天上の梟

音羽夏生

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「ああぁんっ……」

 高い啼き声に、梟は我に返った。
 湯殿から寝台に場所を移し、蜻蛉を受け入れ揺さぶられるうちに、意識が飛んでいたらしい。あられもない嬌声を上げて自分が極めたことを知り、梟は羞恥のあまり敷布を握り締めた。

 いつの間にか、うつ伏せで腰だけを高く掲げた卑猥な姿で、後ろから蜻蛉に貫かれていた。腰を掴む男の手は時折背にすべり、その大部分を覆う傷を撫で回し、確かめるように指先で辿っている。
 目に入るものは白い敷布だけで、嫌でも後ろの感覚に集中させられるこの形が、梟は苦手だった。今まさに男を咥え込み犯されていることを、まざまざと感じさせられるからだ。
 蜻蛉も、乱れる梟の表情を何一つ取りこぼすことなく味わうため、顔を合わせる体位を好むが、背の傷を嬲りながら、敷布を掴んで耐える梟を堪能するため、後ろから貫き――苛むのも好んだ。

「余はまだ達しておらぬのに、そなたは何度も果てて、挙句気を飛ばしておったな…。そろそろ余を楽しませてはどうだ」

 梟が短い自失から覚めたことに気づき、意識がない間も湯と口淫にとろけた肉筒を責め立てていた蜻蛉は、梟の乱れ様に満足しつつも揶揄する。掛けられた言葉に、敷布に顔を埋めたまま梟はどうすることもできない。

 神聖騎士として無垢なる身を神に捧げて生きてきた梟には、蜻蛉に抱かれる以外の情交の経験はない。寝台での振る舞いは、口づけの間の息継ぎ等、蜻蛉に教えられたこともあるが、手垢の付かない初々しさを愛でる蜻蛉は、性技の類を一切仕込まなかった。
 唯一、あの『躾』で教え込まれたことだけが、梟の持つ手管と言えるものだが、意識しなくても貪欲な肉筒に刷り込まれ、今もそこは咥え込んだ雄に淫らに絡みついている。
 蜻蛉と肌を重ねるたびに、罪悪感と自己嫌悪に蝕まれている梟としては、ねやでの作法など何も覚えたくなく、知りたくもなかった。心に傷を重ねながら受け入れているこの行為を、蜻蛉が気に入らないというなら、今すぐ体を離し、寝室を分けてくれればいい。

 蜻蛉の正体を告白され、病的な執着に囚われたあの日。
 この男からは逃げられないと悟りながらも、犬のように従うなど矜持が許さなかった。それでもここまで譲歩しているのは、『影』としての、梟の精一杯の献身なのだ。

「抱かなければ、いい」

 鋭い突き上げに乱れる呼吸の中、梟は呟いた。

「何…?」
「気に入らないなら、離し……ひいっ、あああぁぁっ!」

 繋がったまま、突然体を返された。深々と咥え込んだ長大な男根に、脆い内襞をねじりながらしたたかに擦り上げられ、悲鳴が迸る。凄まじい快感に、達したばかりの前はゆるく勃ち上がり――梟は中で極めていた。
 かくん、かくんと痙攣する細い体に重なるように身を伏せ、蜻蛉は愛おしそうに両の手で梟の頬を包んだ。しかしその瞳は深い執着にひかっている。
 
「…楽しませよというのは戯言だ。余をこれほど骨抜きにしておきながら、よくもそのような可愛い憎まれ口を叩けるものよ」
「あ、あう、あっ、……はあっ、んんっ!」
「手放せるものならば、初めから手に入れてなどおらぬ…」

 絶頂を極めてきつく収縮する肉筒の締め付けを味わいながら、縋りつく肉襞を振り切るように蜻蛉が奥を抉る。まだ痺れるような悦楽の中に取り残されている梟は、畳み掛けるような愛技に、溢れる嬌声を堪えることができなかった。

 毒のような快楽に思考を蝕まれながらも、これ以上、新たに何かを求められなかったことにほっとする。もう何も残っていないのだと、求められても応えられないのだと訴えるように、無意識のうちに握った拳で、伸し掛かる男の胸を押し返そうとしていた。
 その、子供がむずかるような仕草が、蜻蛉の心を爪弾いたらしい。梟の左手を掴み、開かせると、自分の頬に押し当てすり寄せる。その穏やかな甘い愛撫とは裏腹に、梟を犯す雄は熱くみなぎり、狭い肉筒をみちみちと押し拡げ始めた。

「あ、あ、……もう、これ以上は……っ」
「そのようにいつまでも馴れぬ様、初々しく可愛らしいが…それも過ぎるとこうして酷くされるのだと、いつになったら学ぶのだ…?」
「んうっ、ああ、あっ、……あああぁぁっ」

 いとけない媚態で男を煽った罰だと、常になくたぎり太く長く変容した怒張で、手加減なく肉筒を隅から隅まで抉られた。
 先端だけを残して雄を一気に引き出され、内臓までも引き摺り出されそうな恐怖と隣り合わせのおぞましい快感に、生理的な涙がにじむ。ぎりぎりまで抜かれた雄を奥まで突き入れられ、肉筒に潜むいくつもの快楽の種が喜んで芽吹き根を張り巡らせる。梟の体の自由を奪い、快楽の下僕しもべへと仕立てるために。

「はっ、ん、んうっ、あ、あぁっ、あっ、ああぅっ」

 壊されるのではないかと怯えるほど、蜻蛉の律動は激しさを増していく。声を堪えるとさらにつらく、雄の動きに合わせて押し出される喘ぎを、もう止めることができない。
 その淫らさに耐えかね、梟は弱々しく訴えた。

「か、げろ、……はや、早く、終わって……ああっ!」
「そのようなことを言われて、奮い立たぬ者は男ではないぞ…!」

 さらに苛烈さを増す抽送に、梟はもう何も言えなくなる。あとはもう、火がついた蜻蛉の好きに貪られるだけだった。
 深すぎる悦楽に飲み込まれ、梟の眼差しは茫洋と宙を漂う。自分の喉が奏でる妖しい嬌声も、他人事のように遠かった。ただ、頬を伝う涙の滴の動きだけは、妙に鮮やかに意識に残っていた。

 驚異的な忍耐力と持続力を誇る蜻蛉の雄に翻弄され、がくがくと揺さぶられるままだった梟は、頭上の男の短い呻きと、体内をしとどに濡らす熱い感触に、ようやく終わりの時が訪れたことを知った。
 そして、最奥に出された蜻蛉の精に感じ、自分も何度目かの精をこぼしてしまったことも。

「あ、あ、……あぁ……」

 男の精を体の奥に浴び、それに感じて達するなど、この体の罪深さには底がないのだろうか。
 絶頂の余韻に胸を喘がせながら悲嘆に暮れる梟の、力を失った雄芯に、蜻蛉の手が伸ばされた。

「余に出されて…感じて果てたのか…?」
「…やっ、触るなっ」

 達した直後の敏感な状態で、いじられるのはつらい。白濁に濡れた雄芯を確かめるようにぬるぬると撫でられ、身を捩って逃げようとした梟は、ぎくりと動きを止めた。
 身を捩ろうにも、体内にはまだふてぶてしい蜻蛉の雄が留まっている。そして果てたばかりのはずのそれは、精を放っても殆ど衰えることなく、今また硬さを増しつつあった。

「ど、して……」
「余の子種で極めるとは…。可愛気のない口とは裏腹の素直さ、…どうしても余を惑わせたいか」

 梟の精で濡れた手を、蜻蛉は見せつけるように舐め上げた。その淫靡な仕草に、呼応するように肉筒がきゅんと収縮し、咥え込んだ雄を誘うように締め付ける。
 その媚態に感じ入ったように、蜻蛉は熱い吐息を零した。

「この艶姿あですがた、まこと性質たちの悪い…強烈な媚薬よ…」

 体内の雄が、ゆるゆると浅い律動を再開する。溢れるほど注がれた白濁が、いやらしい水音を立てながら泡立ち、蕾と雄の隙間から洩れ出てくる。
 終わりが遠のいたことを察し、青ざめる梟の唇がわななく。何度も吸われ色づいたそれを啄みながら、男はやさしく――むごいことを囁いた。

「今宵は長くなると覚悟せよ」
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