后狩り

音羽夏生

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入宮

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「つれない黒猫は、どれほど可愛がってもまるで懐かないどころか、勝手に出て行ってしまう。その上、気まぐれに餌をくれた相手に擦り寄って、戻る素振りも見せない。手元に置くには、首輪を嵌めて、俺の猫だと宣言するしかあるまい」
「……侍従としてお留めになれば、」

 口づけでシェルを甘やかした唇が、皮肉を込めて詰る。皇宮を去り、帝国から逃げ出しミレニオに身を寄せたことを責めている。
 あまりに心外な言葉に、胸が詰まる。シェルは込み上げるものを抑えながら続けた。

「あのままお仕えすることをお許しいただけたなら、猫が彷徨うことはなかったでしょう」
「皇宮には、高貴な猫を狙う輩がいるのでな。あのまま側に置くわけにはいかなかった。――それに、離れてわかったこともあるのではないか?」
「……私の過ちのせいで、遠ざけられたのではないのですか……?」

 高貴な猫――おそらくシェルのことだろう。ユングリングの敵対者がシェルを狙っており、その危機から逃すために皇宮を去らせたということだろうか。
 思い掛けない答えにうろたえ、付け足された問いは素通りしていた。さらに心を揺さぶるように、意外そうな皇帝の声が重なる。

「完璧な侍従に、過ちなどあるわけないだろう。実際、侍従長には随分恨み言を聞かされたのだぞ」

(『完璧な侍従』……。疎まれたのだと、ずっと……)

 強張っていた心が、ふっと解放された気がした。
 一年もの間、心に刺さったままだった大きな棘。それが霧のように消え、ミレニオでの充実した、安らかな日々にも癒えることはなかった傷も塞がっていく。
 深い安堵と喜びに胸を震わせながら見上げると、皇帝が目を細め、甘やかすように問う。

「目が潤んでいるぞ。その理由はわかっているのか?」
「陛、……エーヴェルト様のお役に立てていたのだと知り、安堵しているからでご、……です」
「俺を好いているのだろう」
「敬愛申し上げております」
「愛しているのだな」
「そのような不敬な感情は持ち合わせておりません」

 あまりに酷い言葉に、つい、即座に打ち消してしまった。
 そんな不埒な思いを抱いて、侍従としてお側にいたのでは断じてない。ユングリングの者でありながら、役に立つと認めてくれ、外遊にも随行させ外の世界を見せてくれた。そのご恩に報いるために、五年の間精進し、献身した。
 それだけはどうかおわかりいただきたい、と唇をわななかせるシェルに、皇帝は口元を引き攣らせた。縋るような眼差しを受け、肩を落としながら大きなため息をつく。
 無言のまま、シェルの寝間着の合わせに硬い手が差し入れられる。びくっと体を揺らすシェルをよそに、前をはだけ、肌を露わにしていく。

「……エーヴェルト様……」
「やさしくするから、案ずるな。――うつ伏せになって、猫のように這え」

 こくりと喉を鳴らし、シェルは覚悟を決めた。
 光り輝く新帝の未来のために、取るべき道は一つしかない。

「どうか、お聞き届けくださいませ。――すべて仰せのままに従います。この身を男妾としてお望みなら、お召しがあればいつなりと参上いたします。ですから、男を皇后に立てることだけは、どうぞお考え直しを……!」

 身を捧げての、心からの忠言――懇願だった。
 しかし皇帝は顔色も変えず、駄々っ子をあやす声音で、后と定めた者に言い渡した。
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