天上の梟

音羽夏生

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幕間 琥珀糖の夢

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 ――これなら、必ずお気に召していただけるに違いない。

 その場の侍従全員の一致した見解に、エルマーは心の中で胸を張りながらも、ほっと小さく息をついた。

 梟付きに限らず、皇帝の『影』の存在を知る侍従全員に課せられた宿題は難題であり、これまで誰も成果を上げることはできず、難航していた。
 詳細は知らされていないが、主の安静を保つように医師から指示されて、はや一週間。物静かで図書館や大画廊で過ごすことも好むが、剣士であり体を動かすことの好きな主を、なるべく自室に、難しければ侍従長を供に付けて内宮に、それも無理なら侍従長とさらに侍従と近衛を複数名従わせて外宮に――つまり常に侍従の観察下で皇宮内に留めなければならない。その状況を、当の本人が嫌がり不服を訴えようとも、黙殺しなければならないのだ。

 普段は聞き分けがよく、何一つ我が儘を言わない主だが、人の檻に入れられたようなこの状況は非常に不本意らしく、侍従と目が合えば誰彼構わず「不本意です」「一人になりたい」と眼差しで訴えてくる。
 声に出して不満を言わない奥ゆかしさは、主の可愛らしい素顔が透かし見える美点の一つだ。侍従たちも主が憎くてこのような処置を取っているわけではないと理解しているため、強くは出られないのだろう。
 それでも、この状況に辟易しているのだと訴えずにはいられない。そのせめぎ合いから生まれた唯一の自己主張が、目が合った者をじっと見つめるという、大変罪作りな抗議行動なのだ。

 侍従としての経験が浅く年若いエルマーには、この麗人の縋るような眼差しに抗するのは、非常に困難な苦行だった。
 まず、視線を据えられ凝視されると、その美貌が自身に向けられ固定されることになり、邪な気は皆無でも自然と顔が赤らんでしまう。幻想的な色彩の美しすぎるものを前に、神聖騎士のような克己の修行をしたこともない者が、平常心を保てるわけがなかった。主を溺愛する皇帝に見られたら首が飛びかねない、劇物のように危険な美貌なのだ。
 その上、凪いだ湖面のような青灰色の瞳をひたりと向けられると、人ならざる高位の存在に胸の中を透かし見られているような、後ろめたい心持ちになる。何となくいたたまれなくなり、跪き些細な過ちすらも告白して、赦しを乞いたくなる。

 長年皇家に仕え、鉄壁の平常心を備えた侍従長のヘルムートはさすがに動じることはないが、それでもあまりに無垢で透明な主に、多少の畏怖は感じているようだ。ただそれ以上に、その素直さ、可愛らしさを微笑ましく思っているらしく、このあたりはまだ独身で子供のいないエルマーと、三人の息子の父親であり主より二十も年長のヘルムートの、人生経験の差が出ているのかもしれない。
 その温厚な人柄で主の信頼も厚い侍従長は、穏やかな笑みを浮かべながらエルマーを労った。

「よくこのような珍しいものを見つけましたね、エルマー」
「梟様がお好みになりそうな物を見つけるのは、僕の使命と思っていますので」
「良い心掛けです。梟様は無欲な御方ゆえ、物で無聊をお慰めするのは難しいが、これからも励みなさい」

 基本的に一人で過ごすことを好む主の性格は重々承知しており、その自由な人を籠の鳥のように囲い込むのは非常に心苦しい。それは侍従一同の思いであり、しかし皇帝の意向と医師の指示は絶対だった。
 特に、皇帝の寝室で主の身に起きた異常を知るヘルムートは、今はとにかく安静に、心穏やかに過ごしていただかねば、という揺るぎない一心で主に仕えている。ただ、その対応が主の重荷となっては本末転倒であり、こうして侍従一同の知見を結集して、少しでも慰めとなるものを探してきた。
 しかしそれは、世俗の欲が一切ない主を相手とする、果てしない挑戦でもあった。

 すでにこれまで、想い人の心を掴もうと、皇帝があらゆる名品、珍品を帝国中から集めては梟の前に積み上げてきた。名高い流浪の楽団をわざわざ呼び寄せ、帝都で評判の劇団を召し出し、梟のためだけに舞台を設えさせもした。
 しかし梟は何も喜ばず、受け取ろうともしなかった。皇帝に肩を抱かれながら伴われた宮殿内劇場では、見事に舞台を務めた演者たちに惜しみない拍手を贈ったが、ただ礼儀からの行動に過ぎず、氷の無表情がほころぶことはなかった。何故このようにやたら与えられるのかと戸惑ってさえいるようだった。

 過去に唯一、梟の心を動かしたもの。
 それは、幼くして神殿に送られることなく貴族として生きることができていたら、珍しくもなかったはずのもの。特に高価でもなく、町でも手に入れられるもの。
 そして図らずも、皇宮の『光』と『影』の距離を縮め、そののち深い亀裂をもたらしたものだった。

(せっかく見つけたこれを、マカロンの二の舞にしてならない)

 梟の興味を引き、その様子が皇帝の心を蕩かし――そして引き裂いた、罪作りな焼き菓子。
 それ自体に非があったわけではないが、寄り添う二人の心が少しも重ならないことを露呈し傷つけ合うきっかけとなったことで、それ以降皇帝の私室にマカロンが置かれることはなくなった。
 しかし、あの小さな菓子を初めて目にした時の梟は子供のように驚き、好奇心を露わにして厨房にまで足を運んだのだ。自ら何かを望むということをしない梟の珍しい行動に、侍従は勿論のこと、皇帝も大いに喜び、想い人の望みはすべて叶えるよう、改めて言を重ねて侍従に命じたほどだった。

 エルマーが見つけてきたこれも、マカロンに劣らず梟の目を引くに違いない。あの時のように純粋な好奇心を満たし、今置かれている窮屈な状況を少しでも忘れる一助となればいい。そのきっかけとなり得る珍しい物を、最大限有効に活用するためには、入念な準備と根回しが必要だ。
 ヘルムートはエルマーを呼び寄せ何事か相談すると、そのまま厨房へと使いに走らせた。
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