后狩り

音羽夏生

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入宮

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「后を――シェルを可愛がるのは、俺の務めだからな」

 皇太子時代の言葉遣いに、今更ながら、はっとする。
 シェルを委縮させないための心遣いなのか、公の場でなければ気楽に過ごされているのか――先帝の崩御とともに職を解かれたシェルに、皇帝の私的な顔を知る機会はなかった。
 この状況で、そのことがまた焦りを生む。

(この一年の間に、陛下に何が……)

 腕の中に閉じ込められたまま寝台に腰掛けるように促され、そのままゆっくり押し倒された。上質な布団の上であるにもかかわらず、皇帝の腕はシェルの背と頭を支え、やさしく横たえる。
 寵姫を扱うような手つきに、本能的な恐怖までもが喉元にせり上がってくる。

「これから七夜、張り形でシェルを馴らす」

 一番細いものを手にして、皇帝が見せつけるようにシェルの顔の前にかざす。
 これまでそうした淫具を目にしたことがなかったシェルは、つい直視してしまう。張り形というのは、男根を模したものだと聞いていたが、皇帝が手にしているのは凹凸のない円柱状で、両端が細く窄まっている。

「七本目を収めきれば、蜜壺として熟した証だ。そうしたら晴れて初夜を迎え、真実シェルを我が后にできる」
「……陛下、どうか……」

 透き通った水晶の美しさと単純な造形のせいで、卑猥さや禍々しさは感じられないが、その分冷たさと硬質さが強調されている。しかも、一番大きいものは、今皇帝が手にしているものの五倍は太い。おそらく、皇帝の欲望と同じ大きさに作られている。――喉で扱き、咥えきれないほど育った時の大きさに。
 ただ気まぐれに弄ぶなら、七夜もかけて馴らすことなく欲望を果たせばいい。それを、このように万全に準備し、逃げ場のない状況を整えてから、攫った獲物を引き込み食らおうとしている。
 皇帝は本気だ。今まさに、后狩りが行われている。――北海帝国の皇后を立てる儀式が。
 その事実が、衝撃と恐怖に飽和していたシェルの頭に冷水を浴びせ、正気づかせた。

「名を呼べ。シェルだけに許す。――もう俺を、名で呼ぶ者はいなくなってしまったからな」
「エーヴェルト様。どうか、お許しを……っ」

 皇帝の機嫌を損なわぬよう、言われた通りに従いながら、シェルは必死に訴える。最早恐怖は、男の欲望の対象とされていることではなかった。

「もし、もしも私の体で陛下をお慰めすることができるのでしたら、以前のようにお仕えいたします。ですから、どうぞ後宮ここからお出しくださいませ。男が皇后に立つなど、帝国のみならず、大陸の歴史をひもとくまでもなく前代未聞。尊い陛下の御名に瑕をつけるなど、あまりに恐ろしく、畏れ多く、私には想像すらできないことでございます」
「次に『ございます』と言ったら、馴らしが少々厳しくなるぞ。あと『陛下』もだ。それに箝口布はつけてやったが、逆らう言葉を聞く気はない。后を決めるのは、皇帝の意思のみ。俺が選んだのはお前だ、シェル」

 何故、と問う言葉の前に、唇が降りてくる。
 避けようもなく受けとめるシェルの唇は、紗の面布越しにしっとりと吸い上げられる。かつて、鬱屈を受けとめる役目と知りつつも、その慰撫するようなやさしさに陶酔を覚えてしまったやり方だ。
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