トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

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18章

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「お前が嫁さんをもらって、息子をもうけて、幸せに暮らしているとお袋から聞いていた。あの小さな志貴が立派になったものだとうれしかったし、心から幸せを願った。それは本当だ。──だが俺は、その様を見ていない。しかも亡くなってるひとだ。健在なら、妬く対象にもお前を諦める理由にもなっただろうが、今お前の近くにいるのは彼女じゃない」

 最後の一言に抑揚はなく、眼差しは冷ややかだ。その冷たさは、さきほど対峙していた男に向けられたものと同じだ。
 一洋は、テオバルドがただの諜報員ではないと──志貴を求める男だと気づいている。そしてそれを、志貴が受容していることも──。
 最も恐れていたことが、目の前に糾弾者の形となって現れる。一洋は、突き刺すように志貴を見つめている。追い詰められるのを感じても、逃げ場はどこにもない。
 迷いなく右手が伸ばされ、撲たれるかと身を強張らせた志貴を慰撫するように、その指が耳の形をゆったりとなぞる。唐突な甘い戯れは、多分に性的なニュアンスを含んでいる。健全さを装って、志貴の弱いところを淫靡に責めているのだ。
 思わず首を竦めたところに、一洋の顔が近づいてくる。傍若無人な指とは違い、遠慮がちにそっと吐息を盗まれた。

「……ふ、ぅ……っ」
「愛してる、志貴」
「兄さ、んぅっ……」

 硬軟を織り交ぜた巧みさに、拒むこともできない。
 抵抗の意思を示さない志貴に、かすかな口づけは次第に深まっていく。思いの丈をぶつけるように口内をまさぐられ、子犬のように小さく鼻を鳴らした志貴の背に、一洋の長い腕が回される。
 檻のように抱き込まれたまま、苦しく切ない口づけは続いた。
 再び見つめ合った時、二人の唇はしっとりと濡れていた。弱いところを舌で探られ、隠しきれずに身を震わせて、易々と快楽の芽を起こされた志貴の目も──。
 指の背で志貴の唇を拭いながら、一洋が言う。

「頼りになる年上の幼馴染。それならずっと、お前の側にいられると思っていたが、そうも言ってられないようだ。……こうも簡単に俺の自制を破ってくれたあの男に、感謝すべきなのかもしれんな。一生言わずにいようと思っていたのに、こんな形でぶちまけることになった」

「こんなことなら、お前に触れなければよかったな……」と呟きながら、名残惜し気に男の手が離れていく。

「たっぷり体が潤ったせいか、表情も雰囲気も艶やかになった。……志貴の色気を、俺が磨いてしまったな」

──間違えるな。あんたの色気を手懐けて、ここまで磨いたのは俺だ。衛藤じゃない。

 暑い夏の日の執務室、ソファの上で囁かれた言葉が甦り、冷たく志貴の背筋を粟立てた。
 交わることのないはずの二人の言葉が、志貴の中で重なり、その奥底にあるものを引きずり出して自らの手柄にしようとする。
 男たちとの関係の手綱を握るのは自分だと、志貴は思っていた。自分がしっかりと線を引き、距離を保てば、男たちは望み通り側にいると。
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