后狩り

音羽夏生

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侍童

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 身を起こす前に背に腕が回り、そのまま引き寄せられた。見つめ合う顔が再び近づき、茫然としながらも深い氷青の目を見ていられず、シェルはぎゅっと目を瞑る。熱い息が頬を掠めたかと思うと、次の瞬間には唇を熱で塞がれていた。
 見えなくても、今度はわかる。――唇が、重なっている。
 別の生き物のようだと思ったのは、舌。自分以外の舌が口の中にあって、我が物顔で動き回っているのだ。
 何が行われているのか正しく把握し、今度は戸惑いで体が竦んでしまったシェルを、皇太子は好きなだけ貪った。
 その青い体に手を這わせ、いまだ少年の丸みを残す輪郭を手のひらで確かめる。北方人の冷たい白に、南方人の明るさを溶かし込んだ、あたたかい色の肌を指先で辿る。絹糸のように艶々とした黒髪の、整えられた毛先を弄ぶ。瑞々しくふっくらとした蠱惑的な唇を吸いながら、眦の涙を指の背で拭う。
 再び解放された時、穏やかなふれあいにも身を硬くしたままだったシェルは、――放心していた。ずっと口を塞がれていたせいか、心臓の音が異様に大きく聞こえる。体に力が入らず、座り込みそうになったところを皇太子に引き上げられ、抱きとめられた。

「大人びているのは、取り繕った上辺だけか。……おさないな」
「申し訳ご、……あ、……」
「いいから、黙って凭れていろ」
「はい……」

 同性にこうして抱き締められるのは初めてで、硬い胸と腕に包み込まれる感覚に戸惑う。他人の体温をこれほど近くに感じるのは、いつぶりのことだろう。
 畏れ多いことと知りながら、皇太子の抱擁に嫌悪は感じなかった。自分より体の大きな同性には、潜在的に苦手意識を持っているというのに。
 きっとそれは、何をされても従容として受け入れると心を決めている相手だからだろう、とシェルは思った。植え付けられた、痛みに対する恐怖心を拭えないだけで、どんな仕打ちにも抗うつもりはないのだから。

「お前の結婚相手は俺が決める。誰の言葉にも従うな」

 皇太子に命じられれば、従う。シェルは即座に諾った。

「仰せのままに」
「……わかればいい」

 癖のない黒髪の感触を楽しむようにするりと頭を撫で、黒猫だな、と呟いた皇太子は、はっとしたようにシェルを乱暴に押し遣った。口元を覆いながら顔を背け、素っ気なく退室を命じる。
 どうにか無礼にならないように御前を辞し、シェルは覚束ない足取りで自室に戻った。
 扉を閉めて鍵を掛けたところで力が抜け、その場に座り込んでしまう。今起こったことで頭が飽和して、どうしても考えが散らかってしまい、皇太子の機嫌を損ねた自らの過ちを反省することもできない。

(今のが、罰? 僕への折檻、なの……?)

 荒々しく口を食べられ、――その後には探るように口の中を舐められ、吸われた。口を塞がれたまま、長い間そうして嬲られ、苦しくて仕方がなかった。
 それなのに、背筋を這い上がる悪寒にも似た疼きを感じたのだ。その初めての感覚に、シェルは戸惑っている。
 あれは一体、何だったのだろう。息ができない苦しさと、あの感覚の妖しさに、膝から力が抜け落ちてしまった。

(それとも……あれは、接吻? でも男同士だし、そもそも殿下が僕になさる理由がない。……あ、もしかして、おつらいから……?)
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