トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

文字の大きさ
上 下
201 / 237
17章

8

しおりを挟む
 あれから『薬』の時間は、互いに高め合い欲望を吐露する時間となっている。志貴は一洋の欲望に奉仕するが、一洋は志貴のそこには殆ど触れなくなった。直接的な手技で手短かに吐精するよりも、胸や奥を弄られて悶え、散々に焦らされた果ての絶頂に、志貴がより深い悦びを得ていることを知ったためだ。
 男根を模した太い三本の指で、中を抉られ、突かれて果てる志貴を満足気に眺めながら、一洋は猛った自身の欲望を突き入れようとはしない。彼の性愛の対象となるには、背伸びをしたところで、『先生とこの志貴ちゃん』は役者が足りなかった。
 ただ、志貴に対する一洋の支配欲は、時に胃が縮むように感じるほど深い。それを満たすことで、志貴はやさしい幼馴染を我が身に縛りつけている。
 誠実さの欠片もないが、あの大晦日の夜、言葉もなく二人はなったのだ。支配し、依存することで、互いに離れられない関係に。

 歪な一洋との関係を思えば、テオバルドとの間に流れる感情は、単純ではあった――情を交わしたいと、互いに望んでいる点で。
 それは決して叶うことなく、叶えるつもりも志貴にはない。毎日のように口づけを交わし、甘く愛を囁かれても、返せる言葉はなかった。飼い犬の立場をわきまえて――もしくは、踏み出すことはできない志貴を理解し受けとめて、テオバルドが先に進むことを迫ったことはない。
 ただ回数を重ねるごとに、口づけは深く、長くなっている。明らかに人目がない場所なら、志貴も抗うことはしなかった。自ら求めることはしない志貴の欲望の気配を、テオバルドは敏感に察知し叶えているだけなのだ。

 三十分ほど歩いてゆるい坂道を登りきり、平らに開けた場所へ出た。丸く窓のように空が枝に縁取られ、小さな広場のように――舞台のようになっている。
 つい空を見上げながら深呼吸していると、ふいに引き寄せられた。後ろから腕が回され、背にテオバルドを感じる。
 誰もいない林の中のこと、志貴も逃れようとはしなかった。身を任せるように背中を預けると、男の腕が独占するように胸の前で交差する。

「――大分俺に慣れたな、志貴」
「……そうかな」
「話し方が随分くだけてきた」
「それは君の指導のせいだろう」

 三年前の年末、初対面の場で「貴族みたいなお行儀のいいスペイン語を操る」と揶揄されたのを今も根に持つ志貴の切り返しに、ふはっとテオバルドが吹き出した。

「何より甘えられるようになっただろ、俺に」
「そんなことはない、甘えてなんて」
「無意識なら、もっといい」

 うれしそうに弾んだ口調に、強く否定する気も失せる。
 何より、何故テオバルドが唐突に故郷を見せようと思い立ったのか、その理由がわからない以上、二人の間に流れる空気をぎこちないものにしたくなかった。こうして初めて二人で遠くへ出掛けてみて、そのきっかけとなった彼の子供時代に対する興味よりも、今日を楽しく穏やかな一日として終えたい、という気持ちが強くなっていた。
 仕事抜きで、二人きりで過ごす時間を傷つけたくない――大切にしたいと思ったのだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

処理中です...