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傷
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梟付きの侍従長ヘルムートは、職業柄感情を表に出さないのが常だが、この時間は特に努めて表情筋を動かさないように己を律していた。
この時間――皇帝との過度の情交に疲労し、動くこともできずに寝椅子に身を預けぼんやりしている梟の側に控え、少しでも気が晴れるように努めるという、ヘルムートの職務の中で最も慎重さを要するひとときだ。
ヘルムート以上に感情が表に出ない梟だが、皇帝の無体な振る舞いに悲嘆に暮れていることは、一年近く側に仕えてきたヘルムートには、手に取るようにわかった。
皇帝が、公にはできない最愛の伴侶を皇宮に住まわせるようになったのは、十ヵ月ほど前。皇帝付き、梟付き侍従共通の問題として、それは早い時期に浮上した。
――御寵愛がしばしば過多である、という由々しき事態。
その寵愛を一身に浴びる梟という名の美貌の青年は、正式に迎えられる以前から皇宮に仮住まいし、皇帝の代理人として『四神の近衛』の要、『青龍』候補と手合わせをした元神聖騎士だった。
皇宮とはいっても、皇族の住居からは遠く隔たった一般客室を宛がわれた一騎士に、専属の世話係として皇帝の侍従が派遣され、毎夜皇家の秘薬を部屋に焚くように指示された時点で、皇帝の執心は明らかだった。
事実皇帝は、仮住まいの約四ヵ月半、ほぼ毎夜梟の客室に通い続けた。最初の二ヵ月は様子を見に足を運んだだけのようで、一刻も経たずに自室へ戻っていたが、一度腕に抱いてからは箍が外れたかのように梟を求め、朝まで戻ることはなかった。
それでも当時は、梟はあくまで皇帝の代理人として模擬試合を請け負う身であり、その妨げになるほどの情交を強いられていたわけではなかった。しかし皇帝の『影』となり、仮ではなく皇宮に住まう身となった今、皇帝の寵愛の枷となるものは消えてなくなった。
三年前に執心の神聖騎士を逃して以来、安寧を失っていた陛下の御心もこれで鎮まり落ち着かれるだろうと、主の苦悩に心を痛め時に振り回されてきた侍従も近衛も、一様に安堵した。
しかしそれは思い違い――皇帝の執着に対する、甘い見込み違いに過ぎなかった。
「そなたら側仕えは、余にするように梟に仕えよ。万が一にも軽んじたり粗略に扱うことあれば、命はないと思え」
近衛が、替え玉として玉座に座る侍従が目撃した、淫虐極まる苛烈な『躾』。
乱れても美しく、その悲痛で哀れな様でその場の者すべての目を奪った若者は、恥辱と絶望、そして深すぎる悦楽の果てに気を失った。
荒淫に青ざめ涙に濡れた頬に何度も唇を押し当て、手ずから湯殿へ運び後始末をし、寝間着で包んで寝台に寝かせ、気がつくまで側を離れなかった皇帝は、寝室から出てきた時、控える一同にそう言い放った。
「その上で、梟の望むように側におれ。梟が友を望めば友のように、師を望めば師のように、壁を作らず居心地の良い相手となり、そなたらに懐くように仕向けよ。皇宮の窮屈な規則に、梟を押し込めようとするな。すべて梟の望むままに――しかし決して逃がしてはならぬ。そなたらに懐かせるのも、梟を我が手に留める人質とするため。くれぐれも心得違いをするでないぞ」
愛しい者を捕らえただけでは満たされない、根深い執着が滲む言葉に、一同は黙したまま、ただただ畏った。
命じられるまでもなく、梟は至上の主となった。
当初は、人馴れしない頑なな態度と、氷のように感情を表さない美貌に、気位が高く扱いにくい人物なのかと思われた。しかしそれは、寡黙で思慮深い人柄である上に、若さに似合わぬ静かな諦観を身につけており、その結果として無表情で謎めいて見えるのが常であるということが、ほどなくわかった。
それゆえに、常にはないちょっとした感情の発露が、いちいち新鮮で際立って映る。冴え冴えと冷たい美貌と、作意のない仕草の落差が激しい分、その威力が増すのだ。時に垣間見せる素の顔は可愛らしいの一言に尽き、仕える者たちは勿論、殊に梟を掌中の珠と愛でる皇帝の傾慕はいや増すばかりだった。
頑なと思われた態度も、神聖騎士由来の礼儀正しさの裏返しであり、梟が側に仕える者に慣れ、戸惑いながらも彼らの忠誠を受け入れてからは、随分和らいでいる。
今でも侍従には敬語を使い、皇帝の眉をひそめさせているが、剣の相手を務める近衛たちには、かつて神聖騎士団を率いていた者として命じることにも抵抗がないようで、対等に話し、陣形などを指図することにも慣れていた。
皇帝の最愛の伴侶、『影』としてどんな贅沢も望むままに叶えられる尊き身でありながら、一切の我が儘を言わず、誰に対しても奢ることなく、皇宮に迎えられても質素な暮らしを望む梟は、侍従にも近衛にも、心からの忠誠を捧げるに値する、この上なき大切な主だった。
その主を傷つけ美貌を憂いに曇らせるのが、もう一人の至高の主の深すぎる寵愛であることが、ヘルムートを悩ませていた。
夜の営みについて、梟に強いためらいがあることは明らかだった。大人しく侍従に従い皇帝の寝室を訪れながらも、できれば自室で寝みたい、同じ寝台で眠ることを避けられないなら、ただ大人しく体温を感じるだけで済ませたいと願っているのがありありとわかるほど、毎夜緊張に身を固くしていた。
美貌とはいえ男であり、かつては厳しい戒律に縛られた神聖騎士でもあったのだ。皇帝の『影』となることを受け入れても、男に組み伏せられ支配されるのは、認めがたいことなのだろう。それに皇帝の寵愛は時に度を超えて著しく、精神面はもとより、肉体面でも梟を大いに消耗させることが度々あった。
溺愛が行き過ぎて無理をさせるならまだしも、懲罰のように快楽で痛めつけられ抱き潰された時、翌日の梟の表情は常にも増して硬く、不敬と知りながらもヘルムートは皇帝に対して舌打ちしたくなる。
ようやく手に入れた愛する人に、どうして傷つけるやり方でしか、気持ちを伝えられないのかと。
「梟様、少しお話をいたしましょうか」
淹れ直した茶に焼き菓子を添えて、寝椅子のすぐ横に設えたテーブルを整えると、ヘルムートはぼんやりと外を眺める梟に声を掛けた。
皇宮は今日、異国の賓客を迎えており、楽隊の奏でる歓迎の調べがこの部屋にも微かに届いている。梟も、表には姿を見せないまでも、皇宮の警備体制を再点検する良い機会と、近衛とは別れて警備に参加する予定だった。皇帝の『影』に相応しい任務、と気を引き締めつつ心待ちにしていた梟から、その活躍の機会を奪ったのは、皇帝に強いられた過剰な情交だった。
「まずは、思い違いをなされませんように、常にお心に留めていただきたいことをお伝えいたします。陛下のお気持ちは揺るぎなく、一途に梟様に向けられております。この点、何がありましてもお疑いなきよう」
ヘルムートの重々しい口調に、梟は曖昧に頷いた。
蜻蛉の強い執着が自分に向けられていることは知っている。そうでなければ、闇夜の襲撃に始まる、執拗で執念深く、人手と時間を要する面倒な真似をすることはないだろう。
蜻蛉が自分に向けてくるものは、時にとてもやさしく、あたたかい。時に理解が及ばないほど突拍子もなく、腐熟した果物のように爛れて甘い。そして時に冷酷で、身も心も踏みにじる。その無秩序さが梟を混乱させる。
昨夜の交わりは、無秩序さの極みのようなものだった。
強引に湯殿での前戯に興じ、何がきっかけとなったのか、途中からこの上なく甘く――しかし容赦なく梟を啼かせた。事後に連れ込まれた湯殿では、この屈辱に耐えればようやく終わると安堵する梟を嘲笑うかのように、湯の中でまた貫き、寝室でもう何も出ないほど搾り取られていた梟は、肉筒の中で味わう終わりのない絶頂に狂わされた。
そしてまた、痙攣を繰り返すばかりの力ない体を湯殿の床に組み伏せられ、唇と舌で肉筒を犯されたのだ。
梟が嫌がると知りながら強いられた前戯。気に障る言い方をして梟の反論を封じ、体で従わせようとした。甘い言葉を囁きながらも、時に酷薄な笑みを浮かべて梟を淫楽の極みに追い詰め、抵抗もできないほど蕩かされた体をさらに貶めるように、寝室から運ばれた湯殿でも犯され、口淫で肉筒を嬲られた。
あまりにも梟の尊厳を踏みにじる行為と、その結果として梟の存在意義、『影』としての任務を奪われた事実に、梟の心はかつてないほど疲弊し、消耗していた。
それが表に出ていたのだろう。
茶菓を勧めてくれた侍従長は、柔和な顔を痛々しそうに歪め、その場に膝をつくと頭を垂れた。
「陛下がご幼少の折より三十年ほどお仕えしてまいりましたが、これほど御心を乱され――正直申し上げて、格好のつかぬ振る舞いをなさる陛下を拝見するのは、初めてでございます。長年教育係として御側におりました者として、梟様には面目次第もございませぬ」
二十も年上の壮年の男性、しかも慣れない皇宮での生活を細やかに支えてくれ、皇宮の作法の師でもあるヘルムートに深々と頭を下げられ、梟は再び陥りかけていた虚無感から無理矢理引き上げられた。
「頭を上げてください、ヘルムート。あなたが詫びる必要はありません」
自分の抱える痛みは横に置き、懸命に取り成す梟のやさしさに、ヘルムートの罪悪感は増すばかりだった。この謝罪は、勿論ヘルムートの衷心より発したものだったが、皇帝の策略でもあったからだ。
梟は知らない。
梟が皇宮での暮らしに慣れ始めた頃、狡猾なる皇帝は、ヘルムートに聞こえるようにこう呟いたのだ。
「神聖騎士の心得に従い、余の側を離れぬと誓約はしたが――。友であり師であるそなたらを盾にすれば、心やさしき梟は逃げることもできまい」
――二度とは逃さぬ…!
猛々しくも悲痛な咆哮が、聞こえたような気がした。
神聖騎士の誓約は命を懸けて行われるもので、その重さゆえに軽々には成されないと聞く。その誓約を手に入れておきながら、心からは信用しておらず、皇帝は梟を囲い込むために幾重にも罠を張り巡らせている。
その呆れるほど執念深い計謀を、梟を見失っていた三年間の皇帝の苦悩を知るヘルムートは、愚行であると諫めることができない。また皇帝も、あの場に居合わせた者を、梟を皇宮に縛り付ける共犯者と捉えている節があった。
梟が皇帝の『影』となって約一年。
傷つけてまで捕らえ、歓喜し、しかしそれほど執着する者に逃げられた悲憤の中生まれた皇帝の傷は、『影』として梟を捕らえた今も癒えることなく血を流し、その闇を広げていた。
この時間――皇帝との過度の情交に疲労し、動くこともできずに寝椅子に身を預けぼんやりしている梟の側に控え、少しでも気が晴れるように努めるという、ヘルムートの職務の中で最も慎重さを要するひとときだ。
ヘルムート以上に感情が表に出ない梟だが、皇帝の無体な振る舞いに悲嘆に暮れていることは、一年近く側に仕えてきたヘルムートには、手に取るようにわかった。
皇帝が、公にはできない最愛の伴侶を皇宮に住まわせるようになったのは、十ヵ月ほど前。皇帝付き、梟付き侍従共通の問題として、それは早い時期に浮上した。
――御寵愛がしばしば過多である、という由々しき事態。
その寵愛を一身に浴びる梟という名の美貌の青年は、正式に迎えられる以前から皇宮に仮住まいし、皇帝の代理人として『四神の近衛』の要、『青龍』候補と手合わせをした元神聖騎士だった。
皇宮とはいっても、皇族の住居からは遠く隔たった一般客室を宛がわれた一騎士に、専属の世話係として皇帝の侍従が派遣され、毎夜皇家の秘薬を部屋に焚くように指示された時点で、皇帝の執心は明らかだった。
事実皇帝は、仮住まいの約四ヵ月半、ほぼ毎夜梟の客室に通い続けた。最初の二ヵ月は様子を見に足を運んだだけのようで、一刻も経たずに自室へ戻っていたが、一度腕に抱いてからは箍が外れたかのように梟を求め、朝まで戻ることはなかった。
それでも当時は、梟はあくまで皇帝の代理人として模擬試合を請け負う身であり、その妨げになるほどの情交を強いられていたわけではなかった。しかし皇帝の『影』となり、仮ではなく皇宮に住まう身となった今、皇帝の寵愛の枷となるものは消えてなくなった。
三年前に執心の神聖騎士を逃して以来、安寧を失っていた陛下の御心もこれで鎮まり落ち着かれるだろうと、主の苦悩に心を痛め時に振り回されてきた侍従も近衛も、一様に安堵した。
しかしそれは思い違い――皇帝の執着に対する、甘い見込み違いに過ぎなかった。
「そなたら側仕えは、余にするように梟に仕えよ。万が一にも軽んじたり粗略に扱うことあれば、命はないと思え」
近衛が、替え玉として玉座に座る侍従が目撃した、淫虐極まる苛烈な『躾』。
乱れても美しく、その悲痛で哀れな様でその場の者すべての目を奪った若者は、恥辱と絶望、そして深すぎる悦楽の果てに気を失った。
荒淫に青ざめ涙に濡れた頬に何度も唇を押し当て、手ずから湯殿へ運び後始末をし、寝間着で包んで寝台に寝かせ、気がつくまで側を離れなかった皇帝は、寝室から出てきた時、控える一同にそう言い放った。
「その上で、梟の望むように側におれ。梟が友を望めば友のように、師を望めば師のように、壁を作らず居心地の良い相手となり、そなたらに懐くように仕向けよ。皇宮の窮屈な規則に、梟を押し込めようとするな。すべて梟の望むままに――しかし決して逃がしてはならぬ。そなたらに懐かせるのも、梟を我が手に留める人質とするため。くれぐれも心得違いをするでないぞ」
愛しい者を捕らえただけでは満たされない、根深い執着が滲む言葉に、一同は黙したまま、ただただ畏った。
命じられるまでもなく、梟は至上の主となった。
当初は、人馴れしない頑なな態度と、氷のように感情を表さない美貌に、気位が高く扱いにくい人物なのかと思われた。しかしそれは、寡黙で思慮深い人柄である上に、若さに似合わぬ静かな諦観を身につけており、その結果として無表情で謎めいて見えるのが常であるということが、ほどなくわかった。
それゆえに、常にはないちょっとした感情の発露が、いちいち新鮮で際立って映る。冴え冴えと冷たい美貌と、作意のない仕草の落差が激しい分、その威力が増すのだ。時に垣間見せる素の顔は可愛らしいの一言に尽き、仕える者たちは勿論、殊に梟を掌中の珠と愛でる皇帝の傾慕はいや増すばかりだった。
頑なと思われた態度も、神聖騎士由来の礼儀正しさの裏返しであり、梟が側に仕える者に慣れ、戸惑いながらも彼らの忠誠を受け入れてからは、随分和らいでいる。
今でも侍従には敬語を使い、皇帝の眉をひそめさせているが、剣の相手を務める近衛たちには、かつて神聖騎士団を率いていた者として命じることにも抵抗がないようで、対等に話し、陣形などを指図することにも慣れていた。
皇帝の最愛の伴侶、『影』としてどんな贅沢も望むままに叶えられる尊き身でありながら、一切の我が儘を言わず、誰に対しても奢ることなく、皇宮に迎えられても質素な暮らしを望む梟は、侍従にも近衛にも、心からの忠誠を捧げるに値する、この上なき大切な主だった。
その主を傷つけ美貌を憂いに曇らせるのが、もう一人の至高の主の深すぎる寵愛であることが、ヘルムートを悩ませていた。
夜の営みについて、梟に強いためらいがあることは明らかだった。大人しく侍従に従い皇帝の寝室を訪れながらも、できれば自室で寝みたい、同じ寝台で眠ることを避けられないなら、ただ大人しく体温を感じるだけで済ませたいと願っているのがありありとわかるほど、毎夜緊張に身を固くしていた。
美貌とはいえ男であり、かつては厳しい戒律に縛られた神聖騎士でもあったのだ。皇帝の『影』となることを受け入れても、男に組み伏せられ支配されるのは、認めがたいことなのだろう。それに皇帝の寵愛は時に度を超えて著しく、精神面はもとより、肉体面でも梟を大いに消耗させることが度々あった。
溺愛が行き過ぎて無理をさせるならまだしも、懲罰のように快楽で痛めつけられ抱き潰された時、翌日の梟の表情は常にも増して硬く、不敬と知りながらもヘルムートは皇帝に対して舌打ちしたくなる。
ようやく手に入れた愛する人に、どうして傷つけるやり方でしか、気持ちを伝えられないのかと。
「梟様、少しお話をいたしましょうか」
淹れ直した茶に焼き菓子を添えて、寝椅子のすぐ横に設えたテーブルを整えると、ヘルムートはぼんやりと外を眺める梟に声を掛けた。
皇宮は今日、異国の賓客を迎えており、楽隊の奏でる歓迎の調べがこの部屋にも微かに届いている。梟も、表には姿を見せないまでも、皇宮の警備体制を再点検する良い機会と、近衛とは別れて警備に参加する予定だった。皇帝の『影』に相応しい任務、と気を引き締めつつ心待ちにしていた梟から、その活躍の機会を奪ったのは、皇帝に強いられた過剰な情交だった。
「まずは、思い違いをなされませんように、常にお心に留めていただきたいことをお伝えいたします。陛下のお気持ちは揺るぎなく、一途に梟様に向けられております。この点、何がありましてもお疑いなきよう」
ヘルムートの重々しい口調に、梟は曖昧に頷いた。
蜻蛉の強い執着が自分に向けられていることは知っている。そうでなければ、闇夜の襲撃に始まる、執拗で執念深く、人手と時間を要する面倒な真似をすることはないだろう。
蜻蛉が自分に向けてくるものは、時にとてもやさしく、あたたかい。時に理解が及ばないほど突拍子もなく、腐熟した果物のように爛れて甘い。そして時に冷酷で、身も心も踏みにじる。その無秩序さが梟を混乱させる。
昨夜の交わりは、無秩序さの極みのようなものだった。
強引に湯殿での前戯に興じ、何がきっかけとなったのか、途中からこの上なく甘く――しかし容赦なく梟を啼かせた。事後に連れ込まれた湯殿では、この屈辱に耐えればようやく終わると安堵する梟を嘲笑うかのように、湯の中でまた貫き、寝室でもう何も出ないほど搾り取られていた梟は、肉筒の中で味わう終わりのない絶頂に狂わされた。
そしてまた、痙攣を繰り返すばかりの力ない体を湯殿の床に組み伏せられ、唇と舌で肉筒を犯されたのだ。
梟が嫌がると知りながら強いられた前戯。気に障る言い方をして梟の反論を封じ、体で従わせようとした。甘い言葉を囁きながらも、時に酷薄な笑みを浮かべて梟を淫楽の極みに追い詰め、抵抗もできないほど蕩かされた体をさらに貶めるように、寝室から運ばれた湯殿でも犯され、口淫で肉筒を嬲られた。
あまりにも梟の尊厳を踏みにじる行為と、その結果として梟の存在意義、『影』としての任務を奪われた事実に、梟の心はかつてないほど疲弊し、消耗していた。
それが表に出ていたのだろう。
茶菓を勧めてくれた侍従長は、柔和な顔を痛々しそうに歪め、その場に膝をつくと頭を垂れた。
「陛下がご幼少の折より三十年ほどお仕えしてまいりましたが、これほど御心を乱され――正直申し上げて、格好のつかぬ振る舞いをなさる陛下を拝見するのは、初めてでございます。長年教育係として御側におりました者として、梟様には面目次第もございませぬ」
二十も年上の壮年の男性、しかも慣れない皇宮での生活を細やかに支えてくれ、皇宮の作法の師でもあるヘルムートに深々と頭を下げられ、梟は再び陥りかけていた虚無感から無理矢理引き上げられた。
「頭を上げてください、ヘルムート。あなたが詫びる必要はありません」
自分の抱える痛みは横に置き、懸命に取り成す梟のやさしさに、ヘルムートの罪悪感は増すばかりだった。この謝罪は、勿論ヘルムートの衷心より発したものだったが、皇帝の策略でもあったからだ。
梟は知らない。
梟が皇宮での暮らしに慣れ始めた頃、狡猾なる皇帝は、ヘルムートに聞こえるようにこう呟いたのだ。
「神聖騎士の心得に従い、余の側を離れぬと誓約はしたが――。友であり師であるそなたらを盾にすれば、心やさしき梟は逃げることもできまい」
――二度とは逃さぬ…!
猛々しくも悲痛な咆哮が、聞こえたような気がした。
神聖騎士の誓約は命を懸けて行われるもので、その重さゆえに軽々には成されないと聞く。その誓約を手に入れておきながら、心からは信用しておらず、皇帝は梟を囲い込むために幾重にも罠を張り巡らせている。
その呆れるほど執念深い計謀を、梟を見失っていた三年間の皇帝の苦悩を知るヘルムートは、愚行であると諫めることができない。また皇帝も、あの場に居合わせた者を、梟を皇宮に縛り付ける共犯者と捉えている節があった。
梟が皇帝の『影』となって約一年。
傷つけてまで捕らえ、歓喜し、しかしそれほど執着する者に逃げられた悲憤の中生まれた皇帝の傷は、『影』として梟を捕らえた今も癒えることなく血を流し、その闇を広げていた。
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