4 / 39
傷
(4)
しおりを挟む
蜻蛉の腕に捕らえられて以来、梟の夜は、罪悪感と自己嫌悪、そして羞恥と諦念に彩られていた。それに、滴るような毒と甘さが落とされ、惑乱の中飲み込まされるのが、皇帝の寝室で行われる情交だった。
約一年前のあの日から今日に至るまで、この行為は、梟を傷つけ続けている。
最初の手酷い強姦では、体内の肉を裂かれ血を流した。
騎士として過ごした年月で、痛みには慣れたつもりでいたが、体の中を抉られ裂かれる感覚は、皮膚や筋肉といった体の表面を傷つけられる痛みとは、まったく異質なものだった。体の奥に他人の肉を突き立てられ、がつがつと嬲られるのは、脳を直接揺さぶられるような衝撃がある。悪霊の仕業と思い込んでいた、身動きもできない状況も重なり、未知への恐怖にただただ屈服するしかなかった。
それ以降の夜には、一つ一つ快楽の種を植え付けられ、芽吹いた自身の淫奔さに振り回されて絶望し、心を引き裂かれている。どうしても認め難い、理性では制御できないその種は、蜻蛉との夜を重ねるたびに増えていく。罪悪感と自己嫌悪も、澱のように降り積もり、層を作って折り重なっていく。
そうして傷つきながら、それでも徹底的に拒めないのは、それを許さない蜻蛉の固い意思と、夜伽を『影』の務めとして梟の一日を管理する侍従に囲まれた環境、そして扇屋の主の言葉のせいだった。
あの『躾』は、初歩の初歩だと言っていた。まだ先があり、蜻蛉もそのことを知っていると。
梟の矜持を徹底的に打ち砕き、貶め、できることなら命を断ちたいとまで願った、あの残酷で淫らな罰。大概のことは諦め、受け流して生きてきた梟ですら、飲み込まれのたうち回り、なす術もなく操られ這いつくばらされた。
自分を、意思のない淫蕩な肉の人形のように感じた。あの、心を折られる惨めな思いは、二度としたくない。
日々の求めに応じることで、逆鱗に触れることを避けられるなら――。
そう思うと、背徳感に苛まれながらも、抱き寄せる腕に本気で抗うことができなかった。それに素直に身を任せていれば、蜻蛉はあの恐ろしい深い闇をたたえた眼で梟を射抜くこともなく、行為もやさしく一度で終えてくれる傾向があった。
普段の蜻蛉は、朗らかで落ち着いた大人の男であり、彼に仕える者たちは心から主に忠誠を誓い、己の使命に誇りを持っていることが、傍から見ていてもよくわかった。
為政者としても、他国との武力衝突を避け、内政に力を入れ農業のみならず商工業も奨励し、国力を上げ国民の生活水準の向上を図る施策は、国民の支持も高く、三十代半ばの若さながら名君と呼ばれて久しい。
その優れた人物が、皇帝の地位にある男が、梟に関することだけは常軌を逸した行動を取り、昏い執着で追い詰めてくる。
背を斬りつけてまで手元に留めようとした者が、消えたことで生まれた焦燥なら、梟が側にいることで解消されるものと思っていた。それなのに、蜻蛉の執心は収まるどころか、時間が経つにつれ酷くなっているような気がする。
自分の中の何が、それほど蜻蛉の気に触るのか、梟にはわからなかった。そして、それほど自身を苦しめる存在を蜻蛉が側に置き、離そうとしないことも。
蜻蛉の中に潜む闇を払う術を、梟は持たない。それでも『影』として、その闇を鎮めるためにできることを、梟は考え続けていた。この身を抱くことで『光』である蜻蛉を慰めることができるなら、と自分の中で増えていく傷にも目を瞑った。
消極的であり、また心に痛みを負うが、身を任せることが、蜻蛉との関係を穏やかに保つ手段だったのだ。
しかし最近、それは変わりつつあった。
背を斬りつけてまでこの身を帝都に留め、神聖騎士団から引き離し、逃れた後も追い続け、ついには捕らえ縛り付けるその執着が、今、梟――もしくは、かつて神聖騎士であったユリウスという人間の何に向けられているのか、梟はわからずにいた。
体だけなら、もう十分に奪われ貪られ、時に自らのものではないように感じるくらい、すっかり籠絡されている。蜻蛉の熱い吐息を首筋に感じるだけで、腰が抜けるような痺れが生まれ、身動きできなくなるまでに手懐けられてしまっている。
その事実に打ち拉がれ、できれば寝室も分けたい梟を知りながら許さず、毎夜腕の中に囲いながら、それでも蜻蛉は満足していないように見えた。
差し出せるものは、すべて差し出しているというのに。
生きていく上で必要なことはすべて、蜻蛉の望むままに委ねた。扇屋を離れ、皇宮に部屋と職を与えられ、余暇として与えられた以外の時間のすべてを、蜻蛉の指示に従い過ごしている。
何より、神の御名に懸けて、蜻蛉が望む限りその側にいることを、神聖騎士の厳格な戒律に則り誓約した。――破ることがあれば、自らの剣を首に押し当て掻き切る覚悟で。
出会い頭に自由を奪われて以来、体を奪われ、かつて神聖騎士団筆頭騎士であった力も生殺与奪の権すらも委ねて、これ以上自分には何も残っていないと思うのに、蜻蛉は時にあの昏い目をして、梟を揺さぶるように欲し、責め苛む。その尽きない欲に翻弄され、あまりのつらさに酷いと訴えれば、酷いのは梟の方だと詰り、さらに過酷な責めを与えられる。
あのマカロンを作った日、扇屋に帰れなくなるほど徹底的に凌辱された夜から、その頻度は増していた。
これまで差し出してきたものだけでは足りない。
口に出して言われたわけではないが、そう蜻蛉に迫られているような気がする。そして思考は堂々巡りに陥るのだ。差し出せるものは、すべて差し出しているのに、と。
仄暗い執着を剥き出しにして追い詰めるくらいなら、何を望んでいるのか、言葉にしてほしかった。課題を与えられれば取り組めるし、落ち度があるなら改めるよう努力もできる。
しかし蜻蛉が何も言わない以上、梟から問い詰めるのも筋が違うような気がして、身動きが取れない。そもそもこれまでの人生で、これほど梟を振り回す人物に出会ったことがなく、受けとめることも受け流すこともできずにいるのだ。
これほどの激情を、剥き出しの欲望を、ぶつけられたことはなかった。この身にはわずかも生じたことのない、荒れ狂う感情の奔流を。
約一年前のあの日から今日に至るまで、この行為は、梟を傷つけ続けている。
最初の手酷い強姦では、体内の肉を裂かれ血を流した。
騎士として過ごした年月で、痛みには慣れたつもりでいたが、体の中を抉られ裂かれる感覚は、皮膚や筋肉といった体の表面を傷つけられる痛みとは、まったく異質なものだった。体の奥に他人の肉を突き立てられ、がつがつと嬲られるのは、脳を直接揺さぶられるような衝撃がある。悪霊の仕業と思い込んでいた、身動きもできない状況も重なり、未知への恐怖にただただ屈服するしかなかった。
それ以降の夜には、一つ一つ快楽の種を植え付けられ、芽吹いた自身の淫奔さに振り回されて絶望し、心を引き裂かれている。どうしても認め難い、理性では制御できないその種は、蜻蛉との夜を重ねるたびに増えていく。罪悪感と自己嫌悪も、澱のように降り積もり、層を作って折り重なっていく。
そうして傷つきながら、それでも徹底的に拒めないのは、それを許さない蜻蛉の固い意思と、夜伽を『影』の務めとして梟の一日を管理する侍従に囲まれた環境、そして扇屋の主の言葉のせいだった。
あの『躾』は、初歩の初歩だと言っていた。まだ先があり、蜻蛉もそのことを知っていると。
梟の矜持を徹底的に打ち砕き、貶め、できることなら命を断ちたいとまで願った、あの残酷で淫らな罰。大概のことは諦め、受け流して生きてきた梟ですら、飲み込まれのたうち回り、なす術もなく操られ這いつくばらされた。
自分を、意思のない淫蕩な肉の人形のように感じた。あの、心を折られる惨めな思いは、二度としたくない。
日々の求めに応じることで、逆鱗に触れることを避けられるなら――。
そう思うと、背徳感に苛まれながらも、抱き寄せる腕に本気で抗うことができなかった。それに素直に身を任せていれば、蜻蛉はあの恐ろしい深い闇をたたえた眼で梟を射抜くこともなく、行為もやさしく一度で終えてくれる傾向があった。
普段の蜻蛉は、朗らかで落ち着いた大人の男であり、彼に仕える者たちは心から主に忠誠を誓い、己の使命に誇りを持っていることが、傍から見ていてもよくわかった。
為政者としても、他国との武力衝突を避け、内政に力を入れ農業のみならず商工業も奨励し、国力を上げ国民の生活水準の向上を図る施策は、国民の支持も高く、三十代半ばの若さながら名君と呼ばれて久しい。
その優れた人物が、皇帝の地位にある男が、梟に関することだけは常軌を逸した行動を取り、昏い執着で追い詰めてくる。
背を斬りつけてまで手元に留めようとした者が、消えたことで生まれた焦燥なら、梟が側にいることで解消されるものと思っていた。それなのに、蜻蛉の執心は収まるどころか、時間が経つにつれ酷くなっているような気がする。
自分の中の何が、それほど蜻蛉の気に触るのか、梟にはわからなかった。そして、それほど自身を苦しめる存在を蜻蛉が側に置き、離そうとしないことも。
蜻蛉の中に潜む闇を払う術を、梟は持たない。それでも『影』として、その闇を鎮めるためにできることを、梟は考え続けていた。この身を抱くことで『光』である蜻蛉を慰めることができるなら、と自分の中で増えていく傷にも目を瞑った。
消極的であり、また心に痛みを負うが、身を任せることが、蜻蛉との関係を穏やかに保つ手段だったのだ。
しかし最近、それは変わりつつあった。
背を斬りつけてまでこの身を帝都に留め、神聖騎士団から引き離し、逃れた後も追い続け、ついには捕らえ縛り付けるその執着が、今、梟――もしくは、かつて神聖騎士であったユリウスという人間の何に向けられているのか、梟はわからずにいた。
体だけなら、もう十分に奪われ貪られ、時に自らのものではないように感じるくらい、すっかり籠絡されている。蜻蛉の熱い吐息を首筋に感じるだけで、腰が抜けるような痺れが生まれ、身動きできなくなるまでに手懐けられてしまっている。
その事実に打ち拉がれ、できれば寝室も分けたい梟を知りながら許さず、毎夜腕の中に囲いながら、それでも蜻蛉は満足していないように見えた。
差し出せるものは、すべて差し出しているというのに。
生きていく上で必要なことはすべて、蜻蛉の望むままに委ねた。扇屋を離れ、皇宮に部屋と職を与えられ、余暇として与えられた以外の時間のすべてを、蜻蛉の指示に従い過ごしている。
何より、神の御名に懸けて、蜻蛉が望む限りその側にいることを、神聖騎士の厳格な戒律に則り誓約した。――破ることがあれば、自らの剣を首に押し当て掻き切る覚悟で。
出会い頭に自由を奪われて以来、体を奪われ、かつて神聖騎士団筆頭騎士であった力も生殺与奪の権すらも委ねて、これ以上自分には何も残っていないと思うのに、蜻蛉は時にあの昏い目をして、梟を揺さぶるように欲し、責め苛む。その尽きない欲に翻弄され、あまりのつらさに酷いと訴えれば、酷いのは梟の方だと詰り、さらに過酷な責めを与えられる。
あのマカロンを作った日、扇屋に帰れなくなるほど徹底的に凌辱された夜から、その頻度は増していた。
これまで差し出してきたものだけでは足りない。
口に出して言われたわけではないが、そう蜻蛉に迫られているような気がする。そして思考は堂々巡りに陥るのだ。差し出せるものは、すべて差し出しているのに、と。
仄暗い執着を剥き出しにして追い詰めるくらいなら、何を望んでいるのか、言葉にしてほしかった。課題を与えられれば取り組めるし、落ち度があるなら改めるよう努力もできる。
しかし蜻蛉が何も言わない以上、梟から問い詰めるのも筋が違うような気がして、身動きが取れない。そもそもこれまでの人生で、これほど梟を振り回す人物に出会ったことがなく、受けとめることも受け流すこともできずにいるのだ。
これほどの激情を、剥き出しの欲望を、ぶつけられたことはなかった。この身にはわずかも生じたことのない、荒れ狂う感情の奔流を。
8
お気に入りに追加
187
あなたにおすすめの小説
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?
溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい
戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。
人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください!
チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!!
※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。
番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」
「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824
異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)
藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!?
手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる