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夜嵐
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「お兄様……!」
「もう何も言ってはいけない、わかっているね」
奪われた娘の親が、掠奪者を婿と認め和解するまで、娘は一切口をきいてはいけないのが后狩りのしきたりである。そして、武術に長けた従兄弟たちが簡単に道を譲ったなら、それは掠奪者が皇帝だということだ。
臓腑まで震えるような雷鳴が轟くのと、荒々しく扉が開け放たれたのは同時だった。雷光を背に、大きな影が室内に伸びる。あまりの轟音と衝撃的な登場に、クリスティーナは勿論、シェルも肝を潰されてしまい、座り込まずにいるのが精一杯だ。
竦み上がったまま呆然とする兄妹に、ゆっくりと影が近づいてくる。蝋燭の灯りが届いたその顔は、――皇帝のものだ。
この嵐の中、一週間に及ぶ行幸の直後に、后狩りが行われている。それだけ自身の選んだ獲物――クリスティーナを、皇后として熱望しているということだろう。
「久しいな、公女。――ここにいたか、我が后よ」
力強く張りのある美声が、雷鳴の隙間を縫って部屋に響いた。一年ぶりに耳にする、懐かしい声だ。
それとともに、絨毯に大粒の水滴が落ちる音がする。雨足は強く、ずぶ濡れになったのだろう。つい以前の習慣で、濡れた衣装を替えようと体が動こうとするのを、シェルはすんでのところでとどめた。
もう一年が経つのに、体はまだ侍従の頃の記憶から抜け出せていない。不要だと厭われたにもかかわらず、唯一と心に定めた主を前に、侍従の礼を取ろうとしてしまう。
(しっかりしろ、今はクリスのために盾の役目を果たすんだ)
この国へ呼び戻された理由を思い出し、シェルは腰の剣に手を掛けた。
それでも、解雇された元侍従が皇帝の顔を直視することは憚られる。シェルは睫毛を伏せながら、精一杯声を張った。
「畏れながら、ユングリングの姫を狩ると仰せなら、その盾を退けてからに……ぐうッ! はっ、ぁ……ぁ、……」
突然容赦のない拳が、鳩尾に鋭く打ち込まれた。まったくの無防備だったシェルは、急所にまともにくらい呆気なく気絶してしまう。
倒れかかる体が床に打ちつけられる前に、逞しい腕が細身を抱きとめた。そのまま掬うように抱き上げ、腕を枕に仰のいた額に、皇帝は許しを乞うように唇を押し当てる。
痩せたな、という呟きが聞こえた気がしたが、視界を塞ぐ黒々とした大男の影に、クリスティーナは震えるばかりだ。悲鳴を上げることもできず、長椅子の上で竦んだままのユングリングの姫には一瞥もくれず、皇帝は身を翻し部屋を出て行く。
手にした獲物の重み――狩りの上首尾に、心から満足そうにエーヴェルトは囁いた。
「ようやくお前を得る日が来た。――帰るぞ、我らが『家』に」
「もう何も言ってはいけない、わかっているね」
奪われた娘の親が、掠奪者を婿と認め和解するまで、娘は一切口をきいてはいけないのが后狩りのしきたりである。そして、武術に長けた従兄弟たちが簡単に道を譲ったなら、それは掠奪者が皇帝だということだ。
臓腑まで震えるような雷鳴が轟くのと、荒々しく扉が開け放たれたのは同時だった。雷光を背に、大きな影が室内に伸びる。あまりの轟音と衝撃的な登場に、クリスティーナは勿論、シェルも肝を潰されてしまい、座り込まずにいるのが精一杯だ。
竦み上がったまま呆然とする兄妹に、ゆっくりと影が近づいてくる。蝋燭の灯りが届いたその顔は、――皇帝のものだ。
この嵐の中、一週間に及ぶ行幸の直後に、后狩りが行われている。それだけ自身の選んだ獲物――クリスティーナを、皇后として熱望しているということだろう。
「久しいな、公女。――ここにいたか、我が后よ」
力強く張りのある美声が、雷鳴の隙間を縫って部屋に響いた。一年ぶりに耳にする、懐かしい声だ。
それとともに、絨毯に大粒の水滴が落ちる音がする。雨足は強く、ずぶ濡れになったのだろう。つい以前の習慣で、濡れた衣装を替えようと体が動こうとするのを、シェルはすんでのところでとどめた。
もう一年が経つのに、体はまだ侍従の頃の記憶から抜け出せていない。不要だと厭われたにもかかわらず、唯一と心に定めた主を前に、侍従の礼を取ろうとしてしまう。
(しっかりしろ、今はクリスのために盾の役目を果たすんだ)
この国へ呼び戻された理由を思い出し、シェルは腰の剣に手を掛けた。
それでも、解雇された元侍従が皇帝の顔を直視することは憚られる。シェルは睫毛を伏せながら、精一杯声を張った。
「畏れながら、ユングリングの姫を狩ると仰せなら、その盾を退けてからに……ぐうッ! はっ、ぁ……ぁ、……」
突然容赦のない拳が、鳩尾に鋭く打ち込まれた。まったくの無防備だったシェルは、急所にまともにくらい呆気なく気絶してしまう。
倒れかかる体が床に打ちつけられる前に、逞しい腕が細身を抱きとめた。そのまま掬うように抱き上げ、腕を枕に仰のいた額に、皇帝は許しを乞うように唇を押し当てる。
痩せたな、という呟きが聞こえた気がしたが、視界を塞ぐ黒々とした大男の影に、クリスティーナは震えるばかりだ。悲鳴を上げることもできず、長椅子の上で竦んだままのユングリングの姫には一瞥もくれず、皇帝は身を翻し部屋を出て行く。
手にした獲物の重み――狩りの上首尾に、心から満足そうにエーヴェルトは囁いた。
「ようやくお前を得る日が来た。――帰るぞ、我らが『家』に」
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