トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

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16章※

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 その不在が凍り付くような孤独をもたらすことを思い知らされた、かけがえのない存在に、志貴もなりたかった。
 自分ばかりが、一洋に依存している。その上、一度は断ち切ろうとしたところに――ある意味最悪のタイミングで、一洋は戻った。一番弱り不安定な状態で、彼という存在の大きさを刻み込まれてしまった。
 側にいるだけで得られる、絶対的な安心感。その後ろ盾があれば、どんな局面でも志貴は前を向き、襲い来る難題に立ち向かうことができるだろう。

 失ったと思ったものが戻ったなら、二度と手放さないためにすべての手段を講じるのは当然だ。それが想い人の身代わりとして、肉体を捧げることであっても。
 しかし一洋はすっと身を起こし、低く、何かを押し殺した口調で拒絶した。

「そのためにこんなことを? ――お前は、俺を信じてないんだな」
「違う! ……兄さんを信じてるから……だから」
「だったら俺たちの関係を、手段にするな」

 冷たく突き放され、頭が真っ白になった。
 看破されている――利己的で浅ましい企みを。唾棄され軽蔑され、一生距離を置かれても仕方がない歪な執着を。
 極秘帰国よりもなお悪い、心の別離を宣告されるかもしれない。幼馴染という絆すら、過去のものにされてしまうかもしれない。青ざめて言葉を失った志貴に、一洋は叱るように言い聞かせた。

「もっと自分を大事にしろ。こんなことをしなくても、俺は志貴の側にいるし、お前が逃げようとしても絶対にのがさない。国のためにできることをすべてして、戦争が終わったら一緒に日本に帰るんだ。それが俺たち二人の使命だ」
「……兄さん……」

 力強い言葉に、――唇を引き結び、ぐっと嗚咽を呑み込む。それでも目が潤むのは止められなかった。
 これだから、敵わないのだ。
 二つしか違わないのに、子供の頃から志貴の保護者を自認してきた、心寛くやさしい幼馴染には。

「……そんな子供みたいな顔をするな。大体、こんなことで志貴に手を出したら、俺は何人に何度殺されるかわからん。――お前が俺なしでは駄目になるっていうなら、気分がいいがな」

 ただし駄目になるのは俺だけにしておけよ、と額に掛かった髪をかき上げながら目配せする様は、成熟した大人の男の魅力に溢れ、ただ眩しい。
 惹かれるように手をついて身を起こすと、さきほど重ねた枕越しに頭板にもたれるように座らされた。その脚の間に体を進め、一洋が両手で志貴の頬を包む。

「お前はお前のすべきことをしろ、存分にな。頑張りすぎて倒れないように、俺が見張っててやるから。必要な時に、こうして『薬』も飲ませてやる」
「イチ兄さん……」

 幼子を宥めるように胸元に引き寄せられ、腕の中に捕われる。子供扱いに対する反発はすでに失せ、湧き上がったのは絶対的な安堵と充足だった。それこそが、志貴の欲したものだった。
 そして、その効能を定着させるかのように『薬』を飲まされた。――快楽と一洋の体液を。

 かつて、一度だけされた行為だ。
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