れを切らしてその顎を指先ですくった。
「相変わらず何も知らぬのだな。後朝の挨拶とは、こうするものだ」
窘めるように唇で唇を塞げば、シェルの瞼は自然と閉じる。口づけの間は目を閉じるのが作法だと、かつて躾けた通りに。
舌で表面をなぞればうっすらと開き、主を迎え入れ、自らのそれを絡める。ゆっくりと、求めに応じて音を立て、主の舌を追いかける。
初心なくせに、シェルの口づけは巧みで、自ら男の唾液を飲み込むほどいやらしい。やがて夫となる者に、五年もの間そのように馴らされたせいだ。
「目覚めたら、無粋な口上ではなくこのようにしろ。それが後宮の朝の挨拶だ」
「畏まりま……んっ……」
深く長い口づけに目を潤ませながらも素直に答えるのを、口づけを重ねて遮る。主から与えられることならば何でも、疑うことなく押し戴くように受け入れる従順さは、時に害ともなる──特に、初夜の翌朝には。
立派であると自負する一物にきつい体内を暴かれ、衝撃と痛みに震えるほどだったのに、昨夜シェルは逃げようとする素振りも見せなかった。堪えきれずに涙を溢れさせ、それでも夫となった男に求められれば、懸命にその目を見つめ、腕を伸ばして縋りついた。
健気であると、愛でて済ませられるものではない。
侍従時代の躾のせいで、艶事に疎くてもその技は磨かれたシェルが無意識に捧げるものは、翻って小悪魔の手管となる。壊さないように傷つけないように愛するのがどれほど困難なことか、この罪深い黒猫は知らないのだ。
腕の中深くにシェルを抱き寄せ、密着した下肢を押し付けると、当たったものの感触に怯えるように畏まり、わずかに身を引こうとする。それを許さず腰に手を回し、数刻前まで男を受け入れていた場所を探れば、小さな悲鳴が洩れた。
「……不調法をお許しください」
顔を上げないまま告げられたのは、硬い謝罪だ。そのくせ、隠すことのできない耳は真っ赤になっており、触れればびくっと震えて身を縮める。艶々と長い尻尾が蠱惑的な黒猫というより、初めて人の手に触れられた子猫のようだ。
望み通りの初々しさの、想像を遥かに上回る威力に、エーヴェルトは内心で呻いた。
「……新枕を交わした夫に、朝の挨拶はないのか」
「あっ……重ねての無礼、どうぞご容赦を……。おはようございます、陛下。本日もご機嫌麗しくあそばされますように」
「……お前はここを執務室だと思っているのか」
皇太子の頃、毎朝聞いた侍従の挨拶だ。後宮に攫ってから何度も言い聞かせたのに、陛下と呼ぶのも腹立たしい。
ようやく結ばれた后が、頑なに臣下として一線引こうとしているように思われ、エーヴェルトは痺れを切らしてその顎を指先ですくった。
「相変わらず何も知らぬのだな。後朝の挨拶とは、こうするものだ」
窘めるように唇で唇を塞げば、シェルの瞼は自然と閉じる。口づけの間は目を閉じるのが作法だと、かつて躾けた通りに。
舌で表面をなぞればうっすらと開き、主を迎え入れ、自らのそれを絡める。ゆっくりと、求めに応じて音を立て、主の舌を追いかける。
初心なくせに、シェルの口づけは巧みで、自ら男の唾液を飲み込むほどいやらしい。やがて夫となる者に、五年もの間そのように馴らされたせいだ。
「目覚めたら、無粋な口上ではなくこのようにしろ。それが後宮の朝の挨拶だ」
「畏まりま……んっ……」
深く長い口づけに目を潤ませながらも素直に答えるのを、口づけを重ねて遮る。主から与えられることならば何でも、疑うことなく押し戴くように受け入れる従順さは、時に害ともなる──特に、初夜の翌朝には。
立派であると自負する一物にきつい体内を暴かれ、衝撃と痛みに震えるほどだったのに、昨夜シェルは逃げようとする素振りも見せなかった。堪えきれずに涙を溢れさせ、それでも夫となった男に求められれば、懸命にその目を見つめ、腕を伸ばして縋りついた。
健気であると、愛でて済ませられるものではない。
侍従時代の躾のせいで、艶事に疎くてもその技は磨かれたシェルが無意識に捧げるものは、翻って小悪魔の手管となる。壊さないように傷つけないように愛するのがどれほど困難なことか、この罪深い黒猫は知らないのだ。
腕の中深くにシェルを抱き寄せ、密着した下肢を押し付けると、当たったものの感触に怯えるように畏まり、わずかに身を引こうとする。それを許さず腰に手を回し、数刻前まで男を受け入れていた場所を探れば、小さな悲鳴が洩れた。
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