后狩り

音羽夏生

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侍童

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 勤めでのこと、しかも滞在するのは十分にも満たず、羨まれるようなことは何もないのだが、シェルは神妙に拝聴し、畏れながら言葉を返した。

「侍童は陛下の外套を受け取りましたら、直ちに外殿から退出する決まりとなっております。人の形をした装置のようなものでございます」
「……俺の言葉に対する答えが、それか」

 蔑みにも妬みにも、この六年で随分耐性ができ、シェルは自身に対する周囲の視線に鈍くなっていた。立場を忘れずに、勤めを疎かにしなければ、表立った批判の矛先にはなり得ないためだ。
 この国では珍しい黒瞳黒髪で、六年の長きに亘り皇帝が手放そうとしない小柄な寵童――瑞々しい肌を持つ未精通の少年が、好事家の目にはどのように映るのか。
 それは、皇宮の荒波に揉まれていても、結局のところは世間知らずな子供の思考の範疇を超えており、皇太子の座を掴むまで、すでに幾多の修羅場をくぐり抜けてきた青年には、容易く想像できることだった。

「――父上のご機嫌はどうだった」
「ちょうどお眠りになったところでございます。お見舞いでしたら、もう少し後になさった方がよろしいかと」
「そうしよう。頼み事は機嫌の良い時にするに限るからな。――ついて来い、話がある」
「仰せのままに」

 大人しく従いながら、顔には出さず、シェルは――怯えていた。
 侍童は皇帝専属の従者であり、皇太子であってもその御用を務める立場にはない。ましてや、私的に言葉を掛けられるような間柄でもない。

(もしかして、父上が言われていたこと……?)

 皇太子に対するユングリング家の立場を思い、冷たい手に心臓を掴まれたような心持ちになる。人払いをした部屋に連れ込まれ、恐れは確信に変わった。
 何があっても心に蓋をして、逆らわず甘んじて受け入れる。それが父大公の行いに対する、ユングリングの償いとなる。
 自らに課せられた役割を思い出し、シェルはこくりと小さく喉を鳴らした。

「いつまで経っても、お前は俺に懐こうとしないな」

 長椅子に深く座り、ゆったり背を預けると、皇太子は自分の前にシェルを立たせた。優雅に脚を組みながら、毛を逆立てて警戒する子猫を眺めるように、実に思い掛けないことを口にする。

(懐くだなんて……)

 ――畏れ多くて、考えたことすらない。
 咄嗟に言葉も出ず、瞬きを二回。何か言わなければと焦るが、緊張に強張った舌はもつれるばかりだ。焦りが焦りを呼ぶが、気持ちの揺らぎを隠す習性のせいで、つい硬い無表情になってしまう。
 可愛気のない態度を気にする様子もなく、皇太子は品定めする眼でシェルを見据えた。

「他の大公家の奴等は皆、俺の機嫌を取ろうと、顔を見れば擦り寄ってきたものだ。そういえばお前は、奴等と違って、皇宮の流儀に泣かされなかったらしいな」
「……自分のことは自分でできるように、育てられましたので」

 「皇宮の流儀」とは、学業成績と生活態度で器量を計られ、その評価を直視させられることだろう。
 大公家の後継者が皇宮で暮らす間、学業を怠ったり無作法に振る舞うと、皇帝の名で大公家に注意が行き、どら息子の烙印を押されることになる。それだけではすまない時もあり、次代の『五柱』として不適格と見做され、廃嫡勧告が出された大公家もある。
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