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18章
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「俺も道場の倅だ、強さがすべての価値基準みたいな家で育ったんだ。綺麗で強くて凛々しい女武者に、憧れないわけないだろう。その証拠に、うちの男どもはみんな先生の信奉者だ」
妖怪。女武者。
身内としては複雑だが、息子の志貴からして母を化け物、仁王様と思っているから、至って真っ当で客観的な評価ではある。
しかし少年の頃、君子を見つめる一洋の目には、確かに憧れ以上の熱があった。それに気づいた時、志貴は彼の初恋を、触れてはならないものとして記憶の奥にしまったのだ。
「妙な誤解をしてるみたいだから言うが、……あの界隈のガキの、初恋の相手はみんなお前だ」
「……え?」
「『先生とこの志貴ちゃん』は、近所の鼻垂れ小僧とは違って、身綺麗でやさしくて親切。王子様みたいに思ってた女の子も多かった。その上可愛かったから、かまいたくて仕方がないガキどもも」
「お前が苛められてたのは、多分にそのせいだ」と一洋は軽く苦笑を浮かべた。
「女の子と間違えるくらい可愛らしいのに、中身はおっかない仁王様そっくり、芯があって口も立つ。かまいたくても、接し方がわからなかったんだ。その点衛藤家は、志貴が生まれた時からの付き合いだから、俺も兄貴たちも遠慮なく猫可愛がりできた。守ってやらなきゃならない、可愛い末っ子と思ってたからな。嫁さんをもらって子供もできて、多少落ち着いたみたいだが、兄貴たちは今もお前を『志貴ちゃん』と呼んでかまってただろ」
「僕にも、息子がいる。先立たれてしまったけど、妻も」
咄嗟に志貴は口を挟んだ。
衛藤家の過保護な長男次男だけではなく、志貴ももう子供ではない。悪ガキに苛められるどころか、悪童を足掛かりに終戦の根回しに奔走する外交官として、一洋の隣に立っている。
ただ志貴の弱さのために、異国の地で歪な絆を結ぶことになったが、あくまで重責に耐えうる精神状態を保つためだ。どんな形であれ、帰国する時に別れが訪れるテオバルドとは違い、家族ぐるみの付き合いがある一洋との関係は、どちらかが死ぬまで続く。
──否、これまで何世代にも亘って、両家の家族同様の付き合いは続いてきた。志貴がそうだったように、英もあと数年経てば衛藤道場の門下生になるだろう。衛藤家の子供たちと兄弟のように育ち、大人になり、やがて次の世代へ命を繋げていく。その過程を見守り育む大きな家族に、一洋も志貴も属しているのだ。
不要なさざ波を立てないためにも、二人の関係は幼馴染という言葉で呼べるものであるべきだった。スペインでの出来事は、戦時の非日常の一部として切り取り、沈黙の中に沈めなければならないのだ。──無理矢理教え込まれた、尻の中で得る背徳の快楽とともに。
散々一洋を利用しておきながら、それゆえに逃げられない立場を自覚していながら、それでも都合よく幼馴染に踏みとどまろうと、志貴は必死だった。その様子に、一洋は眼を眇める。
妖怪。女武者。
身内としては複雑だが、息子の志貴からして母を化け物、仁王様と思っているから、至って真っ当で客観的な評価ではある。
しかし少年の頃、君子を見つめる一洋の目には、確かに憧れ以上の熱があった。それに気づいた時、志貴は彼の初恋を、触れてはならないものとして記憶の奥にしまったのだ。
「妙な誤解をしてるみたいだから言うが、……あの界隈のガキの、初恋の相手はみんなお前だ」
「……え?」
「『先生とこの志貴ちゃん』は、近所の鼻垂れ小僧とは違って、身綺麗でやさしくて親切。王子様みたいに思ってた女の子も多かった。その上可愛かったから、かまいたくて仕方がないガキどもも」
「お前が苛められてたのは、多分にそのせいだ」と一洋は軽く苦笑を浮かべた。
「女の子と間違えるくらい可愛らしいのに、中身はおっかない仁王様そっくり、芯があって口も立つ。かまいたくても、接し方がわからなかったんだ。その点衛藤家は、志貴が生まれた時からの付き合いだから、俺も兄貴たちも遠慮なく猫可愛がりできた。守ってやらなきゃならない、可愛い末っ子と思ってたからな。嫁さんをもらって子供もできて、多少落ち着いたみたいだが、兄貴たちは今もお前を『志貴ちゃん』と呼んでかまってただろ」
「僕にも、息子がいる。先立たれてしまったけど、妻も」
咄嗟に志貴は口を挟んだ。
衛藤家の過保護な長男次男だけではなく、志貴ももう子供ではない。悪ガキに苛められるどころか、悪童を足掛かりに終戦の根回しに奔走する外交官として、一洋の隣に立っている。
ただ志貴の弱さのために、異国の地で歪な絆を結ぶことになったが、あくまで重責に耐えうる精神状態を保つためだ。どんな形であれ、帰国する時に別れが訪れるテオバルドとは違い、家族ぐるみの付き合いがある一洋との関係は、どちらかが死ぬまで続く。
──否、これまで何世代にも亘って、両家の家族同様の付き合いは続いてきた。志貴がそうだったように、英もあと数年経てば衛藤道場の門下生になるだろう。衛藤家の子供たちと兄弟のように育ち、大人になり、やがて次の世代へ命を繋げていく。その過程を見守り育む大きな家族に、一洋も志貴も属しているのだ。
不要なさざ波を立てないためにも、二人の関係は幼馴染という言葉で呼べるものであるべきだった。スペインでの出来事は、戦時の非日常の一部として切り取り、沈黙の中に沈めなければならないのだ。──無理矢理教え込まれた、尻の中で得る背徳の快楽とともに。
散々一洋を利用しておきながら、それゆえに逃げられない立場を自覚していながら、それでも都合よく幼馴染に踏みとどまろうと、志貴は必死だった。その様子に、一洋は眼を眇める。
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