后狩り

音羽夏生

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入宮

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 奉仕を教えられたのは、精通を迎えてしばらくしてからのことだった。
 皇太子に口を吸われた翌朝、汚した下着をこっそり自分で洗いながら、シェルはとてつもない罪悪感に苛まれていた。

(これが、大人になったということなの……?)

 そうだとしたら、自分はとても不敬で罪深い、とシェルは泣きたくなった。昨夜の出来事が――あの妖しい感覚が、この体に変化をもたらしたのなら、畏れ多くも皇太子殿下に、性の扉を開けさせたことになる。

(色っぽい女性や好きな人を思い浮かべると、そうなるって聞いていたのに……)

 後ろめたさに、シェルは数日、皇太子の顔をまともに見られなかった。勿論仕事の間は気を引き締め、支障の出ないようにしていたし、あからさまに視線を外すようなこともしていない。それでも敏い皇太子は、新米侍従の変化に気づいたようだ。
 ある夜、皇太子はシェルを残して、他の侍従たちを下がらせた。皇太子が講義に出掛ける際、ミレニオ国王の甥の立場で共に聴講しているシェルは、復習の相手として呼ばれることが多い。
 その夜も、年配の侍従たちは夜の挨拶をして下がり、一人残されたシェルは緊張していた。他人の負の感情に敏感なせいで、皇太子が苛立ちを隠しているのはすでに察していた。
 二人きりの室内で、布張りの長椅子に体を預けた皇太子は、珍しく疲れたようにこめかみを押さえている。

「――ここ数日、俺を避けているな」
「そのようなことは、決して」

 後ろめたさに、お顔を見られず目を逸らすことはあっても、避けるようなことはしていない。講義のお供を仕り、身の回りのお世話も言いつけられた御用もすべて承り、つつがなく務めを果たしてきたつもりである。
 それでも不審に思われたのは、ひとえに自身の至らなさのせいだ。シェルは自己嫌悪に唇を噛み締め、深々と腰を折った。

「私が至らず、殿下にはご不快な思いを……」
「そんなに俺に触れられるのが嫌だったのか」

 謝罪を遮り、皇太子は冷たく続ける。

「顔もまともに見たくないほど、断りなくお前に口づけた男を許せないか」
「滅相もないことでございます」

 仰天するあまり、謝罪の途中でシェルは顔を跳ね上げた。まさか、未熟な自分の態度が、そのような誤解を招いていたとは。
 申し訳なさに頭をいっぱいにしながら、シェルは言葉に偽りがないことを証明するために、真っ直ぐに皇太子を見つめた。

「殿下がお望みでしたら、触れていただくのに何の支障もございません」
「嫌がる者に無理強いする気はない。だからもう怯えるな」
「あの、本当に嫌ではございません」

 畏れ多くも皇太子の言葉を遮り、シェルは懸命に弁明した。

「殿下に、その、……口を吸っていただいて、私は殿下のお役に立てる体になりました」
「……何のことだ」

 面食らったように、皇太子が長椅子から身を起こす。
 シェルは簡潔に事実を伝えたつもりだったが、受け取り方によっては、男に身を差し出すつもりがあると言っているに等しい。

「先日殿下は、私の結婚相手をお決めくださると仰せになりました。殿下にご都合の良い縁組みがありましたら、いつなりとお役立てください」

 ここ数日、言わなくてはと思いつつ言えずにいた報告ができてほっとするシェルに、立ち上がった皇太子が近付いてくる。
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