后狩り

音羽夏生

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後朝

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 ぎょっとして母を掴む手を離したが、そのことで逆に、母はエーヴェルトの存在に気づいたようだ。糸の切れた操り人形のようだったのが、獣じみた勢いでエーヴェルトに掴みかかると、息子の腕に爪を立てることも構わず必死の形相で縋り付いてくる。

「エーヴ、何としても、必ず皇位を獲りなさい。そして守って。ユングリングの二人の御子を」

 深い喪失に侵食された虚無の穴のような目に、ぎらぎらと強い光が宿る。顔色は病的なまでに青白く、頬は強張り瞼が微かに痙攣している。
 その様は、地獄に落ちながらも手を伸ばし、往生際悪く生者せいじゃに喰らいつこうとする亡者を彷彿とさせた。

『殿下、どうぞ母君を大切にお守りください。わたくしの代わりに』

 かつて、似たような願いを託されたことがあった。
 宮中で掛けられた、涼やかな祈りのような言葉は、母のそれからは遥かに遠く、美しかった。しかしその美しい願いの主こそが、朗らかな母から生きる力を奪い、虚ろな、息をする骸に変えてしまった。
 その日からろくに食事も喉を通らなくなり痩せ衰えた母は、三ヵ月後、弟妹とともに毒殺された。長年後宮の謀略の渦を泳ぎきり、生き抜いてきたことが信じられないほどの呆気なさだった。
 学舎の教授が急遽予定を変更し、泊りがけの現地調査に連れ出されていなければ、エーヴェルトも陰謀の餌食になっていた。偏屈なことで有名な教授の気まぐれが、紙一重でエーヴェルトの命を救ったのだ。

『光の神』の願いを果たすことは、できなかった。
 そしてまた、母の願いの半分も、叶えることはできそうになかった。──忌まわしきユングリングの血筋を守るなど。
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