トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

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17章

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 共和国――内戦に敗れ崩壊した、第二共和政と左派勢力は、ただリベラルな政治体制とその支持者というわけではなかった。
 共和国派の労働者にとって内戦とは、台頭するファシズムとともに、地主や資産家、聖職者などのブルジョワ支配層を打破する、革命的な戦いを意味していた。

「この国は長らく教会権力に支配されていて、その権力っていうやつは、ありがちだが高慢な上に腐敗してた。だから伝統的に、それを嫌気する風潮もあった。反聖職者主義アンティクレリカリスモってやつだ。それが内戦の混乱で一気に噴出したんだ」

 共和国派が支配する地域では、多くの聖堂が放火され、聖像や祭壇画――教会の象徴となるものはすべて打ち壊された。火を放たれなかっただけ、この修道院はマシだったのかもしれない。
 しかし、ここで静かな信仰の日々を送っていた者たちは、悲惨な末路から逃れることはできなかった。
 修道士たちは、共和国派によって「労働者の敵」と糾弾される対象となった。日々の糧を得るために山に入り、額に汗して働いていたのは他の村人と同じなのに、ただ聖職者というだけで。
 そして、先鋭的な活動家に扇動された村人たちの手で殺された。
 昨日まで良き隣人同士だった人々は、殺す側と殺される側に分断された。

「修道会は、ここに修道士たちの墓を作ったが、修道院を復興する気はないようだ。元々規模が小さくて、人も少なかったからな。村には薄情だと言う奴もいたが、俺は理解できる。いくら長く続いた場所でも、虐殺の現場に戻りたくないのは正常な感覚だ」

 内戦を語る時、テオバルドは極度に乾いた目をする。今もなお血を流す傷があり、確かに痛みはあるはずなのに、何も感じていないかのように過去を話す。
 正常な感覚と言いながら、自身はとうに失っているかのように。

「それに修道会は、俺には恩人だ。修道士たちの横に、俺の両親の墓も建ててくれた」
「君のご両親は……」
「善良な人たちだった。あんな時代に、馬鹿が付くほど」

 テオバルドの言葉に、志貴は父から教えられた、差別と偏見の醜さ、恐ろしさの一つの究極を思い出した。
 関東大震災の発生時、流言に惑わされた日本人による、朝鮮人虐殺が相次いだ。方言を話すというだけで朝鮮人と決めつけられ、虐殺された日本人も多くいた。良心と理性を保ち、襲われている彼らを庇った日本人もまた襲われ、一生障害が残るほどの大怪我を負うケースもあった。
 心に潜む蔑みや反感が、混乱の最中に身勝手な大義を得て、制御できない暴力装置となる。この国の内戦時の処刑も今に続く弾圧も、そして母国の震災直後の虐殺も、粗暴で醜悪な人間性が露出した結果だ。
 テオバルドの両親は、おそらく人間の良心と理性を信じる人だったのだろう。しかし彼らを襲った者たちは、それを持たなかった。

「そんな顔をするなよ。内戦のおさらいをするために、ここに連れてきたわけじゃない。ただ、あんたを見せたかったんだ、親父とお袋に」
「私を……?」
「愛する人ができたら、親に紹介するもんだろ」
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