后狩り

音羽夏生

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侍童

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 廊下の先で何かが動いたように感じ、ふと目線を上げると、視界の真ん中に人影が映った。まだ随分距離はあるが、シェルは直ちに端に寄り、正面に視線を据えて直立する。
 本来であれば、複数の侍従を従わせて然るべきその人物は、単身軽快な足取りで廊下を進み、頭を垂れたシェルの前でその歩を止めた。

「久しぶりだな、ユングリング公子」
「皇太子殿下におかれましては、ご機嫌麗しく」
「お前も元気そうで何よりだ。……侍童姿を、まだ見られるとはな」

 国内の巡察に出ていた皇太子と顔を合わせるのは、半年ぶりだった。
 侍童として随従する儀式で場を同じくするくらいで、七歳年長の皇太子と個人的な面識はない。それでも六年も出仕していれば、顔を覚えてもらえるようだ。――単に、派手なお仕着せの子供は目立つというだけかもしれないが。
 年とともに気恥ずかしく思うようになった衣装を指摘され、肩を縮めていると、冷ややかな声で皇太子が追い討ちをかけてくる。

「お前はいつまでも侍童でいることの意味を、わかっているのか?」
「……さきに辞した者は、その理由を、大人になったからと誇らしげに申しておりました」

 大人になった――清童ではなくなったということである。
 男として成熟し、妻を娶り一人前になる――その一歩を踏み出した時、侍童は役目を解かれる。皇帝に仕える少年は、無垢で清らかでなければならないと定められているためだ。
 つまり、今も侍童として勤めを続けるシェルは、いまだ男の体になっていない。学業で優秀な成績を収めても、ユングリング大公の嗣子でも、皇宮では未熟な子供としか見られない。

「自慢することでもない。遅かれ早かれ、男に生まれればいつか通る道だ」

 何でもないことのように言う皇太子の声を、労わりと感じてしまうのは、そのことに引け目を感じている証だ。自身の体という極めて私的なことで、大切な勤めと伝統ある衣装にまで引け目を感じていたことに気づき、シェルは曖昧な微笑みで自己嫌悪を隠す。
 それをどう受け取ったのか、皇太子の眉が寄った。

「……本当にわかっているのか? 十六にもなって精通していないと、あちこちで言って回っているようなものだぞ。外殿とはいえ後宮に入るなど、その最たるものだ」 

 後宮は、皇帝の夜の宮殿である。
 寝殿には外殿と内殿があり、二つの建物は渡り廊下で結ばれている。外殿は皇帝の私室にあたり、内殿は妃を呼んで夜を過ごす寝所である。当然、皇帝以外の男が渡り廊下を歩くことはできず、また妃たちも後宮と外界を繋ぐこの廊下に出ることは許されない。
 いまだ子種を持たない侍童は外殿への入室を許されるが、後宮で皇帝の身の回りの世話をするのは女官であり、形式的に随従しているにすぎない。寛ぐ皇帝の「下がれ」の一言がその日のお役目の終わりを意味し、私室に戻ることを許された。
 高い塀に囲まれ、赤い瓦屋根が印象的な妃の住居が並ぶ、皇帝の私的な空間。そこは皇太子の生まれ育った場所でもあり、成人するまでの住まいでもあった。

(お声の調子が、きつくなった気がする……)

 即位するまで足を踏み入れることもかなわない、かつての家が懐かしく、遅番の時は毎回後宮まで侍るシェルを羨ましく思われたのだろうか。
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